「情報がないから、この段階ではまだ決められない」というのは、大きな組織ではよく聞く一言だ。だが、これだけ環境変化のスピードが上がると、情報がそろう頃にはすでに手遅れになっていることが多い。どうすれば不確実な環境下でも逃げずに意思決定できる胆力をつけることができるのか。今回は『 シン・君主論――202X年、リーダーのための教科書 』より、リーダーの最も重要な役割である「意思決定」について述べた箇所をご紹介する。

 にわかに発生した権力は、速やかに生まれ生成した自然の事物と同様、初めての嵐によってなぎ倒されないだけの根と枝を張ることができない。すでに述べたように突然君主になった者が、運命の女神によって自らにころがり込んだ地位を維持するための準備を直ちに行う能力を持たず、しかも君主となる前に保持しておくべき基礎を君主となった後に作り上げる能力を持っていないならば、彼はその地位を維持できないのである。

――『君主論』(講談社学術文庫)第7章より

権限と責任があっても決断できない日本のリーダー

 自分の力によって君主となる者がいる一方で、思いがけず転がり込んできた幸運によって君主になる者もいる。
 例えば近隣の二国間で戦争が起こって両者共倒れになり、残った自分の国が全域を統治しなければいけなくなったとか、次期君主と目されていた候補たちが政争に敗れて全員去ってしまい、自分にお鉢が回ってきたとか、さまざまなケースが考えられるだろう。

 だが突然君主となった者が、運命の女神に与えられた地位を維持するのは難しい。
 君主になる準備もしていなければ、権力を支える基盤もないのだから当然である。
 これは裏を返せば、常日頃(つねひごろ)からいつ自分が君主になってもいいように準備や訓練をしていれば、突然君主になっても、その地位を維持できると読み替えられる。

 これは主にミドルリーダー向けのメッセージである。

 現代も事情は同じで、いつか自分がリーダーになるつもりで早くからトレーニングを積まなければ、いざそのポジションに就いても役目を果たせない。

 日本のサラリーマン組織では、「自分には権限と責任がないから何もできないのだ」と思っている若手や中堅が多い。だから自分が出世して偉くなれば、組織をマネジメントできると信じている。

 だが実際は、権限と責任が増えるほど、何もできなくなるケースは多い。
 組織のトップである社長にもなれば、基本的にはすべてを自分の判断で決められるはずである。

 ところが自分が最終決裁をする立場になった途端、多くの人はビビってしまう。

 これまでは周囲との合議制で意見のすり合わせや集約さえすれば、あとは上の人間が判断してくれた。それに慣れきった人間が、いきなり今日から自分で最終的な意思決定をしろと言われても、その重圧に耐えられないのである。

 するとリーダーは何を言い出すか。「情報がないから決められない」と言い訳を始めるのである。そして「もっとくわしいデータを持ってこい」「分析が甘いからやり直せ」と部下に命じて、決断を先送りにする。

 しかし情報がないから決められないというのは、真っ赤な嘘である。
 未来のことを決めるのが経営判断であり、情報がない段階だからこそ正しい意思決定ができる。

 リーダーには決断すべきタイミングがある。先を予見して早い段階で意思決定するから経営を維持できるのであって、データがすべて出揃(でそろ)って、「この事業は100%勝ち目がない」とわかってからでは遅い。

 本当の意味での意思決定は、不確実な状況下で行われるべきものだ。
 それは権限と責任があるかどうかにかかわらず、リーダーになる準備を重ねてきた者にしかできない仕事である。

最強の思考トレーニング「ポジション取り」

 よってリーダーを目指す者は、自分が当事者になることを前提として、思考の訓練を積まなければいけない。
 たとえ新卒1年目であっても、「自分がチームリーダーだったらどうするか」「自分が課長だったらどう判断するか」と頭の中で思考実験することはできる。その積み重ねがあれば、実際にその地位に就いた瞬間からリーダーの役目を果たすことができる。

 思考の訓練としてすべてのビジネスパーソンに勧めたいのが、ポジションをとることだ。これは「常に自分の立場を明らかにせよ」という意味である。

 IGPIでは、すべてのメンバーにこれを徹底させている。弊社の若手がことあるごとに聞かれるのが、「君はどうなんだ?」という質問である。
「どちらでもいいです」という発言は許されない。何事でもAかBか、立場を明確にすることが求められる。

 上司に判断を仰ぐ場面でも、「どうしましょうか?」と判断を丸投げすることは許されない。
「私はこう考えます。それでよろしいですか?」という聞き方をすべきである。

 もちろん上司が却下することもあるが、自分の意見が通るかどうかは問題ではない。相手が上位者でもポジションをとれるかが問われているのである。

 この積み重ねにより、自分で決めることが当たり前になっていく。本人が意識さえすれば今すぐにでも始められる訓練なので、ぜひ読者にも実践してもらいたい。

君主となる前からその基礎をつくっておかなければいけない、とのマキャベリの指摘は、現代のリーダーにも当てはまる(写真:German Vizulis/shutterstock.com)
君主となる前からその基礎をつくっておかなければいけない、とのマキャベリの指摘は、現代のリーダーにも当てはまる(写真:German Vizulis/shutterstock.com)

若手リーダーにしんがりを務めさせよ

 一方で、人材育成の観点からは、リーダー候補には早い段階からしかるべきポジションを経験させることが必要となる。

 小さなユニットでも構わないので、リーダーのポジションを与えて、「このチームに関することはすべてあなたが決めてください」と権限を渡す。
 若手でもしんがりを務められるポジションをできるだけ多く用意し、最終意思決定者としての訓練を積ませることが重要だ。

 本体に機会がなければ、外へ出してもいい。進出したばかりの海外拠点やグループ子会社なら、若手や中堅が全権を担えるポジションも見つかりやすい。

 新興国の小さなオフィスで、メンバーが3人しかいないような拠点なら、営業・企画から経理、財務、人事まで、すべての領域で1人のリーダーが意思決定しなければいけないので、相当に鍛えられる。

 ところが日本企業でこうした配属を行うと、本人も周囲も「左遷された」と思いがちだ。場合によっては、かえって当人のモチベーションを下げてしまいかねない。

 よってこれからの時代は、異動や育成に関する企業風土も変えていく必要がある。左遷ではなくチャレンジング・アサインメントであり、将来有望なリーダー候補が歩むコースであることを企業側が積極的に発信する。

 未来の有能な君主を育てるには、本人の努力とともに、人事制度や周囲の意識改革にも同時に取り組むことが求められる。

日経ビジネス電子版 2022年2月21日付の記事を転載]

乱世の今こそ、古典に学べ!

 多くのリーダーが座右の書として挙げるマキャベリの『君主論』。そのエッセンスを現代のビジネスに当てはめつつ、解説するのが本書だ。きれいごとではすまされない再生・改革の修羅場をくぐり抜けてきた2人が、その経験をもとにリアルに語る。

冨山和彦、木村尚敬(著)、日経BP、1760円(税込み)