書籍『オランダ人のシンプルですごい子育て』では、子どもの幸福度が世界トップクラスとされるオランダにおける、自由で穏やかな子育てスタイルが紹介されている。競争よりも自立を、制限よりも信頼を重んじるその姿勢から、私たちが学べることとは——? 今回は、実際に、オランダで育ち、現在は沖縄・石垣島で暮らすエリック・ファンラインさんに本書を読んだ感想とともに、文化や価値観の違い、そして自身の子ども時代について語ってもらった。こちらは後編。
自分のことは自分で。「小さな任務」が育てる自立心
子どもの頃の「自立心」について、エリックさんが今振り返って思うことはありますか?
小学生の頃から、「八百屋さんでじゃがいもを買ってきて」といったおつかいはごく普通にありました。我が家は両親が共働きで忙しかったこともありますが、「家にいると手がかかるから外に出しておこう」という事情もあったかもしれません(笑)。親戚に荷物を届けたり、小さな「任務」を任されたりするうちに、「自分にできることは自分でやる」が自然と身についていったように思います。
学校の昼ごはんも、基本は自分で用意したサンドイッチ。僕の通っていた小学校では、昼休みに一度帰宅することができたのですが、親が仕事でいない日は自分でサンドイッチを作って持って行っていました。パンを切って、好きな具材を挟む。「甘いものは一つまで、あとはなるべくヘルシーに」という我が家のルールがあって、それに沿って自分で準備していたのを覚えています。
前回の記事「 子どもの幸福度が世界一のオランダの子育ては、どうシンプルなのか 」でもお話されていた「ルールを守る」という教えが、ここでも生かされているのですね。それにしても、小学生なのにバランスも気にしてサンドイッチを作れていたなんて、すごいです。
掃除も同じで、自分の部屋は自分で片づけていましたし、比較的早い段階で親とは別の部屋で寝るようになりました。オランダでは環境面でも「早めに自立する」感覚が当たり前のようにあります。反抗期については人それぞれですが、日頃から「自分の意見を言っていい」関係性があるので、極端な反発にはなりにくいかもしれません。
「家族との時間を大切にする」ためのパートタイム勤務
オランダでは「家族との時間を大切にする」ことも、重要な価値観ですよね。エリックさんはご両親が共働きだったとのことですが、どのような思い出がありますか。
家族で過ごす時間を大事にする文化は、オランダに深く根づいていると思います。特に「家族そろって食事をする」ことは大切にされていて、わが家でも朝はバラバラでしたが、夕食は必ず家族一緒でした。食事は単なる栄養補給ではなく、「会話の時間」でもある。だから、たとえ見たい番組があってもテレビはNG。今でいう「スマホ禁止」に近い感覚ですね。
それに、本でも触れられていましたが、オランダでは男女を問わず「パートタイム勤務」で働く人が多いんです。子育ては「パートナーとふたりで担う」という意識が社会全体に根づいていて、家事や育児、日々の時間の使い方もできる限りバランスよく分担するのが一般的です。
男性もフルタイムにこだわらず柔軟に働き、女性も無理のない範囲で仕事と家庭を両立させるスタイルが浸透しています。夕方にはしっかり帰宅して家族と過ごす。そんな働き方ができる環境が整っているのは、オランダの大きな特徴だと思います。もちろん職種によって差はありますが、全体として柔軟な働き方がしやすい社会だと感じますね。
エリックさんのご両親も、そのような働き方だったのでしょうか?
いいえ、僕の実家は鶏肉とジビエの専門店を営んでいて、いわゆるパートタイム勤務とは無縁の暮らしでした。店は月曜から土曜まで休みなく営業していたので、両親は常に忙しくしていました。それでも夕方には必ず帰宅し、家族そろって夕食を囲むのが日常。母も週に数日は店を休んで、子どもと過ごす時間を持てるよう工夫してくれていたと思います。両親と過ごす時間は決して多くなかったですが、週末の忙しい日には親戚や知人の家で、いとこと遊んで過ごすこともよくありました。そうしたつながりの中で育ったからか、子ども時代に孤独を感じたことは一度もありません。
「いい大学を出る」ことだけが「安定」の道じゃない
ちなみに、エリックさんが日本に留学されるとき、ご家族から反対されたりはしませんでしたか?
