コロナ禍は、「会って、話す」というコミュニケーションの基本動作にも、大きな変化をもたらしたことに気付いているだろうか? リモート化・オンライン化でそもそも「会う」機会が減ったことに始まり、久しぶりに顔を合わせてもマスクをした相手の表情が分からない、会話も弾まないと悩んだ人も多い。急激なコミュニケーションの変化に、私たちはどう対処していけばいいのか。30年以上、出版界という言葉の海の中で泳ぎ続けてきた『 「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。 』の共著者・藤吉豊氏と、客室乗務員(CA)の経験を生かして、大企業・大学などで多数の研修を行っているホスピタリティー・マナー講師、松澤萬紀氏による対談。前編は「コロナ禍がコミュニケーションをどう変えたか」。円滑なコミュニケーションのコツを見ていきます。

コロナ禍の一番の変化「マスク」を甘く見てはいけない

藤吉豊(以下、藤吉):松澤さんは、ホスピタリティー・マナー講師、CS(顧客満足度)向上コンサルタントとして、管理職研修や新入社員研修など、数多くの企業研修を行っています。この2年の間に、何か変化はありましたか?

松澤萬紀氏(以下、松澤氏):コロナ禍で、コミュニケーションの取り方が変わりました。研修でも、それを皆さんに自覚していただくことが、まずは一番大切です。

藤吉:確かに、こうして対面でお会いする機会が減って、オンラインでの会議も増えましたね。

松澤氏:もちろんオンライン化も大きな変化なのですが、コロナ禍で何が一番変わったかといえば、マスクです。マスクを着用するようになり、半分顔が隠れている状態で、コミュニケーションを取らなければならなくなりました。それをどれだけ皆さん、意識されているでしょうか?

<span class="fontBold">松澤萬紀(まつざわ・まき)</span><br>日本ホスピタリティー・マナー研究所・代表。幼少期より客室乗務員(CA)に憧れ、8回目の試験で念願のCAに合格。ANA(全日空)のCAとして12年間勤務する。ANA退社後は、ホスピタリティー・マナー講師、顧客満足度(CS)向上コンサルタントとして活動。関西人ならではのユーモラスな講義で、過去最多の年は、年間登壇回数200回以上。総受講者数は、2万人以上。1年後の研修も決まっている。「礼法講師」資格、「日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー」資格も持つ。「新入社員研修」「管理職研修」「接遇研修」などを中心に、幅広い層に対して豊富な研修実績を持つ。著書に、『100%好かれる1%の習慣』『図解 100%好かれる1%の習慣』『1秒で「気がきく人」がうまくいく』(以上、ダイヤモンド社)などがあり累計25万部を突破。台湾や韓国で翻訳本も発売されている。日本テレビ「ヒルナンデス!」「NOGIBINGO!」「news every.」、読売テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」出演などメディアでも活躍中(写真:尾関祐治、以下同)
松澤萬紀(まつざわ・まき)
日本ホスピタリティー・マナー研究所・代表。幼少期より客室乗務員(CA)に憧れ、8回目の試験で念願のCAに合格。ANA(全日空)のCAとして12年間勤務する。ANA退社後は、ホスピタリティー・マナー講師、顧客満足度(CS)向上コンサルタントとして活動。関西人ならではのユーモラスな講義で、過去最多の年は、年間登壇回数200回以上。総受講者数は、2万人以上。1年後の研修も決まっている。「礼法講師」資格、「日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー」資格も持つ。「新入社員研修」「管理職研修」「接遇研修」などを中心に、幅広い層に対して豊富な研修実績を持つ。著書に、『100%好かれる1%の習慣』『図解 100%好かれる1%の習慣』『1秒で「気がきく人」がうまくいく』(以上、ダイヤモンド社)などがあり累計25万部を突破。台湾や韓国で翻訳本も発売されている。日本テレビ「ヒルナンデス!」「NOGIBINGO!」「news every.」、読売テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」出演などメディアでも活躍中(写真:尾関祐治、以下同)

藤吉:マスクへの意識、ですか。

松澤氏:はい。私たちがコミュニケーションを取るときは、言葉だけを伝え合っているわけではありません。笑ったり喜んだりかしこまったりといった感情を一緒に伝えているんです。

 では、感情はどこで伝わるのでしょうか。声や体の動きも大切ですが、やっぱり表情です。「ありがとう」という一言も、笑顔で言うのか、伏し目がちで言うのかで、受け取り方は全然違いますよね。マスクをすると、その表情が半分、隠れてしまうんです。その影響は本当に大きいのに、きちんと意識できている人は、想像以上に少ないと思います。

