トルコ出身の人気エコノミスト、エミン・ユルマズさんは、高校生のときに国際生物学オリンピックで優勝。来日して東京大学に入学、同大学大学院で生命工学を専攻した。その後、野村証券に就職し、金融業界に入ったという異色の経歴の持ち主だ。そんなユルマズさんがお薦めする本4回目は、『マンガーの投資術』。本書で取り上げているチャーリー・マンガーは、ウォーレン・バフェットの長年の盟友で、99歳で亡くなるまでバフェットが経営するバークシャー・ハザウェイの副会長を務めた人物。バフェットに投資哲学の変革を促したという意味では、彼こそが近年の「バフェット・スタイル」の生みの親と言える。
近年の「バフェット・スタイル」の生みの親
かつてリーマン・ブラザーズが経営危機にひんしたとき、当時のリチャード・ファルドCEOが救済のための出資を求めたのが、世界的に有名な投資家でバークシャー・ハザウェイ会長兼CEOのウォーレン・バフェットでした。バフェットは即座に断ることもできたはずですが、いったん保留にします。リーマンの10Kファイル(年次業績報告書。日本で言えば有価証券報告書)を取り寄せ、自らくまなく読み込んで検討するためです。その結果、資産内容に危うさを感じたらしく、出資を見送りました。リーマンが破綻したのは、その約半年後のことです。
御年94歳になった今日でも、バフェットは出資対象になりそうな会社の10Kファイルを最初から最後まできっちり読むそうです。そればかりか、ポイントをノートに書き出したりしているとも言われています。こういう緻密な作業があってこそ、高い運用成績を維持し続けているのです。
バフェットといえば、いわゆる「バフェット・スタイル」と呼ばれる投資手法が有名でしょう。まあまあの会社の株を割安で買うというもので、これは前回「 エミン・ユルマズ ピーター・リンチに学ぶ素人がプロに勝つ方法 」紹介したピーター・リンチと同様の「バリュー投資」の手法です。
ただしこれは当初の話で、そのスタイルは大きく様変わりしています。生活に身近な会社の株を長期保有する点は一貫していますが、まあまあの会社ではなく優良企業の株を、割安ではなく適正価格もしくは割高でも買うようになっています。いわゆる「グロース投資」の要素を組み合わせているわけです。
この変化をもたらしたのが、チャーリー・マンガーです。バフェットの幼なじみで長年の盟友であり、2023年末に99歳で亡くなるまでバークシャー社の副会長を務めた人物。バフェットに投資哲学の変革を促したという意味では、彼こそが近年の「バフェット・スタイル」の生みの親と言ってもいいでしょう。同社を今日の規模にまで育て上げた立役者であることは間違いありません。
優良会社の「成長」に期待
そのマンガーの教えをまとめたのが、『 マンガーの投資術 バークシャー・ハザウェイ副会長チャーリー・マンガーの珠玉の言葉――富の追求、ビジネス、処世について 』(デビッド・クラーク著/林康史監訳、石川由美子訳/日経BP)。投資の指南書やビジネス書というより、マンガーの短い言葉を集めてそれぞれ解説を付けた箴言(しんげん)集のような一冊です。具体的な投資ノウハウのようなものは書かれていません。その代わり、投資への心構えをはじめ、マーケットやビジネスに対する考え方、それに人生哲学にまで触れています。
例えばグロース投資について、以下のように述べています。
グレアムなら毛嫌いしたかもしれないほど割高な銘柄のなかにもすばらしい掘り出し物があるという事実を目の当たりにして、私たちは“良い会社”とは何かということを真剣に考えるようになった。
この「グレアム」とは、バフェットの師匠である投資家ベンジャミン・グレアムを指します。大恐慌で大損した経験からバリュー投資を編み出した人物で、バフェットはその影響を強く受けていました。
しかしバリュー投資は、その会社の成長を前提としていません。あくまでも業績と比べて株価が割安かどうかで判断し、適正な価格まで上昇したら売るのが原則です。それに対してマンガーは、たとえ株価が割高でも、その会社が成長すれば株はもっと上がると説いているわけです。だとすれば安易に売る必要はなく、より長期保有すべきだということになります。実際、バークシャー社が優良企業の代表格であるコカ・コーラやアメリカン・エキスプレスの株を大量に、かつ30年以上も長期保有していることは有名でしょう。
