日本の中にも「中国人社長」は増えてきている。社員数人の中小企業だけでなく、数年前からは、東京証券取引所に上場を果たす企業も出てきた。在日中国人の中には、とにかく「社長になりたい」という人も多いが、なぜ彼らはそんなにも社長になりたいのか。そして、なぜ日本で起業しようと考えるのか。日経プレミアシリーズ『中国人は日本で何をしているのか』(中島恵著)から抜粋・再構成してお伝えする。
急増する中国系の上場企業
在日中国人を取材していると、とにかく「社長になりたい」という声をよく耳にする。日本企業や中国系企業の社員だった人に数年ぶりに再会すると、「新型コロナウイルス禍を機に独立しました」と新しい名刺を差し出してくることが増えた。
本書の取材でも、「確かにここ数年で『社長』が増えましたね。実は、自分も独立するつもりなんです」という人もいた。私が知る限り、社員数人の中小企業の社長が多いが、数年前からは東京証券取引所に上場を果たす企業も出ている。
2025年8月、東京都で一般社団法人「日本華人上場企業協会」が設立され、約20社の中国系企業が参加した。中国系メディアの記事によると、名誉会長には、「ラオックス」や「シャディ」の社長・会長などを歴任し、東京都内で6カ所の斎場を経営する「東京博善」の親会社、「広済堂ホールディングス」会長兼CEO(最高経営責任者)の羅怡文氏が就任。会長はリサイクル事業などを行う「新都ホールディングス」(東京都豊島区)の塚本明輝氏が務める。
会員として、ERPソリューションなどを手掛ける「ベース」(東京都千代田区、中山克成社長)、化粧品メーカーの「アクシージア」(東京都新宿区、段卓社長)、マルチ2次元コード決済サービスを行う「ネットスターズ」(東京都中央区、李剛社長)などが名を連ねる。
同協会の中国人関係者によると、加盟社の経営者は1980~90年代に来日した1世が中心で今回は20社。彼らが把握する日本の中国系上場企業は40社前後で、協会と関係が薄い日本生まれの2世が経営する企業なども含めると、50社以上あるのではないかという。
ほかにも、在日中国系企業の団体はいくつかあり、各省の日本総商会など中国人社長が集う経済団体も数十に及ぶ。日本企業でも、26年4月、そごう・西武の社長に、親会社の米投資ファンド、フォートレス・インベストメントグループ出身の劉勁氏(84年、中国生まれ)が就任したことが話題になった。
今後数年間で、さらに日本に「中国人社長」は増えていきそうだ。
社長でなくても「社長と呼ばれたい」
社長は中国語では「老板【ラオバン】」や「総経理【ゾンジンリ】」という。中国人同士はお互いに「王総」(王社長)、「陸総」(陸社長)などと呼び合うことが多く、中国人が多いパーティーに行くと、あちこち「社長」だらけになる。
中国人は「社長」と呼ばれることに優越感を覚え、その呼称を好むが、社長以外の人に対しても、日本国内で、中国人に対しては「○○老師【ラオシー】」(中国語で「先生」の意味)、日本人に対しては日本語で「○○先生」と呼ぶ中国人が増えた。教師や弁護士、医師でなくても、目上の人に対してそう呼ぶ。ここ数年で始まった新しい傾向だが、彼らに聞くと、「そう呼ばれれば誰でも気分がよくなり、それだけで人間関係が円滑になるから」だそうだ。
なぜ、彼らはそんなに社長になりたいのか。理由を尋ねると、第一に「お金を儲(もう)けたい」だが、「やりたいことを実現する」「社会貢献したい」などもある。中国人らしいと感じるのは、「小さな会社でも『社長』になれば、母国の親戚や友人に自慢できる。誰かに雇われる働き方はごめんだ」というもの。
最初から「自慢したいから」と答える人はあまりいないが、「内心では絶対そう思っている」と「社長ではない中国人」は話す。自分には社長になる能力があると誇示したい、皆から尊敬されたいという「メンツ」も中国人の独立志向と関係しているようだ。
危機をチャンスと認識する精神性
起業が持てはやされる昨今でも、一般的な日本人はリスクを回避する「安定志向」が比較的強い、というのが私の実感だが、中国人はピンチをチャンス到来と受け止める面が強い。
コロナ禍でマスク不足が深刻になった際、私の知り合いの中国人数人が中国のSNS(交流サイト)で「マスクや消毒液の製造販売、始めました」と宣言した。販売場所は、知人の中華料理店の軒先やネット上、手渡しなど、いかにも急ごしらえだった。
私が「ずいぶん思い切りましたね。業界が全然違うのにノウハウはあるのですか?」と尋ねると、「人間、必死にやれば何とかなりますよ」と屈託がない。動乱を繰り返してきた国で生き延びてきた中国人の強さは、日本に住んでいても受け継がれている、と感じた。
彼らは1年くらいマスクや消毒液の販売をしたあと、元の商売に戻っていった。始めるのも早いが手を引くのも早い。日本人なら周囲の目を気にして恥ずかしく感じることも、彼らは全然気にしない。

彼らのたくましさは中国国内でも同じだ。経済の深刻な減速が伝えられた25年秋ごろ、各地で5つ星ホテルのコックが屋台で「ホテル製弁当」を売り始め話題になった。個人消費の冷え込みでホテルも売り上げが急減、コックが自ら路上販売に乗り出したのだ。
日本ならば社内の手続きや衛生問題、行政の規制などもあって、販売開始までけっこう時間がかかりそうなものだが、中国では即断即決だ。とにかく売り上げが大事なので、コックをとがめる雰囲気はまったくない。むしろ「よくやった」と褒められる。危機に直面したら、すぐに行動に移すことが何よりも大事だ。
そんな中国人でも、コロナ禍は乗り切れなかった。日本のように行政から給付金が付与されることはなかったので、中国国内の「社長」は次々と窮地に追い込まれていった。
だが、日本に住む中国人はコロナ禍をしぶとく生き抜いた。政府の締めつけが少ない日本では、危機の際も多様な生存戦略を考案できる。政情によりビジネス環境が大きく動く中国は、ふだんでも毎日が危機のようなものだが、安定した社会の日本は、彼らが深刻な「危機」と感じるようなことはめったに起きない。
中島恵著/日本経済新聞出版/990円(税込み)
