マーケターの森岡毅氏率いる刀(大阪市)は人材の能力を「T型」「C型」「L型」に分類して可視化して強みを伸ばす。可能性の高い分野に集中する考え方はビジネスだけでなく、人材活用でも重視している。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする。(本文敬称略)

「複雑な事象を因数分解して整理した上で戦略を立てられる。あなたにはそんな力がある」

 2022年春、刀に入社して数カ月の芦田真知子は刀の経営執行部に、自らが携わる高血圧のオンライン診療事業を手掛ける子会社イーメディカルジャパンについての進捗を報告していた。順調に進んでいる部分とそうでない部分に分け、その理由と対策を説明した。そのとき、CEOの森岡からかけられたのが、冒頭の言葉だ。

「誇りを持って自分の強みを磨いていこうと思う」と話す芦田真知子さん(写真=北山 宏一)
「誇りを持って自分の強みを磨いていこうと思う」と話す芦田真知子さん(写真=北山 宏一)

 30歳の芦田はユニリーバ・ジャパンなどを経て21年に刀へ転じた。それまでも漠然と複雑な問題をシンプルに考えるのが得意だとは思っていた。森岡の言葉によって、それは大きな自信へと昇華した。

 約10年勤めた楽天グループを辞め、20年に刀に入社してイーメディカルジャパンを立ち上げた塩谷さおりも同じような経験をしている。採用面接における人事部門からのフィードバックで、自分の強みに気付かされたのだ。

本人も知らない自分の強み

 「リーダーシップと思考能力を駆使した結果、コミュニケーションが必要だと自分で選択しているだけで、実はリーダーシップと思考力があなたの強みだ」

 それまで周囲からは「コミュニケーション能力だけで仕事をする傾向がある」と見られていたという塩谷。「今まで受けたことのない評価がとてもありがたかった」と振り返る。

 本人でも認識していないような強みを見いだせるのは、資質や備える能力の強みによる刀独自の分類があるためだ。刀では、思考力に強みを持つ人を「T(=Thinking)型」、人とつながる力や伝える力が強い人を「C(=Communication)型」、人を率いて動かす力を強みとする人を「L(=Leadership)型」と3つに分類している。

「彼はTとLの人でTが強め」
「あなたはLの人」
社内では、こうした会話がよく聞かれる。

 マイナスな部分を強調するのではなく、その人にしかない強みを語って意識させる。

 他者から能力を認識されれば社員それぞれが、強みをもっと伸ばそうとの意欲が高まる。森岡の信念である「伸ばすべきは強み」は、人的資本の活用でも貫かれている。

 刀が重視するのが「形式知化」だ。そうすれば人に伝えやすくなり、言葉や数式で客観視できればコンサルティングをする顧客企業にも理解されやすい。能力の3分類も形式知化の一つ。刀はそれ以外の業務ノウハウなどでも形式知化を積極的に導入しようとしている。

 形式知化の取り組みは、森岡が構築した数学マーケティングに遡る。センスに頼ることも少なくないマーケティングに、徹底的に数学的裏付けを与えたのはこれまでに見た通りだ。森岡はかつて在籍したプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)時代にマーケティングを教える社内学校の校長も務めていた。ここで取り組んだのが数学に限らず、幅広いノウハウの形式知化だった。

 刀の人材活用の取り組みは「T型」「C型」「L型」と分類するだけにとどまらない。それぞれの個性をどう伸ばしていくか、さらに多様な個性をどう組み合わせればチームや組織が強くなるかを徹底的に追究している。

 森岡は、会社や事業推進のためには「4つの不可欠な力」があると考える。①市場構造を分析して勝ち筋を見極めた上で、②プロダクトを創り、③その価値を伝え、さらに④これらを全体として推進していく力だ。

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 プロジェクトチームを組成する際は、まず、この4つの力をチームに備えることを重視する。その上で、「T型」「C型」「L型」といった個々の強みをどう配置すれば総合力が高まるかに着目して人選する。

 人材も4つの力の視点で育成する。すべて備われば、最高マーケティング責任者(CMO)や事業統括を任せられる。ハウステンボスとの協業開始時にCMOとして送り込んだ37歳の木村泰宏は、まさにこの4つの力を備えると森岡が判断しての登用だった。

強みにフォーカスして弱点克服

刀の早田裕樹さんは「集団知を生かせば到達できる先は全く違ってくると分かった」と話す(写真=北山 宏一)
刀の早田裕樹さんは「集団知を生かせば到達できる先は全く違ってくると分かった」と話す(写真=北山 宏一)

 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)から刀に転じた29歳の早田裕樹は、学生時代に個人事業主としてコンサルティング業をやるなど「もともとすべて自分でやるのが好き」(早田)な性分で、唯一④の周りを巻き込みながら事業全体を推進していく力が不足していた。その重要性に気付いたのは数年前。とあるコンサル事業で刀CMOの森本咲子の下で働いたときだ。

 森本は、早田の強みである思考力の深さにフォーカスしつつ、ストレッチが利いた課題を与えた。早田にとっては、「複数の専門領域を駆使する必要があり、量としても1人ではやりきれない仕事だった」。だが、ここで早田は1人でやる方法から周りの力も借りる方法に転換。最初は「無理難題」と思えたプロジェクトを完遂した。

 早田は「みんなの専門性を生かせばより遠くへ行けると実感できた」と笑顔を見せる。唯一の弱点を克服した早田だが、それをリードした森本は弱点に焦点を当てたわけではない。

 あくまで個々人の強みにフォーカスして課題を振るのが、刀流の人材育成術。そして、各人の強みを生かして組織力の最大化を図るのだ。

日経ビジネス電子版 2025年4月18日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)