辣腕投資家テッド・サイディスは当初、ウォーレン・バフェットとの賭け金額を10万ドルにしようとした。しかし、バフェットは賭けをもっと面白くしようと100万ドルを提案した。そして賭けが始まって10年後、決着が発表される場に招かれたのは、インデックス・ファンド業界の大立者、バンガードのジャック・ボーグルだった。賭けはどちらが勝ったのか? 3回連載の第2回。『TRILLIONS(トリリオンズ) [物語]インデックス・ファンド革命』(ロビン・ウィグルスワース著/貫井佳子訳)から抜粋。
第1回
「バフェットのインデックス投資をめぐる100万ドルの賭け」
インデックス・ファンドとは、単純に金融証券の指数(インデックス)に連動することをめざした投資商品である。対象となる指数は、アメリカのダウ・ジョーンズ工業株30種平均株価、イギリスのFTSE100種総合株価、日本の日経平均株価などの大型で有名なものから、途上国の債券を網羅したベンチマーク指数といった、よりニッチあるいは特殊な分野のものまで多種多様である。
従来型の「アクティブ」ファンドでは、プロのファンド・マネジャーが値上がりしそうな銘柄を買い、値下がりしそうな銘柄を避ける形で運用を行うが、インデックス・ファンドでは既定の組み入れルールに従ってベンチマーク指数の構成銘柄すべてを買うだけである。たとえば、広範な銘柄を網羅するS&P500は、アメリカ株式市場の実態を表す最良の指数として広く認められている。このS&P500を対象とするインデックス・ファンドは、それぞれの相対的な時価総額を正確に反映する形で指数を構成する500銘柄全部を買う。アラスカ・エア・グループ株よりもアップル株を多く買う、という具合にだ。
奇妙なアプローチに思えるかもしれないが、バフェットは事情通のウォール街のプロですら銘柄選択をひどく間違う可能性があると気づいていた。さらに、ファンド・マネジャーやその他の人員に支払うコストを考慮すると、投資家がインデックス・ファンドに投資した場合と同等の利益をあげるには、指数を優に上回る運用成績が必要となる。サッカーにたとえるならば、コストの高いアクティブ運用のファンドを選ぶのは、毎回、相手チームに先制ゴールを取られた状態から試合を始めるようなものである。しかも、逆転するためには2ゴールをあげなければならないが、そうした技能をもつ選手を常に見きわめる方法はないと思われる。
市場の実態を冷徹に伝えるデータは、数年間にわたって幸運に恵まれる者がいるとしても、それがもっと長い期間に及ぶ場合はほとんどないことを一貫して示している。正確な統計は、国ごとや市場のタイプごとなど多岐にわたって存在するが、大まかにまとめると、どの時点においても、10年間保有した場合のリターンがベンチマーク指数を上回るアクティブ・ファンドは全体の10~20パーセントしかない。つまり投資とは、怠惰をむさぼり、低コストのパッシブ・ファンドを選んだだけのほうが概して損をしない生活の中で、わざわざ出歩くようなものだ。
とはいえ1970年代の段階では、こうしたデータはよく知られておらず、「インデックス投資」はまだ揺籃(ようらん)期にあった。業界人の多くは、とにかく株式市場全体の動きをまねればよい、という突拍子もない考え方をあざ笑うばかりだった。ワシントン・ポストにとって、そのような型破りなアイデアに基づいて年金制度の資金を闇雲に投じることは、あまりにも度の過ぎた行為であった。このため、かわりにバフェットが個人的に推奨した一握りのファンド・マネジャーに年金の運用を託した。
公平を期すために言うと、多くの企業年金制度が苦戦を強いられている時期に、ワシントン・ポストはバフェットの慎重な助言によって潤沢な年金を確保することができた。ただし、単純に市場の構成をまねるという安上がりな手法をとる革新的なファンドの一群を密(ひそ)かに認めていたバフェットには、先見の明があったことがのちに判明する。そして数十年後、投資業界における世紀の賭けで、この慧眼(けいがん)がバフェットを勝利へと導くのだった。
サイディスは当初、賭け金をバフェットの年俸と同じ10万ドルにするよう提案した。だが、バフェットは賭けをもっとおもしろくしたかった。自分の年齢と、10年の期間の途中で自分が他界した場合に遺産整理に関する面倒が増える可能性を考慮し、賭け金50万ドル以上でなければやりたくないと伝えた。それでもなお、「財産担当弁護士は、こんなふうに事態をややこしくするわたしのことを、正気を失っていると思うでしょう」とサイディス宛ての手紙に書いている(*1)。
サイディス個人にとっては少しばかり額が大きすぎたため、プロテジェ・パートナーズがバフェットの賭けの相手になった。両者はそれぞれ約32万ドルを出し、2018年の賭け終了時に100万ドル相当となる見通しのアメリカ国債を購入した。プロテジェが勝った場合、賞金はヘッジファンド業界の名士たちが支援する慈善団体アブソリュート・リターン・フォー・キッズに寄付される。そしてバフェットが勝利した場合には、バフェット家が長いこと支援してきた由緒ある慈善団体ガールズ・インクに寄付が行われることになった。
2006年の時点でバフェットは10のヘッジファンドとの勝負を提案していたが、プロテジェはかわりに5つのファンド・オブ・ファンズを投資対象に選んだ。プロテジェ自体と同じく、多数のヘッジファンドに投資を行う投資ファンドである。この5つのファンド・オブ・ファンズが投資するヘッジファンドの数は合計で100を超える。したがって、ずば抜けて成績が悪い、あるいは素晴らしい運用者がいたとしても、全体のパフォーマンスに大きな歪(ゆが)みは生じない。常にショーマンシップを忘れないバフェットは、賭けの途中経過をバークシャー・ハサウェイの株主総会で毎年報告すると宣言した。 (略)