藤吉:マスクで顔が半分隠れている状態で、マスクがないときと同じような表情をしても、相手にはなかなか伝わりにくい、ということですね。

 僕が『「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』の執筆のために分析した「話し方」の名著100冊の中にも、「笑顔はコミュニケーションの基本中の基本」と書かれている本がたくさんありました。それなのに、マスクのためにその「笑顔」が伝わりにくくなっている……それは意識したことがありませんでした。

「笑顔の重要性は多くの名著で述べられていた」と語る藤吉豊氏
「笑顔の重要性は多くの名著で述べられていた」と語る藤吉豊氏

松澤氏:意識していなくても、できている人ももちろんいます。藤吉さんは今、意識していなかったとおっしゃいましたが、藤吉さんの目はちゃんと笑っていますから、安心してくださいね。

 でも、ふだんから表情があまり変化しない人が、目だけで「笑顔」を伝えるのは本当に難しいことです。それで、誤解する人、される人が増えています。例えば先日、中学校時代の友人に偶然会いました。友人は、「うわぁ~、久しぶり!」とうれしそうに声をかけてくれたのですが、目が全然笑っていないのです。「本当はうれしくないのかな?」と、不安になってしまったくらいです。

藤吉:マスクで隠れていただけで、口は笑っていたのかもしれませんが、伝わらなかった……。言われてみると、僕にも似たような経験がありますね。

マスク時代に「笑顔」が伝わる笑い方

藤吉:自分の笑顔の表情を、誤解なく相手に伝えるためには、どうすればいいのでしょうか?

松澤氏:私は「笑目(えめ)」という言葉をつくり、皆さんに伝えています。「三日月目」を目指すんです。目が「三日月」の形になるくらいまで、ぐっと細めます。そうしないと、笑顔であることが相手に伝わらないんです。ポイントは、顔全体で笑うこと。マスクの下で口角も上げると、自然な「笑目」になります。

藤吉:口をちょっとニコリ、程度だと「笑目」にはなりませんね。意識して「笑目」にするのは、ちょっと難しいな……。

松澤氏:もちろん、意識し、練習しないとできません。でも、メリットはすごく大きいんですよ。

「笑わない」がビジネスパーソンに与える大損失とは

松澤氏:マスクごしでの笑顔のメリットは、藤吉さんくらいの年齢の男性には特に大きいです。

藤吉:え、それはなぜですか?

松澤氏:私のクライアント先に、笑顔の素敵(すてき)な50代半ばの男性がいらっしゃいます。その方の笑顔を見ると、緊張が解けてホッとできる。その笑顔の秘訣をお伺いしたら、思いがけないお答えが返ってきました。「僕、昔は全然笑わない人間だったんですよ」と。

藤吉:何かきっかけがあったのでしょうか?

松澤氏:転職活動時の体験がきっかけだそうです。受ける試験、受ける試験、とにかく落ちる。そんなある日、面接先の社長に言われたそうです。「学歴も職歴もいい。でも君、笑わないね」って。

 その方はそのとき初めて、自分が笑っていないことに気付いたんですね。ただ、どうやって笑えばいいのか分からない。そこで転職エージェントに勧められるままに、「笑顔研修」に参加したそうです。そこで教えられたのは、韓国ドラマの「冬のソナタ」でヨン様(ペ・ヨンジュン)が笑う映像を見て、ヨン様と一緒にひたすら笑う、ということだったそうです。

藤吉:2003年ごろ、第1次韓流ブームのときには、たしかにペ・ヨンジュンの笑顔がテレビでよく流れていましたね。

松澤氏:子どももいるし、働かなきゃいけないし。藁(わら)にもすがる思いで、毎日必死で鏡に向かって笑顔の練習をしたとおっしゃっていました。でもそのかいあって、その後、面白いように内定が得られたそうです。今働いていらっしゃる会社は、その中から条件のいいところを選んだのだと。

 皆さん、笑顔が伝わらないことで、どれだけ自分が損をしているかということに、気がついたほうがいいと思います。

藤吉:自分が評価されないのは、もしかすると「笑顔不足」かもしれない、ということですね。これを機会に、僕もマスクをした状態で自分の笑顔をチェックしてみます。

(写真:Pond Saksit/shutterstock.com)
(写真:Pond Saksit/shutterstock.com)

教わっても9割の人は実行しない、だから差が生まれる

松澤氏:「笑目」の次に大切なのは「笑声(えごえ)」です。簡単に言えば、いつもより少し高い声のことです。

藤吉:「笑声」ですか。

松澤氏:具体的には、ドレミファソの「ソ」の音です。正しい音階でなくていいので、自分が自然に「ドレミファソ」の音程をとったときの「ソ」の高さで、「こんにちは!」と話します。この高さが一番聞きやすいですし、明るさも伝わります。

藤吉:ふだん、僕たちはどのくらいの音程で話しているのでしょうか?

