1月28日、今夏に沖縄で開業する注目の新テーマパーク「ジャングリア」の詳細が発表される。プロジェクトをけん引してきたのは、再生の旗手、希代のマーケターとして知られる森岡毅氏だ。100人のマーケターが集う異能集団「刀」を創業し、テーマパークの再生から食品のリブランディングまで、あらゆる領域を手掛けて結果を残し続けている。森岡氏と刀はどのような勝ち筋を描き、実行しているのか。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする(本文敬称略)。

 円形ステージを中心とする空間で繰り広げられているのは、アニメ「【推しの子】」に登場するアイドルグループ「B小町」のライブ。米YouTubeのチャートでも1位になり、世界的にヒットしたYOASOBIの「アイドル」に曲が変わると、ステージを囲む大勢の若者らが一段と熱狂し、腕を振りながらジャンプする。B小町のライブを鑑賞することで自らもアニメの世界の観客になり、その世界観に浸れる。

イマーシブ・フォート東京の「【推しの子】」のアトラクションで観客になりきる若者ら(Ⓒ赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会)
イマーシブ・フォート東京の「【推しの子】」のアトラクションで観客になりきる若者ら(Ⓒ赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会)

 ここは、東京・お台場のヴィーナスフォートの跡地に2024年3月に開業したテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」だ。 アニメやドラマ、映画でしか見たことがない様々な世界に“完全没入”できる新形態のテーマパーク。この空間では、ゲストは傍観者ではなく「当事者」になる。

 客は歌い、踊り、叫び、ときには恐怖におののく。

 パーク内では「【推しの子】」以外にも多様なコンテンツの体験が用意され、パーク内にいる演者がゲストに絡んでくる。演者の数は総勢300人。実生活と同じように、人との関係の中で生まれるライブ感を重視した設計だ。演者とゲストの境界線は取り払われ、臨場感あふれる演技が、ゲストを一段とその世界観へと没入させる。

テーマパーク業界に革新

 手掛けるのは、森岡毅が率いるマーケティング精鋭集団、刀である。USJ再建の立役者として知られる森岡が17年10月に設立し、現在の社員数は約100人だ。それまでマーケティング支援を中核としてきた刀にとって、イマーシブ・フォート東京は、自社で運営する初のテーマパークとなる。「東京リベンジャーズ」「今際の国のアリス」など豊富なコンテンツをそろえる。

 「今のままのテーマパークであれば、ライブエンターテインメントの未来は先細っていくのではないか。そうした中、ライブの良さを思い切り凝縮して進化させたのが、この新しいテーマパークだ」(森岡)

 米カリフォルニア州に世界初のディズニーランドが開業したのは1955年のこと。約70年もの年月を経る中で、買い物の場は個人商店から大規模商業施設、さらにEC(電子商取引)に代わり、技術でもガソリン車は電気自動車(EV)などに代わろうとしている。多くの業界で革新が起きてきたのに、テーマパークはその歴史が始まって以来、形はほとんど変わっていない。そうした業界で、刀は革新を起こそうとしている。

 没入を意味する「イマーシブ」。欧米ではイマーシブ体験できる施設が徐々に生まれているが、規模は小さい。これに対し、刀が開業したパークは10以上のコンテンツを集め、複数の体験をそろえた世界初のイマーシブ専門のテーマパークだ。「ここでは、これまでのテーマパークの常識を超える体験を提供する」(森岡)

 刀は17年の創業以降、全国で数々の偉業を成し遂げてきた。本連載のテーマである「必勝の法則」。その森岡と刀の遍歴を見てみよう。

 例えば、経営破綻した旧グリーンピア三木(ネスタリゾート神戸、兵庫県三木市)を1年でV字回復させ、20年の新型コロナウイルス禍の中で黒字化した。山手にある同パークは体験施設の圧倒的な少なさが難点だったが、森岡は「『山しかない』のではなく『山がある』」と発想を転換。巨大な玉の中に入って斜面を転がり落ちたり、でこぼこの山道をバギーで走ったりする体験をひねり出した。

 1950年開園の老舗テーマパークである西武園ゆうえんち(埼玉県所沢市)でも、古さを逆手に取って大胆にリニューアルし、客層を大きく若返らせてみせた。再現した昭和の街並みや商店街に、その時代を知らない若者までもが「懐かしい」と言葉を発した。

「ここのうどんは、生きている。」

 テーマパークだけではない。

 外食大手トリドールホールディングス(HD)傘下のうどん店「丸亀製麺」では、16カ月連続で前年割れしていた既存店客数を8カ月で2桁増に引き上げた。原動力となったのは「ここのうどんは、生きている。」というキャッチコピーである。

