トルコ出身の人気エコノミスト、エミン・ユルマズさんは、高校生のときに国際生物学オリンピックで優勝。来日して東京大学に入学、同大学大学院で生命工学を専攻した。その後、野村証券に就職し、金融業界に入ったという異色の経歴の持ち主だ。そんなユルマズさんがお薦めする本3回目は『ピーター・リンチの株で勝つ』。「プロよりアマチュアのほうがむしろ好成績を上げやすい、だから個別株は自分で選ぼう」というのが本書のメッセージだ。
「伝説の投資家」による株式投資のバイブル
新NISA(少額投資非課税制度)のスタートやインフレの進行により、昨今にわかに株式投資ブームが起きているようです。しかし今まで投資経験のない人にとっては、何を買えばいいのか迷うところでしょう。
そこで個別株を買いたい人にお薦めしたいのが、『 ピーター・リンチの株で勝つ アマの知恵でプロを出し抜け[新版] 』(ピーター・リンチ著/三原淳雄、土屋安衛訳/ダイヤモンド社)です。私が証券会社に在籍していた当時、同僚も含めてよく読んでいました。株式投資の基本的な考え方を説いた、まさにバイブル的な存在です。もう四半世紀ほど前に刊行された本ですが、その教えは今も古くなっていません。
ピーター・リンチは1970年代末からマゼラン・ファンドという投資ファンドを運用し、驚異的なパフォーマンスを記録して名を馳(は)せたファンド・マネジャーです。ところが40歳代だった1990年に突然リタイアしたため、伝説の投資家とも呼ばれています。
もちろん当時はインターネットも未発達でYouTubeなどもなかったので、例えばウォーレン・バフェットのように広く一般に知られた人物ではありません。しかし、金融業界で知らない人は当時も今もいないはずです。
昔も今も、短期間で財産を築く投資家は少なからずいます。独自の理論を展開して、メディアやマーケットでもてはやされたりします。しかしその多くは、だいたい10年もたてば消えていきます。たまたま一時的にうまくいったとしても、その状態を維持し続けることは難しいのです。そこがリンチの違うところです。
しかもその投資哲学は、決して難しくありません。むしろ極めて単純です。その正しさを結果が証明している以上、個人投資家の方も大いに参考にすべきでしょう。
よく知っている会社の株を割安で買う
では、どんな株を買えばいいのか。初心者であるほど、証券会社やアナリストなどが推奨する銘柄なら大丈夫だろうと考えがちです。しかし、リンチは、それを冒頭から明確に否定します。そして、逆説的ですが、リンチや他のプロが買っている株も含めて無視すべきで、むしろプロよりアマチュアのほうが好成績を上げやすい、だから自分で選びましょうというのが、本書の最大のメッセージです。
その選び方として、例えば以下のような項目を挙げています。「面白味のない、または馬鹿げている社名」「変わり映えのしない業容」「感心しない業種」「分離独立した会社」「機関投資家が保有せず、アナリストがフォローしない会社」「悪い噂の出ている会社」「気の滅入る会社」などなど。

一見すると、誰もが無視するような、むしろ買ってはいけないと警告されるような会社ばかりです。しかしこういう中にこそ、実は掘り出し物がある。マーケットから注目されていない分、株価は低位に据え置かれている可能性がある。一方で、堅実に業績を伸ばしていたり、高いシェアを持っていたりする会社もあります。そういう会社を見つけて今のうちに買っておけば、いつかマーケットが気づいたころには大化けするはず、というわけです。
ではどうやって見つけるのか。そのヒントは日常生活の中にあふれているというのが、リンチの経験則です。一例として、以下のようなエピソードを紹介しています。
リンチのお父さんは株式投資のベテランで、マーケットで人気の高いあるハイテク企業の株を買いました。ところが、いつまで持っていても株価は上がらなかったそうです。一方、リンチの奥さんはある日、それまでデパートか専門店でしか売られていなかったストッキングが、近所のスーパーマーケットで売られていることに気づきます。その話を聞いたリンチは、利便性からこれは売れると判断し、その繊維メーカーの株に投資しました。するとその後、実際に同社の株価は6倍にも跳ね上がったそうです。
本書では、こうしたエピソードをいくつも紹介しています。共通するのは、身近にある小さな気づきが大事ということ。毎日お世話になって気に入っている商品やサービスがあれば、あるいはそこにちょっとした変化が見られれば、それはその会社が成長する兆しかもしれません。
逆に、いくら証券会社などが推奨する銘柄でも、例えば最先端のハイテクとかバイオとか、自分がよく分からない分野に投資する必要はありません。生活実感からかけ離れていたり、すでに高い人気を誇っていたりする銘柄は避けたほうがいいということでもあります。
