コロナ禍で働き方が見直されつつある今、目標が見えず将来に不安を持つビジネスパーソンが増えている。多くの人たちが働きがいを感じられないのは、「これまでのキャリアの常識や方法論が新たな時代にフィットしていないため」と人材育成コンサルタントの片岡裕司氏は分析する。ポストコロナ時代のキャリアの新たな常識とは。イキイキ働き続ける人の共通点とは。「やりたいこと」を発見し、実現するための「キャリア実験」とは。 『「目標が持てない時代」のキャリアデザイン 限界を突破する4つのステップ』 (日本経済新聞出版)を刊行した片岡氏、共著者の阿由葉隆氏が解説する。

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キャリアを充実させるために必要なことは?

 「キャリアを充実させるために必要なことは?」。こう聞かれたらなんと答えますか。専門的な資格を取る、社会人大学院で勉強する、社内で異動する、転職する……などを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

 確かにそれらも重要です。しかし、ポストコロナはせっかく手に入れた専門性や環境が目の前から急になくなってしまうような不安定な時代です。何かを獲得しても、それを失う確率が高い。失うものが大きくなればなるほど不安になってしまいます。

 連載の第1回でお話ししたように、不安定な社会で安定を求めることは、逆に不安定をもたらすのです。

 では、この不安定で不確実な時代に楽しくキャリアを切り開くにはどうすればいいのか。それを知るために、今回、私たちはキャリアをイキイキと充実させている方に聞き取り調査を行いました。年代も職種も性別も異なる方々でしたが、皆さんある1つの共通点を持っていました。

 ゴールはぼんやりしたものがいい

 キャリアを楽しく切り開いている人の共通点、それは「最終ゴールを明確に描いていない」ということです。

 驚かれる方も多いでしょう。キャリア研修では「ビジョンづくり」が大事と言われることも多いのですから。

 しかし、私たちがお話をうかがった皆さんは、しっかりと目を見開き、目の前の興味・関心に向き合い、ぼんやりと見える自分なりのゴールに向かって前進していました。そして皆さん、はっきり見えない中でも前に進むことを楽しんでいます。

 さらに聞き取り調査でうかがった話を分析するうちに、共通する4つのサイクルの存在にも気がついたのです。

著者紹介

片岡裕司(かたおか・ゆうじ)
ジェイフィール 取締役コンサルタント、多摩大学大学院客員教授、日本女子大学非常勤講師、一般社団法人Future Center Alliance Japan理事
アサヒビール、同社関連会社でのコンサルティング経験を経て独立。ジェイフィール立ち上げに参画し現在に至る。組織変革プロジェクトや研修講師を担当。
著書に『なんとかしたい! 「ベテラン社員」がイキイキ動き出すマネジメント』、共著に『週イチ・30分の習慣でよみがえる職場』(いずれも日本経済新聞出版)などがある。

著者紹介

阿由葉隆(あゆは・たかし)
ジェイフィール コンサルタント、国家資格キャリアコンサルタント
外資系人材サービス企業営業支店長、アウトソーシングサービス部門の立ち上げ、運用部門長などを経て、2017年にジェイフィールへ参画し現在に至る。人材育成・組織変革プロジェクト、研修ファシリテーターを担当。

 新時代のキャリアデザイン。4つのサイクル

 不安定な環境下で、楽しくキャリアを切り開くための4つのサイクルとは、

①キャリアの目的(パーパス)を育てる
②体質改善に取り組む
③目標をたくさんつくる
④キャリアを楽しく実験する

 です。

 このサイクルを回す上で重要なポイントと、皆さんが無意識のうちに持っているキャリアデザインの思い込みについて説明しましょう。

『「目標が持てない時代」のキャリアデザイン』(⽇本経済新聞出版)7ページに掲載
『「目標が持てない時代」のキャリアデザイン』(⽇本経済新聞出版)7ページに掲載

キャリアの目的を育てるとは?

 4つのサイクルを回していく中心に位置するのが「キャリアの目的(パーパス)を育てる」です。これは、ごく簡単に言えば、キャリアを考える際にはまず「目的」を考えるということです。

 これまでのキャリアデザインは目標から考える「目標主導」を推奨しがちでしたが、これからの時代は「目的主導」であることが求められます。

 とは言え、キャリアの目的なんて言われても、今まで意識してきたことはない、上手につくれない、難しいと感じる方が多いでしょう。特にまじめな人ほどキャリアの目的を具体的に描かないといけない、そして一度つくったら変えてはいけないと思い込み、なかなか前に進めなくなってしまいがちです。これが1つ目の思い込みです。

 ここで発想を転換しましょう。キャリアの目的は「決める」のではなく、「育てる」のです。さまざまな経験を通じて目的が変化・進化しながらどんどん自分らしいものに育っていく、それを楽しみながら前に進んでいく意識を持ちましょう。

 具体的には、まずは日常の中で自分自身が「ワクワクする」ことを考えてみましょう。そこから、小さな目的の種を探し出してみる。そして、その種をどんどん育てていくことを楽しむという感覚が大切です。

[キャリアの目的を考える質問例]

・あなたがずっと好きでいるものは何ですか?
・あなたがやり始めたら止まらないことは何ですか?
・もし、誰にでも会えるとしたら、誰に会いたいですか?
・あなたは次の世代に何を残したいですか?

