日本最高峰のプロバスケットボールリーグ、Bリーグの広島ドラゴンフライズで活躍中の寺嶋良選手。Bリーグ屈指の読書家として知られる寺嶋選手は、2023年春から、おすすめの本を推薦文と一緒に配達するサービス、「テラシーの本棚」を始めた。採算は度外視で、自ら梱包作業までして読書を広げる活動に取り組む理由とは何だろうか?

本との出合いをつくるサービスを開始

プロスポーツの選手にとって、スポーツ以外の活動というのはどのような位置づけなのですか?

 プロスポーツ選手は、自分のやっている競技でしか自己表現ができません。プロバスケットボール選手なら、それはバスケットボールです。言葉にするとしても、SNS(交流サイト)に投稿する数百文字程度です。しかし、僕はもっと長い文章で自分を表現できたら、ファンの方が喜んでくれるはずと思いました。

 最近は、選手個人のファンクラブをつくったり、オンラインサロンをやったりする選手も増えました。僕は2023年4月に始めたサブスクサービス「テラシーの本棚」に大きな可能性を感じています。

具体的にどんなサービスなのですか?

 月1回、申し込んでいただいた方に、僕が選んだ本とドリップコーヒー、『テラシーの本棚通信』というリーフレットをセットにした定期便を送っています。リーフレットは届いたらすぐに読んでもらうものと、本を読んだ後に読んでもらう用の2枚に分かれています。本を読む前のリーフレットには、僕がその本を選んだ理由と、どんな人におすすめしたいのかを書いています。読了後のリーフレットには僕の個人的な感想や体験談などを書き、1冊をとことん楽しんでもらえる仕組みにしています。

 実は、梱包作業も自分でやっています。2023年10月には梱包しながら誕生日を迎えて、「誕生日に何をしてるんだろう」と思いました(笑)。

本と冊子、コーヒーが定期的に届く「テラシーの本棚」
本と冊子、コーヒーが定期的に届く「テラシーの本棚」
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1人の本好きから飛躍して、おすすめの本を選んで届けるサービスまで始められたとは驚きです。なぜこのサービスを始めようと思ったのですか?

 僕は本が大好きなので、広島ドラゴンフライズに移籍したときには書店の近くに引っ越しました。しかし、その書店はすぐに潰れてしまいます。書店業界も出版業界もどんどん厳しくなっているという話を聞いて、僕は悔しくなりました。なんとか時代の流れにあらがえないか、いろんな人が本を読むきっかけをつくりたいと考えたのが、「テラシーの本棚」の始まりです。

 このサービスは少しずつ進化していまして、最近は広島の有名なお菓子屋さんとコラボレーションをしています。例えば、『 ライオンのおやつ 』(小川糸著/ポプラ文庫)を送ったときには、本に出てくるお菓子を再現してもらい、本と一緒に送りました。本だけではつまらないという方にも、本の内容に関係したお菓子を食べながら読書をすれば、もっと本を読む時間を好きになってくれるかもしれないと考えました。

「テラシーの本棚」でこれまでに届けた本の一覧
「テラシーの本棚」でこれまでに届けた本の一覧
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寺嶋選手の活動に協力してくれる方が現れたのですね。

 たまたまなんですが、僕と同じマンションにお菓子屋さんの社長が住んでいました。「テラシーの本棚」の話をしたところ、一緒にやろうと言っていただき、実現しました。正直なところ、お菓子を入れれば利益は減ります。でも、まずはみんなが楽しんでくれたらいいと思っています。やっぱりバスケットボールの存在は大きくて、僕がしっかりプレーできていて、きちんと給料をいただいているからこそできる活動です。

(注)「テラシーの本棚」は2024年3月末で終了します。Bリーグのレギュラーシーズン中に、サービスを継続する体制構築が難しくなったのが主な理由です。寺嶋選手は、新たな形での読書の普及活動を構想中です。

