プロダクトデザインからブランディング、企業のビジネスデザインまで、多種多様なものづくりに取り組むデザイン・イノベーション・ファームTakram Japan(東京・渋谷)。その代表取締役でありデザインエンジニアの田川欣哉さんにとって、「聞くこと」は、今最もホットなテーマであり課題であるともいう。「聞く力」は新しいビジネスに何をもたらすのか。『 LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる 』(日経BP)を監訳した篠田真貴子さんとともに語り合った。対談後編。
上司が部下の話を聞くことはとりわけ難しい
篠田真貴子(以下、篠田):ユーザーインタビューとは、広がった幾千のアイデアから最終的にはこれが正解である、ここがスイートスポットであるとジャッジできる基準を身につけるということだと、前編で田川さんからお伺いしました。一方で、雑談でも意味のない会話でも、一見バカっぽいアイデアでも何でもいいからどんどん広げていこうね、周りはそれを聞きますよ、ということも大切だとおっしゃいましたね。この2つって、真逆の話ですよね、でも、ともに大切であると。
田川欣哉氏(以下、田川):そうですね。聞くことには、判断を挟まずにインプットの幅を広げていく方向と、そのカオス的な広がりの中から共通価値とか共通パターンを発見していく方向と2つありますね。
篠田:この2つの方向は、1on1ミーティングの中にもあります。エールのクライアントさんに、例えば「上司は部下の話をじっくり聞きましょう。しょうもない話であっても、そこからいろいろなことが生まれます」と言うと、「言っていることは分かるんだけど、上司の仕事はそもそもジャッジすること。忙しい中でしょうもない話を聞くことにはどうにも立ち向かえませんよ」と言われてしまいます。
これって、まあ要は「篠田さん、あなたの言っていることはキレイゴトですよ」ということだと思うんです。田川さんは、このあたりのすみ分けはどうされているのですか。何か意識されていることはありますか?
田川:いやー、1on1は難しいですよ。Takramでは2年前からコーチングを専門とする会社にサポートしていただいて、全社的に取り組みはじめています。僕も教えてもらいながらやっているところですが、「聞くことに重きを置いてください」と繰り返し言われています。

篠田:Takramのみなさんは、ユーザーインタビューを繰り返してきて、高度なインタビュー技術をお持ちだから、それを1on1でも使えそうに思うけれども、そうじゃないんですね。
田川:ユーザーインタビューでは、インタビュアーは自分のコメントを1ミリも挟まないので、「ここをもう少し教えてください」「違うシチュエーションだったらどうですか」と、どんどん聞いていけばいいんですけど、1on1でいい聞き手になることは、数倍難しいですよ。でも、どうしてかな。社内の上司と部下という近い関係だからかもしれないですね。関係ない人とのほうがうまくやれる気もします。
エールさんは、そこに着眼して、「社外人材による1on1」をなさっていますよね。僕自身の1on1は社外の人にお願いしているんですが、めっちゃ気楽です。話しているうちに自分の中で勝手に自己解決することもある。
篠田:1on1は、聞いてもらうことで自分の思考が整理されるし、じっくり話を聞いてもらえた満足感を残すこともできますよね。一方で、「1on1を導入したけれどなかなかうまくいかない」という相談をよく受けるのですが、そういう相談を掘り下げてみると、上司の側に「ちゃんと聞いてもらった」経験がないケースが多いです。
田川:上司の側には、「時間を取っているからには、貢献しなくてはならない」という思いがありますよね。だからよかれと思ってついアドバイスをしちゃったり、ジャッジしてしまったり。
篠田:まさに「アドバイスをしようと思って聞くと失敗する」という章が『LISTEN』にはあって、その中に「聞くこと」を使って問題解決するものすごく印象的エピソードが記されています。
田川:対話でどちらかが裁判官みたいな態度を取ると、ジャッジされた側は、自分の感覚とのズレを感じます。そうなってしまうと「どこがズレているのか」という差分の話になりがちで、「ちょっと違う」「そうじゃない」をやっている限り全然奥に入っていけなくなります。
商品をつくる前に「人の話を聞く」「見る」という過程を入れるのが大切
篠田:なるほど! すごく端的ですね。本当に思っていることではなく、差にフォーカスしちゃうんですね。先ほどのブランディングの話もありましたが、こうして伺ってくると、田川さんのお仕事は「聞くこと」がベースになっているように感じます。
田川:そうです。デザイン思考という言葉がよく使われますよね。デザイン思考ってデザイナーのように発想する方法です。最近できた考え方だと思われるでしょうが、これってつまり、ほぼ「ユーザー理解」のことなんです。突き詰めれば、「見る」と「聞く」ことです。普通、この「見る、聞く」のあとには、問題を定義し、アイデアを出し、試作し、テストをするというプロセスがありますが、「ユーザー理解」以外は、昔からあるエンジニアリングの当たり前のプロセスなんです。でも、「見る、聞く」は、従来のエンジニアリングの世界にはなかった。そこが補完されたのがデザイン思考です。