キャリアは自分のアタマで考えない

 サイクルの2つ目は「体質改善」です。これは、多様なつながりと学び続ける姿勢を持つことで、キャリアのより良い目標を発見したり、目的をうまく育てることができたりするということです。

 体質改善することで、「自分のキャリアは自分で考えないといけない」というキャリアへの思い込みを排除できます。自分のことは自分が一番知っていると思っている方が多いでしょうが、実は今の時代には通用しない考えです。

 「プロティアン・キャリア」という言葉があります。ボストン大学経営大学院のダグラス・ティム・ホール教授が提唱した概念で、環境に応じて柔軟に変化する変幻自在なキャリアの重要性を説いたものです。教授は著書の中で、「今日のような複雑で混沌とした社会において、ビジネス界で起こる事象を完全に理解することはもはや個人の能力を超えており、社会に蓄積された知性をもってするしかない」と述べています。

 つまり今の時代は、自分自身のことも、自分を取り巻く環境のことも完全に認識することは不可能なのです。そうであるならば、キャリアデザインも仲間の力を借りて考えましょうということです。

 キャリアについて自分で考えることはもちろん大切です。しかし、そもそも自分が悩んでいるキャリアの選択肢が両方とも間違っている可能性だってあります。だとすれば、いろいろと相談できる仲間を増やし、まずは選択肢を増やすことに時間を使ってみることをオススメします。

[体質改善のワーク例]

・ほんの少しでも興味のあるイベントをリストアップして参加してみる
・「ネットワークを広げたいので面白い人(イベント)を教えてほしい」と周囲に声をかける
・仕事、仕事以外、趣味の3つの領域で新たにチャレンジすることを考える

遊び感覚でやりたいことを「実験」する

 サイクルの3つ目は「目標をたくさんつくる」、4つ目は「キャリアを楽しく実験する」です。そして、この2つに共通する思い込みが、一度決めた目標は頑張ってやり遂げなければならないというものです。ポストコロナ時代においては、たくさんの目標をつくり、広げながら、それらを「実験」してみることが重要です。

 ここでいう実験とは、お試しでやってみること。自分が「やりたいこと」をアルバイトでもボランティアでも、シミュレーションでもいいので試してみるのです。

 例えば、私たちが聞き取り調査をした中でこんなビジネスパーソンがいました。その方は、事業開発スキルを得るため、働きながらMBAの取得を考えたそうです。しかし、社会人大学院に通うにはお金も時間もかかります。本当にできるのか。そもそも仕事で役立つのか。そう考えたその方は、1年間限定のビジネススクールに行くことを実験として選択します。そして、1年間通った結果、自分は学ぶことが好きで、学んだことが実務に生かせることを実感。仕事と通学の両立にも自信を持ち、社会人大学院へ入学を決めたのです。

[目標をたくさんつくるワーク例]

・これまでの人生で感じたこと、考えたことのキーワードを出す
・キーワードをかけ算して「やりたいこと」を見つける
・「やりたいこと」のワクワク度を考える

[キャリア実験のワーク例]

・憧れるキャリアを持つ人などに会って具体的な話を聞く
・自分の「やりたいこと」を小さく実験する方法を考える

 1つの目標に絞って達成を目指すと、成功か失敗かという視点に立ってしまいます。すると失敗したくない意識が働き、行動することに躊躇(ちゅうちょ)してしまいがちにもなります。

 「発明王」の異名を持つトーマス・エジソンは「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだ」という名言を残しています。キャリア開発のアクションも実験と捉えるとそこに失敗はありません。

可能性は無限大

 「失敗ではなく、発見がある」。これからのキャリアは遊び感覚で実験を繰り返し、新しい発見を積み重ねていくことが大切です。失敗がなく、発見しかない人生なのだと考えると、自分の可能性は無限大に広がっていくという希望が湧き上がってきませんか。

 抽象的だけれど自分にピッタリくるキャリアの目的を描き、たくさんの仲間に支えられながら、実験を繰り返して可能性を広げていく。これがポストコロナ時代の新たなキャリア開発プロセスです。ぜひ皆さんも楽しくキャリアを育てていきましょう。


(写真:  HTWE/Shutterstock.com)
(写真: HTWE/Shutterstock.com)

日経ビジネス電子版 2021年10月12日付の記事を転載]

先が見えない時代の「やりたいこと」のつくり方。
副業、社内起業、転職、パラレルキャリア、独立…… 働き方は1つじゃない!

「何かを変えたいけれど、どうすればいいのかわからない」というビジネスパーソンの必読書。
想像以上の自分に出会えるキャリアの方法論を「4つのステップ」で解説。講師のセミナーを聞き、ワークショップを受けるようなイメージで読み・実践できる。

片岡裕司・阿由葉隆・北村祐三(著) 日本経済新聞出版