ビジネスやアカデミア、アート界の第一線で活躍する先駆者に、茶道との関わり方をお聞きする本連載。今回は会議や商談の音声データ分析サービスを手掛けるRevComm(レブコム)代表取締役CEOの会田武史氏に、茶道と起業家精神の共通点や非言語コミュニケーションの重要性についてお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)
会田さんは裏千家茶道を学んでおられ、茶名(宗名)もお持ちです。稽古を始めたきっかけと時期を教えてください。
大学卒業後に入社した三菱商事で、グローバルビジネスに携わっていました。日本が好きで、自国の良さを世界に発信したくて国際ビジネスをやっていたのですが、海外に行くとフランス人やドイツ人が自国だけでなく日本の歴史にも深い知識を持っていることに衝撃を受けたのです。ディナーの席などで日本のことを問われても答えられず、自国について表面的にしか知らなかったと痛感しました。2012年に帰国後、代官山の蔦屋書店で日本文化に関する本を片っ端から買い込み、読みあさりました。
ただ、読書だけでは知識が身に付かないと感じ、「座学より実体験で学ぼう」と考えました。柔道を習っていた経験から、「体を動かす稽古として茶道か華道を」と思い、2013年に先輩のホームパーティーで「茶道をやってみたい」と話していた時、ある方が東京・目黒区の稽古場「東籬庵(とうりあん)」を紹介してくれたのです。途中でサウジアラビアやウクライナに駐在したり、レブコムの創業で多忙を極めたりしてブランクはありましたが、稽古を始めて今年で13年目になります。昨年「宗武」という茶名もいただきました。
東籬庵は稽古に関して厳格で、先生には「覚悟を持って茶道に臨む」と指導いただいています。稽古日に自分の都合で休むことも禁じられています。稽古中は原則として「浮世の話」はせず、お茶を楽しみ学ぶ時間であるとされています。
茶会に出たり、ご自身で開催したりすることはありますか。
「東籬庵」での茶席で、亭主や正客を務めたこともあります。茶会といえば先日ビザスクの端羽英子さんがご自宅の茶室で4〜5人招いた茶席を設けてくださり、そこで炭手前(すみでまえ:湯が沸くように炭をつぐこと)をさせていただきました。5歳になる娘も一緒にお邪魔して、お茶会デビューを果たしました。お客には、スマートニュースの村上臣さんもいらっしゃいました。
起業家と茶人に共通する「数寄者」の精神
レブコムのコーポレートサイトの社長メッセージで、「茶道のもてなしの心のように、言葉を超えて感性に響くコミュニケーションを増やすことが会社の目標」と書いています。茶道とビジネスの共通点はどのようなことでしょうか。
まず、起業家と茶人はとても似ていると思います。共通するのは、「数寄(すき)性」の先にある乾坤一擲(けんこんいってき)の精神です。数寄者とはものに対してこだわりがある「偏愛的」な人ですが、起業家もその傾向が強い人が多いと思います。自分が信じたものを突き詰め「この事業をやろう」と覚悟を持って取り組む。孫正義さんもイーロン・マスク氏もそうですし、スティーブ・ジョブズも禅の精神を大切にしていましたよね。起業家は茶人に、茶人は起業家になれると思います。
明治時代には財界人が茶道をたしなみ、数寄者と呼ばれました。三井物産を創業した益田孝をはじめ三井、三菱、住友財閥の茶人実業家たちが、茶席で日本の未来を語っていたのですね。
まさに僕が最初に入社した三菱商事も、四代目社長の岩崎小彌太の訓諭をもとに制定した三菱グループの企業理念、「三綱領(さんこうりょう)」を大切にしていました。
茶室の中では、地位や身分に関係なくひたすら客をもてなし、亭主との間に調和が生まれます。この世界観が素晴らしく、僕の会社のミッション「人が人を想う社会」とも合致します。
僕は哲学も好きで、高校生の時に鷲田清一氏の『モードの迷宮』という哲学書に出合ってから、生きるとは何か、人とは何かについて懸命に考えました。行きついた結論が、僕の造語ですが「自己相対性理論」です。
「人は何のために生きるか」でいうと、「幸せのため」です。「幸せである」の主語を定義すると、「自分」になります。では、「自分とは誰か」と考えた時、哲学者のデカルトに出合いました。ただ、彼の言った「我思う、ゆえに我あり」は、実は「思考停止」なのではないかと思い至ったのです。
