世界的な生命科学者である吉森保・大阪大学栄誉教授は、「学ぶこと」で一番大事なのは楽しいことだといいます。今回対談をした読書猿氏も「独学することは人生の新しい景色を見られること」と共鳴します。ここでは、『 LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義 』を切り口に、独学について考えます。今回は対談の後編です。

対談前編 から読む)

独学の面白さは、時間を超えてたくさん仲間がいると感じられること

吉森保(以下、吉森):科学を知って生活に生かしたり、考えを深めたりするには、楽しく学ぶのが一番です。読書猿さんの『 独学大全 』には一人で勉強する方法がきっちり書いてありました。今回は、独学で大切なことについてお話をしたいと思っています。ペンネームが読書猿さんなので、ものすごく博学の、何でも知っている方なのかな、と思っているのですが……。

読書猿:いやいや(笑)、逆なんです。世の中には読書人、読書家と呼ばれる人はたくさんいますが、そこに全く及ばない、ということから「読書人」ならぬ読書猿を名乗っているんです。どうにかして人間になりたい、読書人になりたいという希望を込めています。

 正直、学びながらも自分自身のことをこれまで何度も見捨てようとしてきました。学ぼうとしても、全然ダメな自分がいるわけです。覚えられない、続けられない、すぐ飽きてしまう。でも、一方で、何とか人間になりたいともがいている自分もいて、結局は見捨てられなかった。たぶん、独学する人は大なり小なりこうした挫折の経験があると思います。

<span class="fontBold">読書猿氏 プロフィル</span><br>ブログ「<a href="https://readingmonkey.blog.fc2.com/" target="_blank">読書猿Classic: between / beyond readers</a>」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。<br/> 自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシャ時代の古典から最新の論文、個人のツイッターの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間は一組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。<br/> 『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。ベストセラーの『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4478108536/ref" target="_blank">独学大全</a>』は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにしている。なお、「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。<br/> ツイッター<a href="https://twitter.com/kurubushi_rm" target="_blank">https://twitter.com/kurubushi_rm</a>
読書猿氏 プロフィル
ブログ「読書猿Classic: between / beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。
自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシャ時代の古典から最新の論文、個人のツイッターの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間は一組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。
『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。ベストセラーの『独学大全』は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにしている。なお、「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。
ツイッターhttps://twitter.com/kurubushi_rm

吉森:私は大学で教えてもいるのですが、教える側で大切なのは、知の体系を理解していることですよね。読書猿さんも何度も言及されていますが、知は一人の人間の営みではありません。

 例えば「巨人の肩に乗る」という言葉があります。「新しい知識を生み出すことは、人類の認識能力を拡大することである。個人もまた、それに接続することで自身の認識能力を高めることができる。ニュートンはこのことを『巨人の肩に乗る』と表現した」と本の中でも書かれていますが、本当にそう感じます。独学でも知識体系に結びつけられることでたくさん仲間がいると感じられる。それも時間軸を超えて、はるか昔からずっとつながっている。これが独学の面白さです。

読書猿:何かを学ぶことは自分の中に知識を取り入れることではなくて、むしろ自分が知識の山に入っていくことなんじゃないか、と思います。だから「巨人の肩に乗る」ということは、自分もその一部になって、誰かに肩を貸すことでもある。吉森先生は『LIFE SCIENCE』の中で研究をサグラダ・ファミリアに例えていましたが、外から眺めているだけでは、サグラダ・ファミリアを支えているレンガ一つひとつの重みが分かる日は一生訪れない。中に分け入ってみて、初めて分かることがたくさんある。独学ができる人、一人でも学び始めるという人が増えれば、知識の山に入る人も増えると思うんです。

吉森:素晴らしいですね。巨人の肩には誰でも乗れるんです。研究者の間では巨人の話は有名ですから、皆、肩に乗ろうとしています。でも、研究者でも子どもでも、誰でも乗れるし乗ろうとすることが重要なんです。

 小学生の頃、いつもと同じ壁沿いの道を歩いていて、ふと気づいたら壁の向こう側が見えるようになった経験ってありますよね。背が伸びたからなんですが、世界がガラッと変わります。ある日、いろいろ見えるようになる。研究しているとそういう瞬間があるんです。肩に乗ろうとしていると世界がガラッと変わる瞬間に出合えます。

読書猿:私は子どもの頃、科学少年だったんです。プラネタリウムが常設された科学館が家の近くにあって、そこに毎月通うような子どもでした。それが、いつのまにか科学から離れ、サッカーに傾倒するようになった。自分のアイドルがアインシュタインからリオネル・メッシになったんです。それでも数学は好きで、大学は私大の文学部だったんですが、数学で受験しました。数学だけで入学したといっても言い過ぎではないかもしれません。

どんな仕事でも「独学力」は必要

吉森:おそらく、私より確実に数学はできますね。私は逆に国語で入ったようなものです。それでも、生命科学の研究を職業としていますからね。つくづく思うんですが、文系や理系の区別って何だろう。

 私は『LIFE SCIENCE』の中で理系だろうと文系だろうと理屈で考える「科学的思考」が重要だと説明していますが、研究のプロセスも実は文系も理系も変わらない。読書猿さんの独学の取り組み方も、われわれ自然科学者の研究とほとんど変わらないと思います。