 丸亀製麺は、全店で粉からうどんをつくる。だから「生きている」。そこで、打ち立ての“もちもち、つるっと”食感を「丸亀食感」と命名し、前面に出した。すると、みるみる客足が伸びていったのだ。外食業界に詳しいいちよし経済研究所首席研究員の鮫島誠一郎は「目からうろこだった」と振り返る。

 「多くのお客さんは丸亀製麺が店でうどんをつくっていると認識しておらず、我々アナリストもその価値に気付いていなかった。経営陣にとってもサプライズだったのではないか」

 大和証券の五十嵐竣アナリストも「スーパーで買った袋麺をゆでて食べるのとどれほど違いがあるのかというくらい、うどんは差別化が難しい。言われないと分からない、行ってみないと分からない価値をCMや店舗づくりでうまく打ち出した」と評価する。

刀創業者で希代のマーケターとして知られる森岡毅氏(写真=菅野 勝男)
刀創業者で希代のマーケターとして知られる森岡毅氏(写真=菅野 勝男)

 刀の支援終了後も丸亀製麺の業績は好調で、24年3月期のトリドールHDの連結売上高は初めて2000億円を突破。最高の更新は2年連続の快挙だった。

 食品大手ともタッグを組む。22年10月、製粉大手ニップン(旧日本製粉)とパスタ事業で協業を開始。従来は注目されなかった価値を打ち出すことで、冷凍パスタ「オーマイプレミアム」の売上高は23年3月から24年8月で前年同期比で32%増(インテージSCI〈15~79歳〉冷凍個食パスタ市場)、乾燥パスタの売上高にいたっては同期間で前年同期に比べて65%増(マクロミルQPR乾燥ロングパスタ市場、オーマイプレミアム・オーマイブランド計)と大きく引き伸ばした(いずれも100人あたり購入金額ベース)。

 競合も含め、ゆで時間の短さや麺の太さ、価格で選ばれる傾向があった乾燥パスタ。ただ、森岡が求めた競争軸は異なる。消費者価値の「“ど真ん中”が空いている」(森岡)とし、「おいしさ」に原点回帰した。

 パスタのゆで方では、かんだときに芯が残る「アルデンテ」が理想とされる。だが、刀は消費者が求めているのは必ずしも「硬さ」ではないという仮説を打ち出した。硬さよりも“もちっと”した食感こそ、消費者は求めている――。この仮説を体現した商品開発を実行した。パッケージデザインも、ゆで時間など機能性を訴求する内容からおいしさを前面に打ち出したデザインに刷新した。

 「こんなに売れるとは思わなかった」

 2月の発売直後、従来とは一線を画す商品の売れ行きに、全国のスーパーから驚きの声が相次いだ。ある小売り大手は取扱店舗数を一気に1.6倍に拡大。その後も陳列数の拡大など、全国で支持を広げている。

 ニップン社員は「入社以来、乾燥パスタはゆで時間などで差別化するものと思い込んでいた。競合も同じように考えていただろう。(食品メーカーでありながら)『おいしさ』を訴求するのは今までにない視点だった」と話す。何十年と変わらなかった成熟市場にも変革を起こしつつある。

医師の診察が変われば患者も変わる

 自社事業では、エンターテインメントや小売業界とは全く毛色の異なる医療事業にも進出。高血圧を中心とした慢性疾患に特化したオンライン診療の「イーメディカル」だ。本格始動の22年9月から2年もたたないうちに利用者は数千人に達した。驚くべきは継続率。利用開始から半年後までの継続率は約90%を誇る。

 通常の診察では「医師の説明が分かりにくい」「診察時間が短い」など、患者の不満は多い。そこで、イーメディカルでは医師の診察スタイルを消費者起点ならぬ患者起点に変えることによって、患者が通院を続けやすくした。

 血圧の測定を忘れても否定をせず、次から取り組めるよう促す。運動や食生活の改善ができたら褒める。オンライン診療ではあるが、約15分の診察時間の間は患者と視線を合わせ、丁寧なコミュニケーションを心がける。医師の診察が変われば、患者の行動も変わる点がこの事業のポイントだ。

 どうすれば、人はそれを買いたいと思い、そこへ行きたいと思うのか。本能レベルまで探求し、消費者の心を動かす本質的価値を見抜く。その上で仮説を立て、それが正しいかを独自の数式によって検証し、最も効果的な戦略を繰り出す。それが森岡流の勝ち筋だ。

(つづく)

日経ビジネス電子版 2024年12月20日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)