日本最高峰のプロバスケットボールリーグ、Bリーグの広島ドラゴンフライズで活躍中の寺嶋良選手。Bリーグ屈指の読書家として知られる寺嶋選手は、不調を感じたときやプレーに迷いが出たとき、本に正解を求めるという。今回は、スランプを乗り越えるきっかけになった小説、フリースローの呼吸法を学んだ実用書、プロの道へ進む背中を押したエッセーを紹介する。

スランプを乗り越えた本

今まで読んできた本の中で、バスケットボールに役立ったものはありますか?

 あるとき、僕はまったくシュートが入らなくなってスランプに陥りました。どうしてうまくいかないのか分からず、シュートフォームを変えたりもしたのですが、大きく変えすぎて、さらにシュートが入らなくなる悪循環に入り込んでいました。

 その頃、たまたま読んでいた『 夏美のホタル 』(森沢明夫著/角川文庫)という小説にあった言葉にハッとさせられました。本書には仏師が出てきます。彼はかつての師匠から「神は細部に宿る。だからこそ、爪の先ほどの妥協もするな」という教えをたたき込まれます。この言葉を読んだときに、僕のシュートが入らない原因が分かりました。

『夏美のホタル』(森沢明夫著)(写真:小野さやか)
『夏美のホタル』(森沢明夫著)(写真:小野さやか)
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 手の爪が割れていたのです。小さなことと思われるかもしれませんが、バスケットボールのシュートはほんの少しの指先の変化で、入ったり入らなかったりします。当時の僕は爪が原因だと気がつかず、フォームを変えてしまいました。大きな失敗が続くと大きな部分にばかり目が向いて、大胆に変えようとしがちです。でも、ミスの原因は小さなところにありました。『夏美のホタル』は、ダメなときほど細かな部分を意識することの大切さに気づかせてくれました。

 それからは、失敗に対する向き合い方が変わりました。プロスポーツの世界に失敗はつきものですが、周りからのプレッシャーや期待が大きいだけに、どんな失敗も早く乗り越えなければいけないと焦りがちです。でも、失敗したときほど焦らずに、小さな原因を探っていく意識を持つようになりました。

フリースローの成功率を上げた1冊

他の競技スポーツと比べた、バスケットボールの特徴は何ですか?

 バスケットボールは、パスをする回数の多いスポーツです。もしかしたら、球技スポーツの中で一番パスが多い競技かもしれません。そして、パスは人ではなく空間に出します。チームメートの動きを把握し、そこにいてくれるだろうと信じてパスを出す。選手同士の、あうんの呼吸を楽しめる競技です。

 また、観客とコートの距離が近いのも特徴です。試合会場にやって来るファンの皆さんは、臨場感を楽しめると思います。選手も観客に近い場所で戦うので影響を受けやすく、ファンの方の応援は大いに力となります。

バスケットボールコートと観客の距離はとても近い(写真:広島ドラゴンフライズ ©HIROSHIMADRAGONFLIES)
バスケットボールコートと観客の距離はとても近い(写真:広島ドラゴンフライズ ©HIROSHIMADRAGONFLIES)
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静まり返った会場でフリースローを打つ場面を見ていると、バスケットボールはメンタルが大きな影響を与える競技だと感じます。

 メンタルコントロールについても、本に学ぶことが多いです。以前の僕はフリースロー成功率が60%台と低く、どうにかしなくてはいけないと思い、いろんな本を読みました。そんなときに、『 自分を操り、不安をなくす究極のマインドフルネス 』(メンタリストDaiGo著/PHP研究所)という本に出合いました。本の中に、呼吸によってメンタルが変わるという記述を見つけ、この呼吸法はフリースローで使えると感じたのです。

 バスケットボールはフリースローを打つとき、審判からボールをもらったら5秒以内にシュートを打たなければいけないというルールがあります。多くの選手は5秒も使わずにシュートするのですが、僕は5秒をフルに使う呼吸法を取り入れてみました。すると、フリースロー成功率が80%まで上がったのです。

すごい! 20%も上がったのですね。

 はい。ただ、昨シーズンの中盤、審判から「フリースローの時間が長い」と注意を受けてしまって。元のフリースローのタイミングに戻したところ、成功率は下がってしまいました。今はまた、成功率を上げるためにいろいろな本を読んでいるところです。

オードリーの若林さんは、僕の恩人

寺嶋選手は、バスケットボール人生の中で影響を受けた本はありますか?

