リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回は「対立のない優しい世界を目指して」を理念に掲げて創業したTeaRoomの代表取締役CEO岩本涼氏に、茶の湯に関わる事業と活動についてお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)

岩本 涼(いわもと りょう) TeaRoom代表取締役CEO、茶道家
岩本 涼(いわもと りょう) TeaRoom代表取締役CEO、茶道家
1997年生まれ。2015年に早稲田大学政治経済学部に入学し、在学中の2018年に21歳で起業。静岡県本山地域の茶畑と製茶工場を承継し、第一次産業に参入。文化と産業の架け橋を目指して事業を展開する。世界を変える30歳未満の30人を選出する「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2022」に続き、「Forbes 30 UNDER 30 Asia 2023」のアート(Art & Style, Food & Drink)部門に選出された。2026年、抹茶の国際団体「International Matcha Association」を設立し、代表理事に就任。中川政七商店の社外取締役も務める。裏千家茶道准教授、茶名は宗涼
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茶道家であるとともに、お茶をビジネスにしています。最初に茶道に興味を持ったのは小学生の時でしたね。

 幼少期にテレビドラマで東山紀之さんが茶道の点前(てまえ)をしているのを見て、かっこいいと思ったのがきっかけです。当時の地元の千葉県で先生を探し、裏千家の茶道教室で稽古を始めました。稽古場が学校の近くだったので、中学生の頃は放課後に稽古に行き、その後、塾に行ってまた稽古場に戻ったりしていました。先生が主催する茶会の手伝いもするようになり、中学3年生で茶会での点前デビューを果たしました。当時は高校受験勉強の真っ最中でしたが…。

中学3年生の頃、裏千家の全国組織支部の茶会で点前をする岩本氏(写真提供:TeaRoom)
中学3年生の頃、裏千家の全国組織支部の茶会で点前をする岩本氏(写真提供:TeaRoom)
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早稲田の「進取の精神」に共感し、早稲田大学高等学院に進学しました。

 当時から起業したい思いがあり、高校生の頃から大学の講義を受けてビジネスプランの基礎を学んでいました。早稲田大学に進学して2年生の夏に米コロラド州のボルダーに留学し、マイクさんという裏千家茶道の先生に師事しました。先生は作陶もなさり、現地で楽焼の茶碗(わん)なども焼いておられたのです。先生と一緒にネイティブアメリカンの日用雑器を茶道具に見立てて茶会をするなど、自分らしく楽しむ茶の湯を経験しました。

 その後も半年ほど世界各国を回りました。日本を発つ時に茶箱(小ぶりの茶碗や茶器などを入れた携帯用の箱)を持って来ていたので、行く先々でお茶を点(た)てて現地の皆さんと交流したのがいい思い出です。人種や宗教は違ってもお茶を通じて交わり合えることを体験し、こうした文化を継続して伝えていきたい、と考えました。茶の湯から学んだ「一碗の価値」や精神性を広く届けられるような仕事をしたいと思うようになったのです。2018年、大学3年生の時に帰国して休学し、すぐに起業しました。

その頃、お茶を仕事にしようという気持ちは固まっていたのですね。社名であるTeaRoomの由来と事業内容について教えてください。

 Teaはお茶というプロダクト、Roomは文化や思想の意味で、茶の湯の文化や精神を産業界とつなぐことを目指しています。最初に手掛けたのが農業、お茶を作ることでした。静岡市内で廃業予定だった日本茶の茶園と工場を承継して茶葉の生産、加工、販売を行い、煎茶や抹茶のブランド開発も行っています。

 茶道を学んでいても、お茶やその生産地の状況まで理解している人は多くありません。私が創業した頃は、茶価が過去最安値を更新していた時期でもありました。こうした時代に、一碗のお茶の価値をできるだけ高めて提供することが、お茶に関わる者として産業界に貢献できることではないかと思ったのです。ここ数年、海外などで抹茶の人気が上昇しており、喜ばしいことですが、お茶を点てて飲むだけでなく茶の湯の思想についても伝えていきたいと考えています。

TeaRoomのオフィス内の茶室に、お気に入りの赤楽茶碗を置いて。茶碗師である楽家九代・了入(1756~1834年)の作で、銘は「未在」
TeaRoomのオフィス内の茶室に、お気に入りの赤楽茶碗を置いて。茶碗師である楽家九代・了入(1756~1834年)の作で、銘は「未在」
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茶室設計、アートとのコラボで茶の湯文化を形成