篠田:わあ、それって田川さんそのものですね。エンジニアリングの手前に「人の話を聞く」「見る」というこれまでなかったプロセスを入れて新しいものを生む。デザインエンジニアってそういうものなのかと今、腑(ふ)に落ちました。
田川:ああ、そうかもしれないですね。Takramにはデザインエンジニアがたくさんいますが、みんな、人が自分のつくった物を使っている姿を見るのが好きなんですよ。例えば自転車って、プロダクトとして置いてあるだけでも十分美しいけれど、そこに人が乗っているときが一番美しいんです。人の姿勢、進む方向を見据える眼差(まなざ)し、スピーディーな足の回転……人工物と人が調和している姿に感動してしまうような人たちが、デザインエンジニアリングをやっています。
だから、僕らがデザインするということは、もちろん機械や仕組みをつくっているという部分はありますが、それと一体化して人を心地よくしたり、人の振る舞いが美しくなったりすることが目標だったりもします。関心の半分は人にあるから、人を理解しなくてはならない。だからこそ「見る、聞く」が何よりも重要になるというわけです。
新しい問題には、メンバー間が対等でないと答えが出ない
篠田:面白いですねえ。プロダクトを見る目が今までとは違ってきそうです。『LISTEN』の中で繰り返し触れられていることに、「自分とは違う価値観を持った相手に対して、興味を持って理解しようとすること」があります。
田川さんをはじめTakramのみなさんはそれぞれが複数領域にまたがるスキルを持ち、専門性を発揮していらっしゃいます。それこそ社内にいくつもの異なる価値観が交差している、それがほかのデザインファームとの大きな違いだと思うのですが。
田川:はい、もうみんな笑っちゃうくらい違うベクトルで考えていますよ。Takramの組織を説明する言葉として「拡張する輪郭」というものがあります。あなたの持つ輪郭と私の持つ輪郭が異なるから、かけ合わさったときにより大きな輪郭を共有することができるよね、ということです。みんなが違う目線から見ているので、一つの物事を決めるのには時間がかかりますが、解決を急がずに話をしていると、それぞれの目線から見てこれならOKだよねという一点にたどり着ける。
篠田:みなさん、聞く力があるのかしら、と勝手に思っているのですが。
田川:わけの分からない現象や物事への好奇心は、みんなすごく強いかな。そういういろいろな人たちが入ったチームが何かイノベーションを起こそうという場合、バケツリレーをやっちゃいけないんです。車座になって同じプロセスを踏む中ですりあわせをしながらやっていく。バケツリレーだと自分がOKと言ってバケツを渡しても、次の人はちょっとズレているなと思って自分がOKと思えるようにずらしちゃう。それを数珠でつないでいくと、確実に間違ったものが生み出されます。全員が正しく振る舞うことで結果が必ず間違ったものになる。これって、組織の中では日常的に起こっていることですよね。
篠田:すごく興味深いです。まったく考えが違う人との議論に慣れていないと、聞くということへの関心や、聞くことを続けるとちゃんとしかるべきところへ着地するのだという信念が弱くなります。そうすると、会議で一通りみんなが意見を言ったら「みんな貴重な意見をありがとう」と言って、権限のある人がバンとジャッジしちゃう。これがそこそこ歴史のある規模が大きい組織の振る舞いだと思うんです。経験的に正解が分かっているような問題であればそれでいいのでしょうが、正解がまだ分からないタイプの課題にチームで立ち向かうときには、それでは太刀打ちできませんよね。バケツリレーではなく、車座ですりあわせをしながらやっていくことが必要になる。
田川:メンバー間で聞き合うことのできる組織って、弾力性も強くなるしリスク回避能力が高くなると思います。「聞く」ことで社員の満足度を上げるとか、社員の気持ちを安らかにするとか、そういう面はもちろんあるけれど、そこだけにフォーカスするとやっているほうがしんどくなります。ちゃんと「聞くこと」をやっているほうがアイデアが出るし組織もいろんな意味で楽しい。まだまだ、僕らも理想型にはほど遠いですが、聞くことに一生懸命取り組んでいるところなんです。
篠田:なるほど、結局きちんと聞くことが、仕事が一番スムーズにいくんですね。

(構成:平林理恵)
[日経ビジネス電子版 2022年1月21日付の記事を転載]
「自分の話をしっかり聞いてもらえた」体験を思い出してみてください。
それはいつでしたか? 聞いてくれた人は誰だったでしょうか? 意外に少ないのではないかと思います。
他人の話は、「面倒で退屈なもの」です。どうでもいい話をする人や、たくさんしゃべる人など、考えただけでも対応が面倒です。その点、スマホで見られるSNSや記事は、どれだけ時間をかけるか自分で決められるし、面白くないものや嫌なものは、無視や削除ができます。しかし、無視や削除がどれほど大事でしょうか。
話を聞くということは、自分では考えつかない新しい知識を連れてきます。また、他人の考え方や見方を、丸ごと定着させもします。話をじっくり聞ける人間はもちろん信頼され、友情や愛情など、特別な関係を育みます。一方、「自分の話をしっかり聞いてもらった」ら、自分の中でも思いもよらなかった考えが出てくるかもしれません。どんな会話も、我慢という技術は必要です。しかし、それを知っておくだけで、人生は驚くほど実り豊かになります。
ケイト・マーフィ(著)、篠田真貴子(監訳)、松丸さとみ(訳)、日経BP、2420円(税込み)