お金は、読書経験に使う

寺嶋選手は、お金の使い方に筋が通っているように見えます。「テラシーの本棚」の利益の一部は、子どもの読書環境を整える活動の支援に寄付しています。また、選手として獲得した賞金の一部を使い、子どもたちに絵本を送ったシーズンもありましたね。寺嶋さんのお金との向き合い方を教えてください。

 プロスポーツ選手は、所属チームによって年俸の差が大きくなります。移籍時に動くお金も大きい。年俸が高い選手ほど価値があると捉えられるので、ある意味お金がプロスポーツ選手の価値を決めている部分があります。選手としても、本当は行きたいチームでも資金力がなくて年俸が下がるなら、資金力があるチームのほうを選ぶのはあり得ることです。

 僕にお金との向き合い方を教えてくれたのは、連載第1回 「プロバスケットボール・寺嶋良『僕の相談相手は本でした』」 でお話しした『 大富豪からの手紙 』(本田健著/ダイヤモンド社)です。この本には「お金をいくら持っているかと、幸せは、まったく関係がない」「いいお金の使い道は、『自分とまわりの人を幸せにできる』という視点で考えるといい」と書いてあります。この文章を読んで、お金という選択軸をいったん外せたのは大きいです。自分の気持ちに素直に向き合って、どんなチームでプレーしたいのか考えられるようになりました。

お金の使い道の一つとして、本に関する慈善活動を選んだ理由は何ですか?

 僕はモノを持ったり、食事をしたりするより、何かを経験するほうが楽しいと感じます。お金は使えば消えますが、経験は消えません。本ならば読書の経験が残り、手元に置いておけば何度も読めて、読むたびに頭に残るものが変わっていく。僕にぴったりのお金の使い方です。

 そして、お金の使い道が決まれば、稼ぎ方も変わる気がします。例えば、MVPの賞金で子どもたちに本を贈るというゴールを決めたら、MVPを取らなきゃいけなくなる。ゴールが決まっていれば、試合も頑張れるんです。

本の言葉を信頼している

本をきっかけに移籍を決めるなど、寺嶋選手は本から学び取る力が強いと感じます。

 僕は、とても影響を受けやすい性質なんですね。それに、誰よりも本を信じています。多くの人は本を読んで「なるほどね」とページを閉じると思いますが、僕は「なるほどね」から、「正しいんだ」と信じ込んでしまう部分があります。

 なぜ信じ込んでしまうかというと、それは本だからです。人は、頭に浮かんだことをパッと口にして話すことができます。でも、文章にするには長い時間がかかります。僕もコラムを書いているので分かるのですが、書き手はいろんな思いを込めて、言葉を選んで文章を書いています。さらにその文章を編集者や校閲、校正の方が磨いて本ができあがります。ですから、僕は話し言葉以上に本を信頼しているのです。

Bリーグは1シーズンに60試合。日本各地を転戦し、1週間に3試合ある時期もあります。とてもお忙しいと思うのですが、改めて、本にまつわる活動を続ける原動力は何ですか?

 僕にとって、読書は逃げ道でもあります。今の僕は、平日に練習をし、週末になると試合をして、勝敗を積み重ねています。バスケットボールのことばかり考えていると、どうしても集中力が落ちて苦しくなってしまいます。でも、読書をしたり、コラムを書いたりしているときは、バスケットボールから離れてリセットできます。今は、練習や試合が終わったら、バスケのことを考えない活動に切り替えています。

 試合に勝っても負けても同じで、勝敗に一喜一憂せず同じように暮らすことを心がけています。すると、1冊の本を読み終えたときに、「さあ、試合に向かおう」と気持ちを切り替えることができます。僕の中では、バスケと読書は共存しているんです。

「僕にとって、読書は逃げ道」と話す寺嶋良選手(写真:小野さやか)
「僕にとって、読書は逃げ道」と話す寺嶋良選手(写真:小野さやか)
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最後に、Bリーグの選手として今季の目標を聞かせてください。

 まずは、広島ドラゴンフライズのBリーグ優勝です。また、個人としては、やはり日本代表に残りたいです。日本代表のポイントガードはライバルがたくさんいますが、僕は読書力で頑張ります。

取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部)