茶室を造るなどの空間プロデュースも行っていますね。

 日本の伝統的な様式の茶室も造りますが、海外での茶室プロデュースの機会も増えています。2025年には、タイのパタヤでアウトドアの茶室をデザインしました。現地の施工会社と協業し、日本では高価ですがタイでは比較的入手しやすいチーク材をふんだんに利用するなど、現地の建築工法と日本の数寄屋建築を融合して設計しました。茶室本来の機能も追求し、水屋もセットでデザインしたのがポイントです。この茶室はタイ最大級の野外音楽・ウェルネスイベント「Wonderfruit 2025」で発表し、現在も常設展示されています。

タイ・パタヤでデザインしたアウトドアの茶室。設計は京都のrivvon(リボン)、施工はタイのWonderfruitが行った。藍染めののれんは徳島のWatanabe'sによる製作(写真提供:TeaRoom)
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タイ・パタヤでデザインしたアウトドアの茶室。設計は京都のrivvon(リボン)、施工はタイのWonderfruitが行った。藍染めののれんは徳島のWatanabe'sによる製作(写真提供:TeaRoom)
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タイ・パタヤでデザインしたアウトドアの茶室。設計は京都のrivvon(リボン)、施工はタイのWonderfruitが行った。藍染めののれんは徳島のWatanabe'sによる製作(写真提供:TeaRoom)
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タイ・パタヤでデザインしたアウトドアの茶室。設計は京都のrivvon(リボン)、施工はタイのWonderfruitが行った。藍染めののれんは徳島のWatanabe'sによる製作(写真提供:TeaRoom)

茶の湯を中心とした文化形成について、具体的にはどのような取り組みを行っていますか。

 文化のないところに産業は栄えないと考えており、自社はもちろん、他社の社外取締役などとしても文化形成のアプローチを行っています。例えば、抹茶というプロダクトを販売する際には、「お客さまがどのような場所で、どのように飲めば、その価値を理解し、購入したいと思っていただけるか」と考えます。お茶を飲みたいと思える環境を整え、おいしいお茶で人生が変わるような体験を提供することで、お茶のブランドに付加価値を与え、継続的な販売につながるようになるはずです。

 中川政七商店の社外取締役を拝命していますが、同社のサイトで「SaDo」というプロジェクトを展開しています。最近では、茶道を習いたいという若い方が非常に増えていると感じています。理由を伺うと、現代は社会状況の変化が激しく、過去のキャリアや経験が役に立たなくなることもあり、答えを見いだしづらい時代であることが挙げられます。そうした中で、自分の心を安定させるために、茶道のように「長らく変わらないもの」を求めているとのことでした。

 ただ、若い世代の中には、組織に属して稽古をしたり許状を取得したりすることに関心を持たない人もいます。山の中で茶会を開いたり、新進の作家とコラボレーションした茶道具を作ったりと、茶の湯の新たな形を見いだそうとしている方々が多いです。「SaDo」では、新たな取り組みを仕掛ける若手の茶人たちを中心とするインタビュー記事や、自宅で楽しむ茶の湯のヒントなどのコンテンツを発信しています。

アーティストやクリエイターと一緒にアートコレクティブの活動も進めています。最近のイベントについて教えてください。

 TeaRoomとして、茶の湯をアートという表現方法で届ける事業も行っています。以前、抹茶が安かったように、大量生産・大量消費の時代に工芸品の価値も下がり続けています。そこで工芸作家さんたちと連携し、伝統文化の持つ価値を次世代に伝えていきたいと考えています。

 茶の湯は、いわば日本で生まれたインスタレーションで、亭主と客がお茶を通じて茶道の理念を体現する総合芸術です。2023年には米国の国際アートフェア「SCOPE MIAMI BEACH 2023」 で、内装設計を手掛ける丹青社(東京都港区)が運営するアート・工芸のプラットフォーム「B-OWND(ビーオウンド)」と共に、「アート茶会」を開催しました。このときは「NEO WABI-SABI」をコンセプトにした茶碗や茶器を提供してもらい、マイアミで茶の湯を通じたアートシーンを演出しました。

 また、今年の5月からイタリアで開催している国際美術展、「ヴェネチア・ビエンナーレ2026」の公式サテライトイベントに、B-OWNDと共に参加しています。歴史的建造物であるパラッツォ・ベンボで、企画展「Relational Logic—Beyond Dualism, a World Reconnected」を開催しています。これは「関係の論理—二元論を超え、結び直される世界」という意味です。