そこで「自分とは何者か」について、論理的、弁証法的にではなく観察論からアプローチすることにしました。自分を客観視して観察すると、例えば先生に接している時の自分、友人と話している自分、ガールフレンドと会っている時の自分は、それぞれ微妙に違います。つまり「自己があって他己がある」のではなく「他己があって自己がある」のだと。人間とは、極めて相対的な存在です。これを「自己相対性理論」と名付けました。
こうして「幸せであること」について改めて考えた時、主語である自分が相対的ならば、述語の「幸せである」が絶対的ではありえない。つまり「周囲の人たちを蹴落として幸せになることはありえない。自分が唯一絶対的に幸せになる手段は、他者を幸せにすることだ」と分かったのです。この考え方が僕のベースになりました。
父も祖父も経営者だったので、小学生の頃から、大人になったら起業しようと決めていました。そして高校2年の時、起業の目的が「世のため人のため」と定まったのです。これは実は自分の幸せのためで、究極の利己ですね。起業する時に「レブコムという会社を通して人が人を想う社会をつくっていこう」と考えました。茶道の精神や禅イズムともつながっています。
茶道に学ぶ組織づくりと事業承継
起業家と茶人の共通点のほかに、茶道とビジネスの関わりについて感じることはありますか。
細かい点に気づくようになることも、茶道のよさですね。掛軸、花、茶器をきちんとしつらえたり、「松籟(しょうらい)」と呼ばれる釜の湯音を聴き取ったりと、極めて細かいところに気を使う姿勢は、ビジネスでも役立ちます。「神は細部に宿る」といいますが、周囲をつぶさに見て、流れの中でどうすべきかを判断していくことが、僕のような終わりのないビジネスを続ける際のマインドセットとして生きてきます。
もう一つ、千利休の孫の千宗旦による事業継承の手法も素晴らしいと思います。宗旦は息子たちのうち3人を徳川家、前田家、松平家といった大名に仕官させ、ここから表千家、裏千家、武者小路千家が始まりました。後継者に権限委譲することで三千家という流派に分かれ、茶道が発展していったともいえます。組織づくりの好例です。
その後、明治時代になり大名制度が廃止された時、裏千家の十一代家元が茶道の存続と発展のために講じた施策も面白いです。「立礼式(りゅうれいしき)」というテーブルと椅子による点前を考案しました。この頃から、「男性主体のもの」だった茶道が女性にも広がっていきます。
裏千家が女学校に茶道のカリキュラム導入を勧めたことも、女性増の要因となりましたね。十三代家元は東京に一時的に滞在して茶道を広め、十四代家元は全国的な会員組織を設立したり、点前の教則本を発行する出版社を設立したりして、茶道人口の増加に貢献しました。
さらにその後は、十五代家元が海外に茶道を広めるグローバル化を進めていきました。この流れは、事業継承というビジネスの視点で見ると非常に面白いです。
AIなどによる業務の効率化が進んでいますが、茶道は点前などを含めて非効率に感じられる部分もあります。これについてはいかがお考えですか。
一見「茶道は非効率」と感じるかもしれませんが、僕は逆に茶道のルールや仕組みは極めて効率的だと考えています。点前の所作や道具の取り合わせなど、多くの決まり事がありますよね。でも点前は、繰り返し練習して体が覚えてしまうと、いちいち考えずにさらっとできるようになる。そうすると自然に無心になり、客に対して心を向けられるようになります。
ビジネスも同様で、ルールや仕組みがあれば迷わずにそれを行うので、より大切なものに目配りできるようになるのです。
AI時代だからこそ重要になる非言語コミュニケーション
レブコムが提供するミーテルは、音声データ解析でコミュニケーションの質向上や課題解決に取り組むユニークなシステムです。茶道はもともと点前の所作などが口伝(くでん)で伝承され、古くはこれらを言語化することも禁じられていました。テキストに頼らないという点が共通していると思います。
