企業の変革を進めると、必ずと言っていいほど抵抗勢力が現れ、もっともらしい反対理由を述べ立てる。だが、その事情をいちいち斟酌(しんしゃく)していては、改革の機を逃してしまう。今回は『 シン・君主論――202X年、リーダーのための教科書 』より、リーダーの中途半端な情けがどのような悲劇を生むのかについて述べた箇所をご紹介したい。
人間は寵愛(ちょうあい)されるか、抹殺されるか、そのどちらかでなければならないということである。何故(なぜ)ならば、人間は些細(ささい)な危害に対しては復讐(ふくしゅう)するが、大きなそれに対しては復讐できないからである。それゆえ、人に危害を加える場合には、復讐を恐れなくて済むような仕方でしなければならない。
――『君主論』(講談社学術文庫)第3章より
不満分子は徹底的に叩(たた)き潰せ
なんともえげつない表現ではあるが、ここでマキャベリが言っているのは、「中途半端に情けをかけてはいけない」ということである。
自分に忠実で愛すべき人々に対しては、幸せな生活が送れるように君主として面倒を見る。
だが自分に敵意を向ける勢力や自国に不要と判断した者たちは、完全に抹殺しなければいけない。
なぜなら、相手に情けをかけて脅す程度にとどめると、その者たちは必ず君主に復讐しようと考えるからだ。よって不満分子を迫害するなら、徹底的に叩き潰すべきである。
直訳すると実に血なまぐさい内容になってしまうが、現代に置き換えれば、これはまさにコーポレート・トランスフォーメーション(CX)を進めようとするリーダーへのアドバイスになる。
組織を新陳代謝させようとすると、必ず抵抗勢力が現れる。
会社とは面白いもので、ある組織・部署・拠点を作ると、その瞬間から既得権益化が始まる。だから統廃合や撤収といった構造改革を実行するのは非常に難しい。
一度手に入れた権利や立場はどうしても手放したくないのが人間の本質だからだ。
リーダーが情に流されると、改革が止まる
ある企業で、北米の拠点を撤収することになったとしよう。これまでは拡大路線で世界の各地域に進出してきたが、北米市場は飽和状態で、これ以上の成長は見込めない。
そこで海外拠点を整理し、持続的な成長が可能な地域に投資を集中させることにした。CXのプロセスでもよくあるケースだ。
ところが北米のオフィスや工場で働いている人たちは、撤退となれば自分たちの存在意義がなくなってしまうので、必死の徹底抗戦に出る。拠点のマネジャーはリカバリープランをあれこれ提案し、本社リーダーに「こうすれば3年後には今以上の成長を実現できます」と切々と訴える。
そのとき弱いリーダーがどうするかというと、相手に押し切られて折衷案を受け入れてしまうのである。
ある機械メーカーであった事例で、全社売上の5%程度の規模の事業から撤退し、他社事業への譲渡を検討するようトップから指示が下りた。
事業部門長は表向きには譲渡プランを作るそぶりを見せながら、バックアッププランとして規模を縮小しての生き残りプランを策定、結局「これなら生き残れるよね」というプランを固め、トップも部門長の涙ながらの訴えに屈し、譲渡の話は流れてしまった。
そこまで言うなら、完全撤退ではなく、ひとまず規模を縮小して様子を見ようという判断だが、これこそ中途半端な迫害であり、後々になって絶対に悪いことが起こる。
現場が作るリカバリープランは、ほぼ例外なく希望的観測が織り込まれた楽観プランであり、世の中その通りに物事が進むことがないことは、多くの事例が証明している(それこそ歴史に学ぶべき)。
結局は、改革は道半ばで頓挫することになる。

冷徹な判断が、情の厚い意思決定になる
時間の経過とともに楽観的予測は見事に崩れ、劇的に業績が回復するといったミラクルが起こるケースはほとんどない。むしろ最悪の事態に陥るのが常だ。
3年前であれば、その事業や拠点を引き取ってくれる他の会社が現れたかもしれない。自社のビジネスモデルにおいてはノンコアになったが、他社の傘下に入れば、その会社の事業とシナジーを創出して成長していける。
私も数多くの企業再生を手がけてきたが、そんなパターンが大半である。
だがリーダーが決断を遅らせれば、3年後には業績はボロボロになる。こうなると、もう買収に手を挙げる会社も現れない。結局は、その事業や拠点に関わる全員が職を失うことになる。
3年前に撤収を決断すれば、冷徹なリーダーと非難されたかもしれない。だが、中途半端に情の厚い意思決定ほど、非情な結果を招く。
つまり、自分たちの仲間の人生を本気で慮(おもんぱか)っているのであれば、実は冷徹な判断こそが、真の意味で情の厚い意思決定になるのである。
その好例が、2015年に飲料事業から撤退した日本たばこ産業(JT)だ。
自動販売機事業はサントリーグループに買収されたが、この時点ではまだ黒字の事業だった。だが当時のJT経営陣は、自社内に存在する限りは将来性が見込めないと判断した。
結果的には飲料大手のサントリーに引き取られたことでシナジーを創出し、競争力を回復できたのである。
中途半端な情けは、全員を不幸にする。非情と言われようとも、リーダーは冷徹に判断できなければいけない。
[日経ビジネス電子版 2022年2月18日付の記事を転載]
乱世の今こそ、古典に学べ!
多くのリーダーが座右の書として挙げるマキャベリの『君主論』。そのエッセンスを現代のビジネスに当てはめつつ、解説するのが本書だ。きれいごとではすまされない再生・改革の修羅場をくぐり抜けてきた2人が、その経験をもとにリアルに語る。
冨山和彦、木村尚敬(著)、日経BP、1760円(税込み)