 世界では国家間の分断と対立が進んでいます。また現代社会は、「善か悪か」「自然か人工か」という二項対立(二元論)によって分断されがちです。そこで私たちTeaRoomはヴェネチアという歴史都市を会場とし、日本の茶の湯を起点とした「分断のない、境界が溶け合う美」を探求する展示と発信を行いたいと考えています。

「ヴェネチア・ビエンナーレ2026」の企画展の様子。共に参加した人形作家・中村弘峰氏の作品と、茶室で茶を点てる岩本氏(写真提供:TeaRoom)
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「ヴェネチア・ビエンナーレ2026」の企画展の様子。共に参加した人形作家・中村弘峰氏の作品と、茶室で茶を点てる岩本氏(写真提供:TeaRoom)
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「ヴェネチア・ビエンナーレ2026」の企画展の様子。共に参加した人形作家・中村弘峰氏の作品と、茶室で茶を点てる岩本氏(写真提供:TeaRoom)
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「ヴェネチア・ビエンナーレ2026」の企画展の様子。共に参加した人形作家・中村弘峰氏の作品と、茶室で茶を点てる岩本氏(写真提供:TeaRoom)

茶の湯の理念を体現し、対立と分断のない世界を目指す

茶の湯を通じて、どんな社会を実現したいと考えていますか。今後の展望を聞かせてください。

 織田信長や豊臣秀吉が生きていた戦国時代に、千利休が侘び茶を大成したといわれています。利休は茶の湯を通じて工芸品の価値を高め、茶室という空間構造と点前という行動様式を定義しました。これにより茶の湯が、思想的で社会的な価値を持つ文化になったのだと思います。

 有事と平時について考えると、戦国の世はまさに有事の時代です。当時は富士山の噴火など天災も多く、フラジャイル(脆弱)な日本の風土の中で人々は明日をも知れぬ日々を過ごしていたことでしょう。有事のときこそ「日常の価値」が上がっていくので、日常の行為として茶の湯を楽しみながら、その精神性も大事にしていたのだと思います。「一期一会」を大切にし、「一碗に価値を込める」ことが求められたのです。

 私たちの考える茶の湯は、自然災害や人災を一つの切り口にしています。歴史というのは、戦争のある時代とない時代、有事と平時を繰り返しています。今何が起きているかというと、地球温暖化による天災が増え、各地で戦争が続いています。まさに戦国の世に近い時代になってきている。だからこそ世の中の対立や分断をなくし、平和を築いていく茶の湯の理念を、グローバルに体現していきたいと思います。

「地球温暖化による天災が増え、各地で戦争が続くなど、今まさに戦国の世に近い時代になってきています。だからこそ、世の中の対立や分断をなくし、平和を築く茶の湯の理念をグローバルに体現していきたいと思います」(岩本氏)
「地球温暖化による天災が増え、各地で戦争が続くなど、今まさに戦国の世に近い時代になってきています。だからこそ、世の中の対立や分断をなくし、平和を築く茶の湯の理念をグローバルに体現していきたいと思います」(岩本氏)
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岩本涼氏がお薦めする茶道の本

『茶の精神 大文字版』(千 玄室著、講談社学術文庫)
『茶の精神 大文字版』(千 玄室著、講談社学術文庫)
(本書は現在、多くの書店で在庫が確認できません。古書店やネット書店で中古品が入手できることがあり、一部図書館で閲覧できる場合もあります)
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 著者は2025年に逝去した裏千家茶道15代家元で、鵬雲斎宗匠と呼ばれる。生前は「大宗匠」と親しまれた。本書は中国や日本における喫茶の歴史をひもときながら、茶道の文化と精神について説いたもので、1969年に淡交社から刊行された同名書籍を底本としている。
 「60年近く前に書かれた本ですが、繰り返し読んでいます。本書で、かつての大宗匠、現在の鵬雲斎宗匠は、茶道の理想を『他界的世界での高次元な遊戯』と評していて、とても納得感があり面白い説明だと感じました。茶の湯の精神は、子どもたちの『ままごと遊び』に似ているとも言っています。子どもはままごとをするときに、いろいろな道具を使いながら父母などの役割をロールプレイし、それぞれの立場に合わせた発言をしますよね。茶道では亭主と客が調和的な共通のゴールを目指して各自が役割を果たしますが、これをままごと遊びに例え、多くの人に広く茶道の精神を伝えようとなさったのだと思いました」(岩本氏)

取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/稲垣純也

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