確かにそうですね。世の中のデータには「KGI(重要目標達成指標)的な遅行データ」と「KPI(重要業績評価指標)的な先行データ」があります。KGI的な遅行データとは、議事録やメモなどの「結論」です。一方KPI的な先行データは、音声などの口頭のコミュニケーションです。
遅行データとしてテキストになると、話しているときの「間」や微妙なニュアンスなど多くの情報が失われてしまう。それ以前のリッチな先行データが音声で、細かいところまで伝えられる口伝ともいえます。AIなどの技術の進歩とともにこうした先行データを残すことができるようになったわけで、僕はここにビジネスチャンスを感じたのです。
例えば抹茶も、飲んだ時に甘いと感じるか香り豊かと感じるかは客の感じ方によります。情報を受け取った人に評価が委ねられる、偶有性(物事が予想外の偶然や不確定要素を含むこと)ですね。
その意味で茶室は、「不完全な空間」といえます。亭主は客を迎える時、季節や趣向に合わせて茶道具や料理、菓子や茶を入念に準備しますが、この状態ではまだ不完全です。亭主が点前をする間、言語でのコミュニケーションはほぼないのですが、丹念に点(た)てて出されたお茶を客が一口飲むと、感動しますよね。つまり客の受け取り方によって初めて、(不完全だった茶室という空間が)「完成」するのです。亭主が多くの時間と労力をかけたことに、客が感動を覚える。これが茶道におけるもてなしの本質です。
非言語のコミュニケーションは重要で、僕は「少しでも多くの本当の意味でのコミュニケーションが、豊かな社会をつくる」と思っています。ただ物事を伝えるだけではなく、感動を呼び起こしたり情動を揺さぶったりするのが、本当のコミュニケーションです。僕はミーテルによって生産性向上を目指していますが、それが目的ではなく、その先に人々の時間や経済的な余裕を生み出したいと考えています。
僕が目指しているのは「古代ローマの市民社会」なんですよ。ローマ時代、市民たちは苦役を奴隷に任せ、テルマエ(公衆浴場)に行ってだんらんし、そこで文化が発展していきました。現代では人を奴隷にするわけにはいかないので、テクノロジーやAIに任せるわけです。テクノロジーによって仕事や生活の生産性が上がり人々に余裕が生まれ、「人が人を想う社会」をつくれると思います。
マクロの社会構造を考えると、2000年に約8600万人だった生産年齢人口が、僕が起業した2017年には約7600万人になっていました。たった17年で1100万人減っている。2060年には4400万人になると予想されています。生産年齢人口が激減する現代では、人のやっていた仕事をAIに任せないと回っていかない。人手不足の現代では、「AIに仕事を奪われる」のではなく、「AIに仕事を奪わせないといけない」のです。そこは考えを変えないといけないと思います。
面倒なタスクはAIに任せ、人間はもっと有意義なことに時間を割くのですね。
そうです。僕は例えば「花をめでる」のも、ケーパビリティー(能力)だと思っています。あるいは女子高生が、喫茶店で長時間おしゃべりを続けていられるのも、ものすごいスキルです。AIのおかげで「可処分時間」が増えると、花をめでたり友人と話したりする時間ができます。「必要なムダ」をつくりだし、「余白を楽しめる市民」になれるのです。余白を楽しむことほど高尚なことはありません。こうした時に、茶の湯の精神が極めて重要になってくると思います。
会田武史氏がお薦めする茶道の本
当時と現代は、地経学的に似ていると思っています。帝国主義の発端となった1800年代のアヘン戦争は、英国の中国に対する貿易不均衡への不満から始まった貿易戦争でした。現在の米中対立や合成麻薬フェンタニルの流通、相互関税と共通する側面があります。
このような中、日本は国際的なプレゼンスを高められるポジションにあると思います。茶道の精神や美意識が広がっていけば、帝国主義的な考え方や紛争の抑制にもつながると思います。今や抹茶が世界的にも評価されているので、このような文化や精神とセットにして日本から発信し、世界に広げていきたいと考えています」(会田氏)
取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/稲垣純也
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