ウォーレン・バフェットがバークシャー・ハサウェイの株主総会で、アメリカの株式市場に連動する単純なファンドで、高実績を誇るヘッジファンド運用会社のどれをも上回るパフォーマンスをあげてみせる、という賭けを発表した。これに応じたのは「ファンド・オブ・ヘッジファンズ」の巨額運用グループ、プロテジェ・パートナーズ共同創業者のテッド・サイディスだった。世紀の勝負やいかに? 3回連載の第1回。『TRILLIONS(トリリオンズ) [物語]インデックス・ファンド革命』(ロビン・ウィグルスワース著/貫井佳子訳)から抜粋。

 2007年夏、気だるく退屈なある朝のことだった。ニューヨーク近代美術館に隣接するビルの15階にある瀟洒(しょうしゃ)な役員室で、テッド・サイディスは丸みを帯びた横長のモダンな机に向かっていた。CNBCにチャンネルを合わせたテレビは何やらがなりたてている。さしてやることもなかったため、サイディスは電子メールのチェックに取りかかった。おもしろい話はないものか。

 ある友人から、ウォーレン・バフェットと大学生の一団のあいだで最近行われたミーティングの発言録が送られてきていた。サイディスはずっと前から伝説的なこの「オマハの賢人」のファンであり、バフェットが会長を務める巨大投資コングロマリット、バークシャー・ハサウェイの年次株主総会に熱心に参加してきた。この朝、発言録のある箇所を目にしたことで、そんなサイディスの心の中で何かがパチンと弾けた。

 参加学生の1人が、1年前にバフェットが提案した賭けについて質問していた。アメリカの株式市場に連動する単純なファンドで、高実績を誇るヘッジファンド運用会社のどれをも上回るパフォーマンスをあげてみせる、という賭けだ。バフェットは、この賭けに乗る猛者(もさ)が1人も現れなかったと答え、「つまり、わたしが正しいということなのでしょう」と続けた。ウォール街でキャリアを積んできた36歳のサイディス(きれいにヒゲをそった映画監督ジャド・アパトーのような顔をしている)はめったなことでは動じないのだが、冷笑を含んだこの発言に腹立たしさを覚えた。なにしろヘッジファンドは自分の飯のタネなのだから。

 運用の達人として名高いイェール大学基金のデイビッド・スウェンセンのもと、トップクラスの投資先を見きわめる技能を学んだサイディスは、2002年に投資グループ、プロテジェ・パートナーズを共同で創業した。年金基金やプライベート・バンクなどの顧客のために業界屈指の実力をもつヘッジファンドを発掘し、それらへ分散投資することに特化した「ファンド・オブ・ヘッジファンズ」である。プロテジェが顧客の代理として運用するヘッジファンドの規模は、2007年には35億ドルに達していた。そして運用リターンは、アメリカ株式市場の上昇率を優に上回る95パーセントに及んでいた(*1)
 (略)

 バフェットが最初に賭けの提案を行った2006年のバークシャー・ハサウェイの株主総会にサイディスは出席できなかった。だが、その後も提案を受け入れる者が現れた様子がないため、そして時間を持て余していたため、自分が賭けに乗ることを伝えるバフェット宛ての手紙を書きはじめた。「親愛なるウォーレン」という書き出しに続けて、サイディスは以下の言葉をつづり、古式ゆかしく封書で送った(*2)

 先週、あなたが直近の株主総会で発表した挑戦について知り、その賭けにぜひ乗りたいと思いました。ヘッジファンド投資では投資家の総リターンが高い手数料を取る運用担当者に食いつぶされる、というあなたの主張には全面的に同意します。フレッド・シュエッドが存命なら、『顧客のポンティアックG5はどこにある?』というタイトルで本を書くのではないでしょうか。

 ただし、わたしはあなたの主張がおおむね正しいものの、厳密には間違っていることを証明します。わたし自身は、超優良なヘッジファンド・ポートフォリオで市場インデックスを上回る運用成績をあげられることを十分に実感しています。したがって、10とは言いません、5つのファンド・オブ・ファンズを選んで投資することで、あなたとの賭けに勝ってみせます。あなたにとっても楽しみな勝負になることでしょう!


