もし子供に「起業するのと、会社で出世するの、どちらの人生を歩むべき?」と聞かれたらあなたはどう答えるだろうか――。日ごろから経済活動の現場に触れて会社を見る目を磨き、働きながら投資を行うことで、「普通の人」が相当の資産を持つことは十分に可能だと教える山崎将志氏の著書『父さんが教える株とお金の教養。』より抜粋、内容を編集してお届けします。
社会の原動力は常に事業家
社会の原動力は常に事業家である。過去ずっとそうだったし、これからも間違いなくそうであり続ける。これは断言できる。古くは遣唐使の派遣、スエズ運河の開発など歴史の教科書に載っている出来事はビジネスの言葉にすれば全てが「新事業」であり、着手して結果を出したのは「事業家」だった。
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事業家の仕事は、次のように整理できる。
- 社会的に解決したい問題がある
- 解決のための筋道と出来上がりの姿を描く
- 解決のために必要なお金を集めて、必要なヒトを雇い、モノを調達する
- 問題解決の成果を社会に還元するだけでなく、投資家にも還元する
こう言われてもピンとこないかもしれない。その一番の理由は野球選手やミュージシャンみたいに活動内容が具体的に見えないからだと考える。でもそれは「社会的に解決したい問題」が様々だから仕方がない。社会的問題のインパクトも大小様々ある。
大きな問題を解決した人はメディアに取り上げられたり、巨大なものであれば歴史の教科書に載ったりする。
こう書くと、「事業家って要するに社長のことでしょ」と思うかもしれない。半分は当たっている。残りの半分が間違っている理由は、組織に属している事業家はたくさんいるし、組織に属さないとできないことに取り組んでいる事業家もたくさんいるからだ。大きなことは大きな組織に属していないと実現できない。いまの世の中は資本主義だから、お金をたくさん使わないと多くの人に役に立つような事業はできないのである。
この表現に嫌悪感を持つ人がいるかもしれない。では、スーパーに売っているプリンを思い浮かべてみよう。
あのプリンを100円で売るためには、たくさんのお金が要る。プリンを大量生産する機械はものすごく高い。メーカーにお願いして独自に作ってもらわなければならない。容器だって、きれいにデザインされたラベルだって、10個とか100個とかの単位で仕入れていたら、それこそ容器代だけで1個100円になってしまう。
材料だって卵がたくさんいるから養鶏農家に安定的に供給してくれるようお願いしなければならない。頼まれた養鶏農家もお金を使って設備を作らなければならない。卵を仕入れる量が急に増えたり減ったりしたら、養鶏農家に迷惑をかけてしまう。だから事前に計画を立ててその通りに卵を買わなければいけないし、そのためには当然計画的に量を売らないといけない。
明確な目標がない人は起業しても失敗する
いま話した一連の過程を毎日きちんと実行するためには、大金が必要だ。お金をたくさん使えば多くの人の役に立つような事業ができる、という意味が分かってもらえただろうか。
その一方で街のケーキ屋さんみたいなビジネスもある。スーパーのプリンと比べたら作る量が少ないから値段はどうしても高くなってしまうけど、買ってくれる人がいる限りはビジネスは成り立つ。あんまり儲(もう)からないかもしれないが、自分の手で作ったプリンを、顔の見えるお客さんに売る仕事からは充実感を得られる。
量産プリン工場も街のケーキ屋さんも、どちらも社会的な問題を解決している。街のケーキ屋さんは個人で始められるが、工場を造るのは個人ではできない。食品メーカーで経験を積んで、上司からも部下からも取引先からも「この人ならやってくれそうだ」と信用してもらって初めて工場長になる。この工場長はまさに事業家である。
「起業か出世か」という問いに答えるならば、やりたいことがあるかどうか次第ということになる。やりたいことが見つかったとき、その規模の大小によってどちらかを天秤にかければいいと思う。起業すれば大儲けできる可能性もあるが、一文無しもありうる。だから得られる給料の期待値を試算したら、社内事業家の方がむしろ多いかもしれない。だって使えるお金と利益は比例するのが資本主義だから。
最後に一つだけ。最悪なのは、ただ「社長になりたい」「出世したい」という人である。具体的な事業があって、それをどうしたいかという明確な目標がない人は起業しても出世してもたいてい失敗する。だからまずは大きくても小さくてもいいから、解決したい社会的な問題を見つけて、それに取り組んでみることだ。そうすればお金も人も後からついてくると考える。
山崎将志著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