 お笑い芸人のオードリー・若林正恭さんの本です。最初に若林さんを意識したのは、大学生の頃でした。僕は高校までずっとレギュラーで試合に出ていて、キャプテンを務めていました。でも、東海大学に入って人生で初めてレギュラーから外れました。

 その頃に、テレビで若林さんが「世の中にはセカンドの7番という役割がある」と話していたのを聞いて、若林さんは僕の求めている答えを持っていると直感しました。それから若林さんの本を読んだり、テレビやラジオをチェックしたりするようになりました。

「若林さんの『セカンドの7番』の話を聞いて楽になった」と話す寺嶋良選手(写真:小野さやか)
「若林さんの『セカンドの7番』の話を聞いて楽になった」と話す寺嶋良選手(写真:小野さやか)
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 「セカンドの7番」は野球のたとえです。守備がうまくても褒められることはないけれど、ミスをしたら怒られるポジションです。言ってみれば損な役回りですが、チームにとって絶対に必要な人です。若林さんは、「自分はセカンド7番で死んでいく」と言っていました。

 僕は東海大学に入って、自分は「ファーストの4番」ではないと気がつきました。でも、気持ちのどこかでエースでありたい自分がいました。「ファーストの4番」以外はカッコよくないと思っていたのです。でも、若林さんの「セカンドの7番」を聞いて、気持ちが楽になりました。縁の下の力持ちとしてチームを支える役割はカッコいい、と考えられるようになりました。そこから方向転換できました。あのままエースを目指し続けていたら、いずれ潰れていたと思います。

東海大学4年生のときにはキャプテンを務めましたね。方向転換をした結果が出たのですか?

 キャプテンでしたが、試合ではレギュラーを外され、控えに回っていました。その頃は、大きな葛藤を抱えていました。キャプテンとして周りを見て、縁の下の力持ちとして優勝に導かなくてはいけないと責任を感じていた一方で、試合に出る時間はどんどん減っていました。プロバスケットボール選手になりたいけれど、大学で試合に出ていない選手はプロチームから声がかかりません。「寺嶋はプロになれない」とレッテルを貼られかけた頃に、『 ナナメの夕暮れ 』(若林正恭著/文春文庫)を読みました。

『ナナメの夕暮れ』(若林正恭著)(写真:小野さやか)
『ナナメの夕暮れ』(若林正恭著)(写真:小野さやか)
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 本書には「自己否定とまともに闘ったところで勝ち目がない」という一文があります。若林さんは、自己否定は完治を目指さずにシャットアウトするのがいいと書いています。僕は、この文章を読んで救われました。

 大学4年の頃の僕は、プロになれるかどうか不安で、自己否定と闘っていました。プロになれると信じて努力を続けなければいけない時期なのに、自分を否定して努力することに疑問を感じていたのです。でも、この一文に出合ったことで、努力の方向性を見失わず、結果としてプロバスケットボール選手になることができました。それ以降、若林さんが大好きになり、僕の中では恩人のような存在になりました。

 今でも、自己否定のシャットアウトを続けています。若林さんは、シャットアウトに効果があるのは何かに没頭することと書いています。僕にとって、没頭できるものは読書です。

悩みの答えは、棚差しの本にある

寺嶋選手は、読む本をどうやって探していますか?

 調子が悪かったり、悩みがあったりすると、僕は本屋さんに行きます。店内を回って気になる本を見ていきますが、気がつけば、自分の悩みに関係する本棚の前に立ち止まっています。例えば、自分と向き合いたいときは自己啓発の本棚、現実から逃げたいときは小説の本棚にいて、非現実的なストーリーの本を探しています。僕にとって本屋さんは、自分の無意識に気がつく場所です。

 また、僕は平積みの本にはあまり興味がなく、棚差しになった本に引かれる傾向があります。平積みされている本は、みんなが面白いと思うだろう本です。でも、僕の職業は一般的ではないので、必要なものが多くの人と同じではありません。だから平積みされている本に僕の答えはないと思っており、どの書店に行っても棚差しを見ます。『夏美のホタル』も棚差しの中から見つけ、タイトルに引かれて直感で買いました。

見つけた本を買うかどうか、どうやって決めるのですか?

 直感が働いた本はすべて買います。子どものとき、親も本を買うお金を出してくれていたので、その名残です。失敗もたくさんします。100冊買っても「これだ!」と思う本は1冊出合えるかどうか。残りの99冊も捨てずに、手元に置いています。本は読むタイミングで感じ取るものが変わるので、未来の僕の一番が99冊の中にあるかもしれません。

家の中が、本であふれそうですね。

 たくさんの人に読書を広めたい気持ちが強くなって、近所のカフェに僕の本棚を置かせてもらっています。カフェのお客さんが読めるように、蔵書から300冊ほどを持ち込みました。僕の部屋に300冊あっても一度に読めるのは1冊ですから、299冊がもったいない。みんなに本を読んでもらえないかとスペースを探していたら、カフェの方が場所を提供してくれました。

広島市のカフェ「ゆらり」に置かれた寺嶋選手の蔵書
広島市のカフェ「ゆらり」に置かれた寺嶋選手の蔵書
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いずれ本屋さんもやってみたいですか?

 僕は本に恩返しをしたいとずっと思っています。ただ、書店は経営が厳しいと聞くし、ブックカフェにしても誰かを雇うとなると資金が必要だと聞きます。一方で、クラウドファンディングなど、うまくやる方法があるはずと考えている自分もいます。本自体の可能性とともに、読書経験を広める場づくりには可能性があると思っています。今はいろいろ考えているところです。

取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部)