反対はまったくありませんでした。たぶん家族は、「1年くらいで帰ってくるんだろう」と思っていたんだと思います(笑)。でも実際は一度帰国したあと、また日本に戻ってきて、そのまま25年……。
オランダは小さな国で、オランダ語だけでは世界では通じにくいことも多い。だからこそ、言語や異文化への関心が自然と高くなります。語学を学んで海外に出ることも、ごく普通の選択肢として受け入れられていて、僕が「日本に行く」と言ったときも、家族や周囲はあまり特別なこととして捉えていなかったように感じますね。
エリックさんは現在、日本で自営業と会社員という二足のわらじで働いていますよね。日本人の働き方についてはどう感じていますか。
一つ大きな違いを挙げるなら、「スキルの捉え方」だと思います。
日本では、スキルを得る=勉強する=進学する、というルートが明確に強調されています。大学を出て、いい会社に入ることが安定につながるという考え方ですよね。
でもオランダでは、大学に行かなくても実践的なスキルや自分の得意分野を生かして働く人がたくさんいます。むしろ大学を出ていない人のほうが、自由で経済的にも豊かに暮らしているケースもあるくらいです。僕自身は大学を卒業しましたが、それが「人生を決定づける」とは、僕も家族も思っていません。日本でも学歴がすべてではなく、好きな何かを極める、人とのつながりを生かす——そんな一人ひとりの多様な選択肢が認められる社会の方が、もっと自由で、ラクに生きられる気はします。
「他人にどう見られるか」より「自分がどう感じるか」
暮らしについても伺いたいのですが、本の中でも「贅沢ではなく、質素に楽しむ」という姿勢が紹介されていました。オランダ人の人々が、そうした暮らしの中で、大切にしていることは何だと思われますか。
「シンプルに暮らす」「質素に暮らす」というのは、オランダではごく自然な感覚です。たとえば大きな家を建てたり高級車を持ったりしても、特別に評価されるわけではありません。むしろ「それをどう安く手に入れたか」に関心が集まるんです(笑)。以前スウェーデンの友人が「他の国では“見て見て、これが僕のBMW!”と誇らしげに話せるけれど、オランダでは“で、いくらだったの?”って真っ先に聞かれる」と言っていて、まさにその通りだなと思いました。いかに賢く手に入れたか、という視点が強いんです。
たとえば、今、僕が住んでいる石垣島でフェラーリに乗っても、あまり意味がない。スピードを出せる場所もないし、そもそも、石垣島の生活に合わない。それと同じように、オランダでは「何を持つか」よりも「自分の暮らしに合っているかどうか」が重視されるんです。
質素、シンプルというのは決して地味ということではなくて、「自分に合った」「心地よい」という感覚なのですね。
そうですね。ちなみに僕の実家もごく普通の家で、隣の家と外観はほとんど同じ。でも、インテリアや照明、小さな雑貨などを工夫して、自分が心地よく過ごせる空間をつくっていました。「他人にどう見られるか」ではなく、「自分がどう感じるか」。その価値観が、日々の暮らしの中心にあります。
それに、オランダは雨や曇りの日が多いので、自然光を取り入れるために家の窓は大きくつくられています。窓際にはお気に入りのものを飾ったりして、それぞれの家庭の個性が表れている。外から中がよく見えることもありますが、それでもカーテンを閉めない人が多いんです。「見られて困ることはない」という感覚もあるし、それよりも「自分にとって快適かどうか」が暮らしの軸になっているからです。
取材・文/金澤英恵 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集)、幸田華子(第一編集部) 写真/小野さやか
リナ・マエ・アコスタ、ミッシェル・ハッチソン著/吉見・ホフストラ・真紀子訳/日本経済新聞出版/990円(税込み)




