コロナ禍で働き方が見直されつつある今、目標が見えず将来に不安を持つビジネスパーソンが増えている。多くの人たちが働きがいを感じられないのは、「これまでのキャリアの常識や方法論が新たな時代にフィットしていないため」と人材育成コンサルタントの片岡裕司氏は分析する。ポストコロナ時代のキャリアの新たな常識とは。目標とする先輩も上司もいない20代、30代が目指すべきものとは。 『「目標が持てない時代」のキャリアデザイン 限界を突破する4つのステップ』 (日本経済新聞出版)を刊行した片岡氏、共著者の北村祐三氏が解説する。
「五輪代表決定」。栄功の瞬間に選手を襲った虚無感の正体
2021年、コロナ禍でたくさんのイベントや行事が中止になりました。不本意な転職や休業を余儀なくされた人も多くいるでしょう。不確実性を増す現代は、たくさんの人の目標が奪われる「目標喪失時代」と言い換えることもできます。
セミナーや研修でも「これから先、何を目指せばいいのか分からなくて……」という相談をよく受けます。特に20代、30代の若手ビジネスパーソンに顕著な傾向です。
目標を喪失するというのは、それが奪われた場合に限りません。意外なことに、目標が達成されたときにも人は大きな喪失感を覚えるものです。ある有名アスリートから聞いた話を紹介しましょう。
その選手は、オリンピック出場を目標として多くの苦難と挫折を乗り越え、ついにその切符を手にしました。普通に考えれば、人生最高の瞬間です。ところが、その途端、強い虚無感に襲われ、うつ状態となったそうです。オリンピック代表になるという目標がなくなったことが原因でした。
目標がいかに果てしないエネルギーを持つか、目標がなくなることがどれほどの喪失感をもたらすかをうかがい知ることのできるエピソードです。オリンピックという目標がなければ、苦難と挫折を乗り越えることは難しく、一方でそれだけの強固な目標だったがゆえに、なくなったときの落ち込みの衝撃もすさまじい。目標が持つ魔力であり、目標喪失のワナです。
「目標はなくなる」が大前提
ここでぜひ知っていただきたいのは、目標はいつかはなくなるということです。達成する、諦める、さらには目標そのものが奪われる。理由はさまざまですが、目標は必ず失われます。キャリアデザインを描く上で、これが大前提です。
だからこそ大事になるのが、前回お伝えした「キャリアの目的を持つこと」「目標をたくさん持つこと」「安定を目指さないこと」の3つです。
例えば、オリンピックを目指すアスリートが、「限界に挑戦する姿を通じて誰かに勇気を与えたい」という目的を持っていれば、オリンピックは大きな目標ではありながら、数ある手段の1つになります。オリンピック出場が決まっても、目標を達したことで虚無感に襲われることはないはずですし、仮に選出から漏れても、自分がやりたいこと(目標)がほかにも出てくるでしょう。
それらの新しい目標にどんどんチャレンジすることで、自分の目的が実感できれば、いつまでもワクワクしたキャリアを過ごせるのです。
著者紹介

ジェイフィール 取締役コンサルタント、多摩大学大学院客員教授、日本女子大学非常勤講師、一般社団法人Future Center Alliance Japan理事
アサヒビール、同社関連会社でのコンサルティング経験を経て独立。ジェイフィール立ち上げに参画し現在に至る。組織変革プロジェクトや研修講師を担当。
著書に『なんとかしたい! 「ベテラン社員」がイキイキ動き出すマネジメント』、共著に『週イチ・30分の習慣でよみがえる職場』(いずれも日本経済新聞出版)などがある。
著者紹介