2016年12月、ジョン・クリフトン・ボーグル(通称ジャック・ボーグル)は、元モルガン・スタンレー・ストラテジストで旧友のスティーブン・ガルブレイスから謎めいたメッセージを受け取った。ボーグルが88歳の誕生日を迎える翌年5月の最初の週末を空けておいてほしい、というものだった。ガルブレイスは特別なお祝いを用意しているようだったが、何を企んでいるのか明かそうとはしなかった。
ジャック・ボーグルは、一般投資家向けのインデックス・ファンドを最初に導入した投資グループ、バンガードをその約40年前に創業した人物である。1974年に前途多難な状況で始動したバンガードだが、頑固一徹な創業者の救世主的な力によって世界最大級の資産運用会社に成長した。同社は、市場をアウトパフォームすることではなく、市場に連動することだけをめざした超低コスト・ファンドを大量に提供してきた。実はバフェットがサイディスとの賭けに際して選んだのがバンガードのファンドであり、その賭けの勝者は奇(く)しくもボーグルの誕生日の頃に発表される予定となっていた。
88歳の誕生日を迎えようとしていたボーグルに、かつての堂々たる存在感はなかった。骨ばっていた顔のラインは緩み、GIカットがほぼ定番だった髪はすっかり薄くなり、脊柱側彎(そくわん)症と加齢とその他の体の不調から背中は曲がってしまっていた。31歳で最初の心臓発作を起こし(その後、何度も繰り返した)、38歳で不整脈源性右室異形成という希少な心臓病を患ったボーグルは、67歳のときに心臓移植手術まで受けていた。それでも、その声はなおも霧笛のようにとどろき、頭脳は相変わらず冴(さ)えわたり、冒険に対する好意的な見方はまったく失われていなかった。だからガルブレイスの計画がどれだけ謎めいていようと、潔く従うことにした。
2017年5月5日の朝、ボーグルとその家族はペンシルベニア州ブリンマーの自宅からフィラデルフィアの自家用機空港アトランティック・アビエーションへと車で向かった。すると、ビジネスジェット機のサイテーションに乗ってガルブレイスが現れ、ボーグル一家を同乗させるとそのままネブラスカ州のオマハへと飛び立った。ボーグルをバークシャー・ハサウェイの年次株主総会に初めて出席させるためだった。
このイベントは、しばしば「資本主義のウッドストック」と呼ばれる。同社の株主なら誰でも参加し、バフェットとそのパートナーで副会長のチャーリー・マンガーにビジネスの話から地政学や個人の価値観にいたるまで、何でも質問することができる。2人は参加者の注目を集めるこの質疑応答の時間を大いに楽しむ。バフェットは気取らずウイットに富んだ態度で、マンガーは簡潔かつ辛辣に参加者の質問に答える。
(略)
バフェットとマンガーの2人は、いつもどおり緩いジョークで会を始めた。「われわれ2人の見分けはつきますよね。耳がまだ達者なのが彼で、目がまだ達者なのがわたしです。だからこそ、われわれはとても相性よくやっている」。バフェットがまず軽口をたたいた。それから例年のようにバークシャーの前年度の業績について説明した。興味深い話だったが、やがてボーグルは、高齢と体調不良にもかかわらず、なぜ自分がはるばるオマハまで連れてこられたのか、疑問に思いはじめた。するとバフェットの話が突然、横道にそれて真相が明らかになった。
「本日、もう1人紹介したい人がこの会場にいるはずなのですが。姿は見ていないけれど、来ると聞いていて」。バフェットはそう言いながら、聴衆を見わたした。「今日ここにいますよね、ジャック・ボーグル。……ジャック・ボーグルはこの国でおそらく誰よりも投資家のために尽くしてきた人です。ジャック、起立してもらえますか。ほら、あそこにいた」。割れんばかりの拍手を受けて、ダークスーツとチェックの開襟シャツを身にまとったボーグルが、衰えは隠せないものの晴れやかな表情で立ち上がった。そして聴衆に手を振り、演壇のバフェットとマンガーに軽く会釈した。
バフェットは、この老人のことを知らないかもしれない参加者のために、バンガードが開拓した類のインデックス・ファンドが資産運用業界を背負って立ち、変革してきたことを説明した。
「ジャックは少なく見積もっても何百、何千億ドルのお金を投資家の懐にもたらしてきたのであり、その額はこれから先も何百兆、何千兆ドルへと増えていくでしょう」。そして、こう続けた。
「あさっての月曜日はジャックの88歳の誕生日です。だから、ひとこと言わせてください。『お誕生日おめでとう、ジャック』。それからアメリカの投資家を代表して、ありがとう」。心のこもった拍手が再び会場に沸き起こった。
(第3回 「バフェットの賭け インデックス・ファンドの圧倒的勝利」 に続く)
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従来の常識を覆し、ウォール街の蔑視に耐えてインデックス・ファンド革命を起こし、投資の世界に創造的破壊を巻き起こした異端者たちの驚くべき実話をフィナンシャル・タイムズ紙の記者が描いたノンフィクション大作。
ロビン・ウィグルスワース著/貫井佳子訳/日本経済新聞出版/定価3080円(税込み)
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