日本株には掘り出し物がたくさんある
そしてもう一つ、大きなポイントは「買い」のタイミングを待つ必要はないということです。できるだけ安くなったときに買いたい、とは誰もが思うところ。しかし、そこから上がるか下がるか誰にも分からないのがマーケットです。いくらタイミングを待ち続けても、あまり意味はないわけです。
ならば、その会社の状況そのものにフォーカスしたほうがいい。業績がいい、もしくはこれから伸びそうなのに株価が割安だと判断すれば、タイミングなど気にせずに買うこと。これが本当の「バリュー投資」です。
だいたい、今の日本株は軒並み割安だと思います。特に東京証券取引所のスタンダード市場、グロース市場は、私の感覚ではガラクタ市に掘り出し物がいくつも埋まっているようなもの。そういう株をとりあえず買っておくと、いつかマーケットで正当に評価されて吹き上がるときが来るでしょう。仮に5年後に株価が2倍になれば、年間平均のリターンは20%。これはもはやスーパー投資家レベルです。
ここでネックになるのがエモーショナル・コスト、要するに感情の問題です。周囲の人が例えばエヌビディアやテスラのような人気株を買ってもうかったと喜んでいるとき、自分が割安だと信じて買った無名の株がなかなか上がらないとすればフラストレーションがたまります。その負担に耐えられるかどうかが、勝負の分かれ目です。
もちろん、もともと適正価格100円の株を1000円で買ったとしたら、おそらくフラストレーションはたまる一方でしょう。しかし割安と判断して買った1000円の株が500円になったとしても、焦る必要はないはずです。むしろ買い増すチャンスとも言えます。
テスラ株をリンチは買わない
ではどこで割安・割高を判断するかといえば、その材料となるのが数々の指標です。この本でも詳しく説明しているPER(株価収益率)をはじめ、PBR(株価純資産倍率)やROE(自己資本利益率)、PSR(株価売上高倍率)など。これらの意味とだいたいの目安を知っていれば、エモーショナル・コストの軽減につながると思います。
例えば、2025年2月11日現在のエヌビディアのPER(株価収益率)は40倍強、テスラは約140倍です。これはエヌビディアの株を買って元を取るには40年以上、テスラ株に至っては約140年かかるという意味です。これらの人気株がバブル状態であることは間違いありません。さらに上がる余地はあるかもしれませんが、バブルはいつか元に戻るのが世のならいです。これから買うなら、そのリスクを背負う覚悟が求められます。リンチなら絶対に避けるでしょう。
もちろん投資家は、これらの株が割高なことを十分認識していると思います。それでも買うのは、自分だけはバブルがはじける前に売り抜けられると信じているからです。しかし、マーケットはそう簡単に逃してくれません。
いささか余談になりますが、そのからくりを説明しましょう。マーケットは、バブルを作る過程でフェイクの下げを見せます。いったんドンと下がってまたすぐに戻る、という動きを何度となく繰り返します。
そうすると投資家は、次第に恐怖の感覚がまひしてきます。大きく下げてもどうせまた戻るだろうと考えて、むしろチャンスと捉えて買い増したりする。その結果、本格的な下げが始まっても気づかずに逃げ遅れてしまうわけです。最終的には誰もがパニックに陥って投げ売りしますが、だいたいそこで形成されるのが底値です。もう少し持っていれば適正価格まで回復するでしょうが、そう冷静に判断できる投資家は少数だと思います。
ざっくり言えば、マーケットで生き残る投資家は大きく2種類しかいません。すぐにパニックを起こす人、そしてまったくパニックを起こさない人です。前者は、株価がちょっと下がったところですぐに売り、高値を更新するまで決して買いません。その慎重さゆえに大損はしませんが、大もうけも難しいでしょう。
また後者は、会社の商品やサービス、そして業績にフォーカスした長期投資です。だからマーケットがどういう評価をしても動じません。その代表格がリンチだと考えれば、いかに強いかがよく分かるでしょう。
取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)写真/稲垣純也
![『ピーター・リンチの株で勝つ アマの知恵でプロを出し抜け[新版]』(ピーター・リンチ著/三原淳雄、土屋安衛訳)。四半世紀前に刊行された本だが今も古くなっていない。画像クリックでAmazonページへ](https://cdn-bookplus.nikkei.com/atcl/column/021800473/021800003/01.jpg?__scale=w:600,h:400&_sh=01d0e40ab0)