ジェイフィール コンサルタント、米国CTI認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ(CPCC)
金融会社の経営企画課長、人事課長を経て、2018年にジェイフィールに参画し現在に至る。人材育成・組織変革プロジェクト、研修ファシリテーターを担当。
絞り込みはリスクが高い
組織で行われるキャリア研修の場や、自分でキャリアデザインの本を読むなどして「目標」を考える人も多いでしょう。しかし、ここに大きなミスマッチが潜んでいます。
これまでの一般的なアプローチは、WILL(やりたいこと)、CAN(できること)、MUST(やるべきこと)の重なるところに目標を絞り込んで考えていくことでした。しかし、CANは自分にできそうなことであり、MUSTは目の前の仕事にとらわれるため現状の自分の枠組みの中に小さくまとまることになりがちで、最も大切なはずのWILLがどこかに置いてきぼりになるのです。
WILL、つまりキャリアの目的を大切に育てていくことでやる気を充実させたり、変化していったりしなければならないのに、いつの間にかWILLが目標探索の道具になってしまうという構図です。
複業への扉が開き、70~75歳まで働くことが当たり前になる時代には目標を絞り込むことはリスクの高い選択となります。しかも、小さくまとまったような目標であればなおさらです。
「目標にしたい先輩」は本当に必要?
「目標にしたい人」という言葉がありますが、これについて若手社員はどんな意識を持っているのか。興味深い調査結果があります。
一般社団法人日本能率協会が2018年9月に実施した「入社半年・2年目 若手社員意識調査」です。「現在の職場内に、目指したい上司、目標にしたい先輩はいますか」という問いに、「いない」と答えた人が57%に上ったのです(期間:2018年9月12日~14日。回答:400人)。
なぜこうした結果になったのか。
大きいのは、世代によるキャリア観のズレです。上司、先輩に当たる40代の多くは、キャリアの成功イコール「昇格や出世」とすり込まれてきた人たちです。一方、若手社員はもはや組織内での成功に働く価値を見いだしていません。
価値観が多様化した今、一概に年代でくくることは難しいですが、それでもやはり20代、30代のいわゆるミレニアル世代は、その上の世代と比べて、「社会問題の解決」「自分らしさ」「自分にとっての幸せ」を追求する働き方を重視する傾向が強い、と言えるでしょう。
つまり、この調査結果は、「職場には自分のキャリアの目的を持って自分らしいキャリアをつくっている上司、先輩がいない」と若手社員が考えていることの証左と言えるのです。
しかし、ここで大きな問題があります。そもそも目標とする上司や先輩は必要なのでしょうか。

「目標とする人」を探す必要はない
実は、自分らしいキャリアイメージをつくるのであれば、目標となる人を探すことはむしろマイナスです。それよりも、いろいろな人から刺激を受けながら、自分のキャリアの目的を見いだし、進化させていくことで個性的なキャリアを築く――こうした意識が大切です。これが、ポストコロナ時代のキャリアの新常識と言えます。
そのために必要なことはネットワークをどんどんと広げること。目標にしたい人を探すのではなく、自分の現在の枠の外にいる人たちと交流して自分の枠を広げることが大切なのです。
結果、社内起業を提案したり、パラレルキャリアを築いたり、副業、転職、将来的に独立を考えるなど、キャリアの選択肢も増えてきます。働き方は1つではありません。
パラレルキャリアのはしりだった渋沢栄一
大河ドラマ「青天を衝け」をご覧の方も多いでしょう。主人公である渋沢栄一は日本資本主義の父と称されますが、とてつもないパラレルキャリアを歩んでいます。なんと約500の民間企業と約600の社会公共事業の立ち上げに関与しているのです。もはや枠などというものはないに等しいですね。
なぜ、これほどの事業に関与することができたのか。それは彼が大きな志を持っていたから。だからこそ、生涯行動し続けられたのです。
渋沢の大きな志は「国家のために商工業の発達を図りたい」というものでした。さらに彼は、大きな志が何よりも大切で、これはぶれてはいけないものだが、その代わり小さな志は状況により変わる可能性があるものと語っています。大きな志を人生の目的、小さな志を目標と考えると、渋沢栄一は100年前から現代に通ずるキャリア論を説いていたわけです。
さて、そんな渋沢の言葉をもう1つ紹介しましょう。
「成功など、人としてなすべきことを果たした結果生まれるカスにすぎない以上、気にする必要などまったくないのである」
成功する、しないを気にすると動けなくなりがちですが、それは置いておき、実験するつもりで自分の志に基づいてとにかく動いてみようということです。他人の声や世間の目をいったん忘れて、自分の志に基づいた行動をしてみることで、新しいキャリアの道が開かれるに違いありません。
目標喪失=たくさんの目標が持てる時代
目標喪失時代と聞くと絶望的になるかもしれませんが、そんな必要はありません。目的をしっかりと持つことで、逆に目標はいくつでも持てる時代でもあるのです。
たくさんの目標にアプローチすれば、いろいろな人たちとのつながりが生まれて、いつの間にか自分の枠が広がっていきます。これまでは、自分はこのくらいの人間かなと、無意識に制限を設けていた人も多いと思います。しかし、その制限を解くことで、自分の限界を突破するキャリアを歩みやすくなるのです。
目標という魔力は強力なだけに、ついつい最適と思える1つの目標に絞り込みがちです。結果、目標喪失のワナにたやすくはまってしまいます。今の枠から飛び出して、さまざまなことにチャレンジしながら自分の限界を突破するキャリアをつくっていくことが新時代のキャリアデザインです。

[日経ビジネス電子版 2021年10月11日付の記事を転載]
先が見えない時代の「やりたいこと」のつくり方。
副業、社内起業、転職、パラレルキャリア、独立……
働き方は1つじゃない!
「何かを変えたいけれど、どうすればいいのかわからない」というビジネスパーソンの必読書。
想像以上の自分に出会えるキャリアの方法論を「4つのステップ」で解説。講師のセミナーを聞き、ワークショップを受けるようなイメージで読み・実践できる。
片岡裕司・阿由葉隆・北村祐三(著) 日本経済新聞出版