 うれしいことに、バフェットからはすぐに返事が来た。なんとサイディスからの手紙に簡潔なメッセージを殴り書きし、それをニューヨークのオフィスへと送り返してきたのだ。それから、両者のあいだで賭けの詳細をめぐり丁々発止のやりとりが繰り返された。最終的に、2人は100万ドルを賭けて正反対の投資哲学を戦わせることになった。一方は顧客から巨額の手数料を獲得しつつ、大儲けの機会を求めて世界中を探索する傲慢な投資マネジャー。もう一方は、ただひたすらに市場全体に投資する、安上がりな「パッシブ」ファンド。業界に君臨する賢者が、向こう意気の強い格下を迎え撃つ格好となった。

 投資家として名をはせたバフェットだが、長いこと自身の職業を辛辣な目でみてきた。そうした姿勢がにじみ出ているという点で注目すべきは、1975年にバフェットがキャサリン・グラハムに出した手紙である。グラハムは大手新聞社ワシントン・ポストの当時の社主で、ワシントンDCの重鎮だった。「平均を超えるパフォーマンスを評価基準とするのなら、投資マネジャーの大多数は敗者になってしまいます」。バフェットは物憂げにこうつづっている(*3)
 (略)

 グラハム宛ての手紙の中でバフェットは、称賛すべき実績をもつファンド・マネジャーであっても、そこに頼りきるのは往々にして誤った考えであることを、コイントス大会という巧妙なたとえを用いて説明した。コイントスをして表裏どちらが出るかを予想するゲームに1000人が参加した場合、数学的には31人が5回連続して当てることに成功する。自分たちの仕事がコイントスと大差ないとほのめかされたら、高学歴で勤勉なファンド・マネジャーが腹を立てるのも無理はないが、そこに確率の法則が働くのは明らかだ。
 (略)

 バフェットは、一部ではあるが本当の強みをもったファンド・マネジャーを見いだすことも可能だと認めている。ベンジャミン・グレアム(著名な投資家で「バリュー投資」というアプローチを確立した学者でもある)の門下生として当然のことながら、バフェットは実績のある投資マネジャーの多くにはグレアムと「知性の面で共通する祖先」がいると説く場合も多い。ただし、一貫して市場を上回るパフォーマンスをあげることのできる投資家は非常にまれだと論じている。

 キャサリン・グラハムへの手紙の終盤で、バフェットは年金基金の運用方針に関するアドバイスを提示している。大手で主流のプロのファンド・マネジャー複数との関係を維持する、ワシントン・ポストの年金基金のパフォーマンスが市場平均をやや下回るであろう点を許容する、規模は大きくなくても市場をアウトパフォームする可能性の高い特化型の投資マネジャーを見つける、あるいは単純に市場全体を反映した広範囲を網羅する分散型株式ポートフォリオを構築する、というように。そして、「つい最近、市場平均と同等のパフォーマンスを目的としたファンドがいくつか創設されましたが、銘柄変更にともなう運用コストをなくせば全体のコストが安くなり、平均的な運用手数料を得ているファンドのパフォーマンスを取引コスト控除後で若干、上回ることができるという原理をまさに体現しています」と、遠まわしに極意を伝えている。

 当時はこうした一見怠惰な投資戦略を示す用語は存在せず、サンフランシスコやシカゴ、ボストンにある中堅以下の金融機関で働く一部の変わり者が実施しているにすぎなかった。だが今日、この手のファンドはインデックス・ファンドと名づけられ、そのアプローチは「パッシブ投資」と呼ばれている。

(第2回 「バフェットはなぜ賭けでインデックス・ファンドを選んだのか」 に続く)
*1 Carol Loomis, “Buffett’s Big Bet,” Fortune, June 2008.(邦訳「バフェットの大きな賭け」はキャロル・ルーミス著、峯村利哉訳『完全読解 伝説の投資家バフェットの教え』朝日新聞出版、2014年に収録されている)
*2 Ted Seides, “Dear Warren,” letter to Buffett.
*3 Stephen Gandel, “The 1975 Buffett Memo That Saved WaPo’s Pension,” Fortune, August 15,2013.

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パッシブ投資を王道に導いたギークたち

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ロビン・ウィグルスワース著/貫井佳子訳/日本経済新聞出版/定価3080円(税込み)