松澤氏:意識をしないと、「ミ」くらいです。それを少しだけ上げる。いつも「ドレミファソ」と言ってはいられませんから、ふだんは「いつもよりちょっと高い音で、『こんにちは!』を言う」と意識するだけでいいでしょう。ただ、ずっと「笑声」で話すと高音が続き、相手の耳が痛くなるので、その後は抑揚をつけてください。

藤吉:ドレミファソ。おお、思ったよりも高い音ですね。「笑目」もそうですが、「笑声」も練習が必要そうです。

松澤氏:そうなんです。だから、こんなふうにアドバイスをさせていただいても、9割の方は実行しないんですよ。それで、差がつくんです。

 藤吉さんは以前も、アドバイスをすぐに実行に移してくださいましたよね。すごく感動しました。

藤吉:相談させていただいたのは、僕が初めてセミナーの講師をすることになったときでしたね。人前で3時間も話したことがないうえに、参加者も大人数で……。松澤さんが「マイクを使う予定なら、本番前にマイクを通して話してみたほうがいいですよ。マイクを通した声は、ふだんの話す感じと全然違いますから」とアドバイスをくださったんです。それで新宿の「1人用カラオケボックス」に行って、練習したんです。

松澤氏:それは、講師になりたてのころに、私がある先生からいただいたアドバイスがもとになっているんです。当時、先生は、「講師は抑揚をつけて話さなければいけないから、カラオケに行って、演歌を歌いなさい」って。それで、広めの部屋を借りて、受講生がいるとイメージしながら、演歌歌手の坂本冬美さんの「また君に恋してる」を延々と歌いました。私の話し方の抑揚は、それで培われたんです。

藤吉:抑揚も大事なんですね。

松澤氏:感情は、声の高さや抑揚に表れます。それなのに、意識していない人が多いと感じています。言葉にしていないから分からない? そんなことはありません。感情は丸見えです。

 最後は体です。体も感情を表現します。体、特に上半身を話者のほうに向ける。それだけです。顔が第一の姿勢、体が第二の姿勢です。顔だけでなく、体も相手に向けるようにすると、「聞いている」ということを示すことができます。

藤吉:ついつい顔だけを向けてしまうこと、ありますね。気をつけます。

松澤氏:言葉にしない部分、「笑目」「笑声」「体の向き」という3つの方法で、感情を伝えることができます。逆に、いくら相手のことが好きでも、それを相手に分かるように表現しないと伝わらない。誤解されてしまうことさえあります。コミュニケーションというのは、感情の交換です。スポンジに、生クリームとイチゴをのせるからショートケーキがおいしくなるように、言葉に感情をのせるから、相手に正しく伝わるのです。

 人間の脳は、新しい行動を習慣として身に付けるのに、3週間以上かかるそうです。ですからとにかく3週間、だまされたと思って練習してみてください。大きな成果につながるはずです。

松澤氏(左)と藤吉氏
松澤氏(左)と藤吉氏

(構成:黒坂真由子)

<後編に続く>

日経ビジネス電子版 2022年2月25日付の記事を転載]

雑談、会話、リモート会議、説明、説得、プレゼン、営業トーク、ほめ方、叱り方……「うまく話せない」「伝わらない」が一発解消!
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第1位 会話は「相手」を中心に
・「自分の言いたい話」より、「相手の話したい話」をする
・人は「自分の話を聞いてくれる人」と話したい

第2位 「伝える順番」が「伝わり方」を決める
・誰でも「結論」から話し始めると、誤解なく、記憶に残る伝え方ができる
・冒頭で興味をそそり、食いつかせるには?

第3位 話し方にメリハリをつける
・「文末まではっきり話す」だけで納得感が爆上がり
・心を動かす「間」の取り方

好かれる人、仕事ができる人の、「感じが良くて、信頼される」話し方を、 最短ルートで身に付けましょう。

藤吉豊、小川真理子(著)、日経BP、1650円(税込み)