7月25日に沖縄で開業する注目の新テーマパーク「ジャングリア」。プロジェクトをけん引してきたのは、再生の旗手、希代のマーケターとして知られる森岡毅氏だ。たぐいまれな執念とやり切る姿勢の原点はどこにあるのか。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする(本文敬称略)。

入社1、2年目から、ビジネスの大義を問う

 「松山さん、これに大義はありますかね」

 現アサヒビール社長の松山一雄は、今から30年近く前の森岡の発言を今も覚えている。当時、松山と森岡はP&Gの日本法人に在籍していた。後輩だった若かりし頃の森岡に「大義」を尋ねられてドキッとしたという。事業の目的、意味、価値……。「入社1、2年目くらいから、経営者が口にするような言葉を使っていて驚いた」と松山は振り返る。

 「経営者の視点で物事をドライブしているように見えた」

 そう振り返るのは、かつてUSJとチケット販売で連携していたローソンの社長で、現ロッテホールディングス社長の玉塚元一だ。

 このとき、森岡は30代後半でUSJのマーケティング部長。森岡は、USJの将来ビジョンに向けて明確に戦略、戦術を説明してみせた。「非常にインプレッシブだった」。玉塚はそのときの様子を今も鮮明に覚えている。

 大局的な視点に立ち、物事の本質を捉え、いったんやると決めれば、どんな障害があろうと最後までやり切る。その底知れぬパワーはどこから来るのか。

 物事を突き詰める姿勢は子供時代からあった。大好きだった釣りに集中すると夜が更けたことさえ忘れてしまう。心配した親が探し回ったことは幾度とある。学校の図書館の本は片っ端から全部読んだ。

友人の死

 生きる意味を深く考えさせるきっかけになったのは、1995年に発生した阪神・淡路大震災だ。神戸大学の学生だった。いつもキャンパスから見下ろしていた神戸の街が崩れ、赤く燃えていた。そして、関連死を含めて6000人以上の犠牲者を出す大災害は、大学の友人の命も奪った。友人の亡きがらを前に、人の命のはかなさを痛感した。

 「自分は何のために生きるのか」。身近な人の死は、若い森岡に大きな問いを投げかけた。

 大学卒業後に入社したP&Gではすべてが順風満帆だったわけではない。20代でヘアケア商品「フィジーク」のブランドマネージャーを任された。米P&G本社のトップ肝煎りのプロジェクトだ。だが、それは誰が見ても、「絶対にうまくいかない」事業。会社の命令には従わざるを得ない。森岡はやり場のない気持ちをこらえながら、部下には「必ずうまくいく」と言い続けた。

(写真=菅野 勝男)
(写真=菅野 勝男)

「結果を出すためにできることはすべてやる」

 結果は予想通りとなり、チーム解散の憂き目に遭った。経験したことのない悔しさがこみ上げてきた。そして、強く思った。「結果を出さねば、誰も守れない。どんな難しい戦局であろうと、やる限りは結果を出す必要がある。結果を出すためには何が何でもできることはすべてやらねばならない」

 勝率を上げるにはどうすればいいのか──。それ以来、本気で考えるようになった。

 得意だった数学を生かし、独自のマーケティング理論を構築。P&Gの世界本社への異動を命じられるほど、めきめきと頭角を現していった。

 2010年、USJ社長だった米国人弁護士のグレン・ガンペルがP&Gで圧倒的な成績を残していた森岡に目を付け、ヘッドハンティング。USJの再生物語はここから始まった。

(つづく)

日経ビジネス電子版 2024年12月23日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)