 もちろん、私たち自然科学者は実験をして、読書猿さんは実験をしないかもしれない。ただ、私たちも実験だけしているわけではない。文献も読み込まなければいけないし、実験結果の整理も必要です。それこそ挫(くじ)けそうなことも山ほどあります。でも、挫けないためには、やはり自分の力で勉強するという「独学」が大切になってきます。それは、どんな仕事でも必要なのかもしれません。

読書猿:文系と理系の区別がないという話でいうと、実験科学者は皆、実験(ラボ)ノートをつけますよね。

吉森:はい。必須ですね。

読書猿:あれは実は、古典文献学のゼミナールがやっていた、ゼミナール・ノートがルーツだという説があるんです。ゼミって、参加者が発表したことを、他の参加者がバンバン批判して議論するものです。研究しながら教育する空間として、18世紀半ばから19世紀初頭のドイツで、古典文献学の分野で最初に採用されたといわれています。

 これは、自分の主張がちゃんと根拠付けられていることを示すために文献を証拠として出して議論するものです。だからゼミはただ発表して議論するだけでなく、そこで何を証拠にどんなことが議論されたかを残すということを始めたんです。この形がドイツで大学に研究室ができたときに持ち込まれて、実験の過程を残すという伝統が生まれます。文系中の文系である古典文献学が、理系の研究のコアへとつながっていったわけです。

学びを続けられる人は、小さな喜びを感じられる人

吉森:それは面白いですね。やっぱり文系でも理系でも、学びの本質は一緒ですね。研究者には、日々研究している上で、小さな喜びを感じられる資質が欠かせないと私は思います。村上春樹がいうところの「小確幸」、すなわち「小さいけれど、確かな幸せ」ですね。

 研究を続けていく上で重要なのは小確幸なんです。毎年のように大発見ができたらそれは素晴らしいし面白いと思いますが、そんなにうまくいかない。例えば、医学部には親族をがんで亡くしたからがんを治したいという志を持って入学する学生が少なくないのですが、それだとゴールが高すぎて、モチベーションが続きません。例えば、「不器用だから、実験方法を工夫して不器用でも結果を出せるようにする」くらいの小さいことに喜べる方が長続きします。

読書猿:日々の学びもまさに小確幸を感じられるかが大事ですよね。私は生物学の知識がないけれど、吉森先生の本を読んで確かな幸せを感じられました。読書には、新しい扉が開く感覚があります。知には、こうした扉が無数にあるわけですね。そして、独学をしていると、自分が普通に生きているだけでは、全く接点がなかった扉や存在すら知らなかった扉がある日、開くこともあるわけです。多くの人がいくつもの扉を開けられるきっかけとなる本や機会が社会にもっと増えればいいなと思います。

吉森:私が読書猿さんの『独学大全』から感じたのは実は愛です。おおげさではなく人類愛です。

読書猿:えっ、人類愛ですか。

吉森:そうです。人間は弱く挫けやすい生き物です。学びたくても、続かない。そうしたときに、どうしていいか分からなくなる。でも、人間は誰でもいつからでも学べます。人間の思考回路は全て共通で、学んでいる人に特殊な回路があるわけではない。ただ、弱いから嫌になって諦めてしまう。読書猿さんはそういう人も見捨てない。この本は、挫けないための工夫、学ぶための回路をどう働かせるかについて全て伝えようという並々ならぬ意志が貫かれています。

読書猿:そうですね。読んだ人が諦めそうになったときに、側にいてくれる本にしたかったんです。諦めきれなかった自分を救うためにやったことのように。しんどいときに、本棚をふと眺めると目について、再び立ち上がる助けになる本があったら――そういう気持ちを込めてこの本を書きました。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)

日経ビジネス電子版 2021年5月7日付の記事を転載]

世界的生命科学者であり、ノーベル賞受賞者の共同研究者でもある著者による、入門から最先端まで、生命のことが分かる一冊!

2016年ノーベル生理学・医学賞受賞 大隅良典氏、元日本マイクロソフト社長 成毛眞氏推薦!!

 人生100年といわれる時代ですが、それはただ寿命が延びただけの話。寝たきりやアルツハイマー病で何年も過ごさなければならないこともあります。しかし、生命科学は「死ぬ寸前まで健康でいる」ために日々発展しています。
 この本では、世界的生命科学者が、細胞の話といった生命科学の基本から抗体やウイルスの話、そして最先端の知見を、極めて分かりやすく教えてくれます。昔は医療の選択肢は多くなかったので、知らなくてもよかったのですが、現代は、医療はもちろん、生活にも生命科学は入り込んでおり、一度学んでおかないと自分で判断ができません。
 筆者は、2016年にノーベル賞を受賞した大隅良典氏とともに研究に取り組んだ「オートファジー」の世界的権威でもあります。オートファジーが分かれば、「細胞を新品にする機能」=「アルツハイマーや生活習慣病をなくす可能性がある」ことが分かるので、必然的に「老化」はどのようにして起きるかなど長生きの最先端研究まで知ることができます。

吉森 保(著)、日経BP、1870円(税込み)