会社の将来を読むには
ただし、こういうスタイルを確立するには、緻密な銘柄選択が重要になります。単に日常生活の中で優れた商品・サービスを見つけるだけではなく、その会社の将来性をじっくり研究する必要がある。だから最初に話したとおり、バフェットは10Kファイルの精読を欠かさないのです。
しかし、バフェットを見習って有価証券報告書まで読み込むのはさすがに面倒でしょう。そういうときに役立つのが『会社四季報』(東洋経済新報社)。すべての上場企業について、必要十分な情報が掲載されています。実績や予想の数字だけではなく、直近の動向についてのコメントも参考になります。気になる会社について調べ、赤字体質だったり借金が多かったりしたら見送るとか、逆に見通しが明るければ安心して買えるとか、絶好の判断材料になるはずです(詳しくは拙著『 エミン流「会社四季報」最強の読み方 』<エミン・ユルマズ著/東洋経済新報社>をご参照ください)。
また読み込むという意味では、日本経済新聞も参考になります。例えば新製品や新技術などの情報は、当然ながら早い。それに各紙面にざっと目を通すことで、マーケットの流行が浮かび上がってくることがあります。
例えば以前、1面にAI(人工知能)関連のニュースが出て、他の面にデータセンターの建設ラッシュ、原発再稼働、風力発電の増設といった記事が載ったことがありました。ここに横軸を通すと、電力需要の増加で供給能力の向上が急務であるというストーリーが見えてきます。ならば今後、原発関連や風力発電の事業者が注目されるかもしれない。どんな企業があるか、という観点で『会社四季報』を開いてみるのも面白いでしょう。
マーケットの流行は繰り返す
余談ながら、マーケットの流行はだいたい循環するものです。その最たる例が災害関連です。私たちは新型コロナウイルス禍で苦しみましたが、こうした大規模な感染症の流行は過去にもありました。2002~03年にはSARS(重症急性呼吸器症候群)、2009年には新型インフルエンザ、2014~16年にはエボラ出血熱といった具合です。ざっくり5年周期で見舞われていることが分かるでしょう。だとすれば、そろそろ次の流行が発生してもおかしくありません。
コロナ禍では、マスクや消毒液などの不足に悩まされました。当時、関連する銘柄の株価は上がっていたはずです。コロナ禍の収束とともに落ち着き、今では以前の水準に戻っていると思います。そこで今のうちに、これらの銘柄を調べて買っておくというのも一つの方法です。

あるいは日本は地震大国でもあります。大きな地震が起きるたびに防災関連の株は急騰し、世の中が落ち着くとともに下落するのが常です。ならば、やはり平穏なうちに買っておくという考え方もあります。
もちろん、いずれも起きてほしくはありませんが、こればかりは防ぎようがありません。感情とは切り離して、冷静な判断をすることも大事です。
100%の正解はない
話をチャーリー・マンガーに戻します。伝統的なバリュー株投資は、まあまあの会社の株を割安で買うというものでした。それに対してマンガーは、素晴らしい会社の株を成長に期待して適正価格もしくは多少割高でも買うというスタイルです。自分がよく知っているものに投資すること、長期で持ち続けることは共通しています。ただしマンガーの場合には、バフェットが実践しているように、銘柄の選択に相応の調査・研究が必要です。
どちらの手法が優れているか、という話ではありません。だいたい投資に100%の正解はないのです。それぞれの投資家が、自分に合う方法を選べばいい。ただ両人とも個別株投資で大成功しているだけに、参考にしない手はないでしょう。短期間で利益は出ないかもしれませんが、いずれも比較的安全な王道であることは間違いありません。
取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也
デビッド・クラーク著/林康史監訳、石川由美子訳/日経BP/1760円(税込み)

