「英語もできない日本人にビジネスは無理だ」。そう言われながらも、憧れだったシリコンバレーで挑戦を続けてきたAnyplace創業者・内藤聡さん。事業が成長するにつれ、今度は「誰と組むのか」「なぜこの事業をやるのか」「なにで勝負すべきか」と、次々に新たな問いに直面した。そんな壁にぶつかるたび、道しるべになったのが“本”だった。世界で戦う内藤さんが、今も読み返す「スタートアップに効いた4冊」を紹介する。連載第3回。
「最後にはかならず勝つ」という確信を失うな
ジム・コリンズの『 ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則 』は、スタートアップ経営者の多くが一度は手に取る本だと思います。僕に特に刺さったのが、「誰をバスに乗せるか」という考え方です。スタートアップでは、事業内容そのものがどんどん変わっていく。最初に思い描いていた事業と、今やっている事業がまったく違う、ということもざらにあります。だから、「この事業をやりたいからこの人と組む」ではなく、「一緒に大きな何かを成し遂げたいからこの人と組む」という基準で仲間を集める。そうでなければ、事業が変わった瞬間に組織が空中分解してしまうんです。
もう一つ印象的なのが、「ハリネズミの概念」です。これは、①自社が世界一になれる部分、②情熱を持って取り組めるもの、③経済的原動力になるもの、この三つが重なる1点に経営資源を集中させるべきだ、という考え方のこと。日本のスタートアップは、マーケットの天井が見えてくると、どうしても事業を横に広げがちです。でも、アメリカのスタートアップはむしろ、一つの分野に絞り込み、そこで世界一になることを狙う。自分たちの武器に集中し、やらないことを決める。僕はこの考え方を、経営する上で強く意識しています。
さらに、経営をしていて何度も助けられたのが、「最後にはかならず勝つ」という考え方です。日本には、何か失敗したらすべて自分のせいにして責任を取るのが誠実だ、という空気がありますよね。もちろん、責任を引き受ける姿勢は大事です。でも、失敗というのは、その瞬間を切り取った“スナップショット”にすぎない。大事なのは、その瞬間の評価に振り回されず、最後にはかならず勝つという確信を失わないこと。僕自身、渡米当初は「英語もできない日本人にビジネスは無理だ」と言われました。でも、それはあくまで、その時点での自分への評価にすぎません。今どう見られているかより、この先何を成し遂げるか。経営者は、そうした時間軸で物事を見ることが大事なのだと思います。
HOWやWHATより先に、「WHY」が必要
事業がある程度は軌道に乗って、次のフェーズで壁にぶつかった時に助けられたのが、サイモン・シネックの『 WHYから始めよ![改訂版] インスパイア型リーダーはここが違う 』でした。事業をやっていると、どうしても「HOW(どうやるか)」や「WHAT(何を作るか)」ばかりに目が向きがちです。でも、それだけでは、結局つまらないサービスになって、お客さんに使われなくなってしまう。実際、多くのスタートアップが、お客さんの求めていないものを一生懸命作ってしまっているんですよね。
わかりやすいのがAppleの例です。僕たちは必ずしも、機能やスペックだけを比較してAppleを選んでいるわけではない。「Think Different」に象徴されるAppleの信念や価値観に共感し、それを自分も体験したくて選んでいる部分がある。値段や機能だけを見れば、ほかにも選択肢はたくさんあるのに、です。
この「WHY」の部分は、戦略やプロダクトのように簡単には模倣できません。創業者だからこそ打ち出せるものであり、それ自体が大きな差別化になる。この本は、自分の事業が成長の壁にぶつかるたびに読み返しています。今読み返しても、まだまだ自分たちのメッセージをとがらせられるな、と気づかされる1冊です。
UberやAirbnbのような1番になる方法を教えてくれる本
スタートアップ経営者はもちろん、何かを自分の手で生み出したい人には、『 売れるもマーケ当たるもマーケ マーケティング22の法則 』もお薦めです。リソースも実績も先行企業にかなわない状態で、真正面から勝負しても勝てない。そこで重要になるのが、自分たちでカテゴリーそのものをつくる、という発想です。
例えばAirbnb。仮に、使いやすさや物件数で上回るサービスがあったとしても、「民泊=Airbnb」というカテゴリーの代表になれば、消費者は真っ先にAirbnbを選択肢に入れる。Uberも同じで、「Uberする」と動詞になるほど浸透すれば、それ自体が圧倒的な強みになります。WeWorkも、「シェアオフィス」という従来のイメージとは異なる、「コワーキングスペース」という新しい価値を打ち出した点は非常にうまかったと思います。
僕たちの「Anyplace」という宿泊事業も、「働く場所に特化した宿泊施設」というカテゴリーを自分たちで定義していて、発想はこれらの本から強く影響を受けています。規模やブランド力で、マリオットやヒルトンのような世界最大級のホテルグループと真正面から戦っても、到底かないません。でも、「働く人のための宿泊施設ならここ」と、特定の人たちから真っ先に選ばれる存在にはなれる。大きな市場で競うのではなく、自分たちでつくったカテゴリーで1番になる。この発想は、“規模”で戦えないスタートアップにとって、非常に重要だと思います。
創業者が諦めない限り、会社は終わらない
さて、この一連の学びと切り離せないのが、投資家ジェイソン・カラカニスとの出会いです。シリコンバレーでは、彼が主催する「LAUNCH Accelerator」という3カ月間のプログラムに参加させてもらったのですが、本当に濃密な経験でした。自分のような何者でもない人間が、普通ならまず会えないような世界的な投資家たちの前でピッチをする機会を与えられ、大失敗まで経験させてもらえる。ジェイソンの懐の深さがあったから、今の自分があるのだと思います。
彼の著書『 エンジェル投資家 リスクを大胆に取り巨額のリターンを得る人は何を見抜くのか 』にも、本当に助けられた言葉があります。「スタートアップが潰れるいちばんの理由は、資金が尽きることではない。スタートアップが失敗するいちばんの理由は創業者が努力を放棄することだ」という一節です。創業者が諦めない限り、お金も人も集められるし、事業は続けられる。実際、自分の周りを見ていても、資金が尽きて終わる会社より、創業者の心が折れて終わる会社のほうが圧倒的に多いと感じます。
ジェイソンのアドバイスでもう一つ実践しているのが、「投資家へのアップデートは、短くてもいいから定期的に送る」というものです。事業がうまくいっていない時期ほど、連絡はしづらくなる。でも、そういうときこそ、短くてもいいので近況を伝え続けることで、信頼関係が積み上がっていく。困ったときに助けてもらえるかどうかは、こうした日々の積み重ねで決まります。アップデートの書き方も、ジェイソンが本の中で提唱しているテンプレートと、Y Combinatorなど他のアクセラレーターが公開している型を自分なりに組み合わせて、今の自分なりの最適解を作りました。
最近は、AIを使ってピッチ資料の精度を上げることも当たり前になりました。でも、最終的に人の心を動かすのは、やはり感情の部分だと思っています。なぜこの事業に取り組むのかという「Why」や、そこに込めた情熱。そして、かかわってくれる人たちとの信頼関係。これらはAIでは代替できない。効率化できるところは効率化すればいいですが、こうした核の部分は変わらないと思っています。
取材・文/金澤英恵 構成/山口玄太郎(日経BOOKSユニット)、中川ヒロミ(日経BOOKプラス) 写真/小野さやか


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