「日々たくさん学ぶほど、最終的な学習量も多くなる」「理解しやすい内容ほど、たくさん覚えられる」「わからない状態は学習にマイナスであり、避けるべきだ」……これらは学習に関するよくある誤解だ。最新の神経科学研究から、どうすれば効率的に学ぶことができるかがわかってきた。『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』(デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。

効率的に学べない主な原因とは

 あなたが新たなスキルを身につけようとしているところだと想像してほしい。ピアノ、新たな言語、あるいは新たな仕事でもいい。それから次の文について、それぞれ賛成か反対か考えてみよう。

  • 日々たくさん学ぶほど、最終的な学習量も多くなる。
  • 理解しやすい内容ほど、たくさん覚えられる。
  • わからない状態は学習にマイナスであり、避けるべきだ。
  • 忘れることは非生産的である。
  • 早く上達するには、一度に1つのことを学ぶべきだ。
  • 簡単に思えるときより、苦労しているときのほうが多くを覚える。

 このなかで神経科学と心理学によって裏づけられているのは最後の文だけで、それ以外はすべて、学習に関するよくある誤解だ。

 ここに挙げた考え方は、キャロル・ドゥエックのしなやかマインドセットと硬直マインドセットの研究と関連はするものの、違いも大きい。しなやかマインドセットは自分自身に対する考え方であり、才能は時間をかければ伸ばせるものか否かという認識だった。

 それは必要なときに困難に立ち向かう能力を左右するが、しなやかマインドセットを持っていても、わからない状態やいらだちそのものが学習を促進するということを知らない、ということもあり得る(むしろ知らない可能性のほうが高い)。

 しかし最新の神経科学では、わからないと思っているときこそ学習効果が最大に高まることが明らかになっている。また1日の成果を意識的に抑えるほど、翌日の成果が高まることもわかっている。こうした事実を知らないことが、IQの高い人を含む多くの人が効率的に学ぶことのできない主な原因となっている。

 こうした現象を明らかにした初期の研究の1つは、イギリス郵便公社の依頼で行われた。1970年代末、心理学者のアラン・バッデリーは郵便公社から、効率の良い職員研修の方法を調べるよう依頼された。

 郵便公社は郵便番号で手紙を仕分けする機械に多額の投資をしたところで、それを使いこなすためには1万人の職員にタイピングとキーボードの使い方を覚えさせる必要があった。最も効率的な研修スケジュールはどのようなものか、明らかにするのがバッデリーの任務だった。

 当時心理学者のあいだでは、集中的トレーニングのほうが効果的である、という見方が大勢を占めていた。職員に1日あたり数時間の技能訓練を実施すべきだ、と。

 職員自身もこのやり方を好んだ。数時間のあいだに、自分の進歩を実感できたからだ。研修が終わる頃には、始めた頃よりずっとスムーズにタイピングできるようになった気がして、それは長期記憶にも刻まれたはずだ、と思われていた。

「望ましい困難」によって人は成長する

 ただバッデリーは比較のために、いくつかのグループには、1日あたり4時間ではなく1時間だけといった具合に、短い時間の研修を長期間にわたって受けさせた。

 こちらの方法は職員には受けが悪かった。毎回研修が終わる時点でも、習熟したという実感がなく、より長い時間研修を受けた者たちのように速く進歩している気がしなかった。

 だがその認識は誤っていた。1回あたりの研修で上達した実感を得ていた職員と比べて、毎回の研修の満足度は低かったが、投じた時間あたりの学習量と記憶量ははるかに多かったのだ。平均すると、「分散」アプローチの職員はタイピングの基本を35時間以内にマスターしたのに対し、集中的アプローチの職員は50時間かかっていた。

誰もが誤った方法を好み、誤ったまま学習し続ける(写真:yossarian6/stock.adobe.com)
誰もが誤った方法を好み、誤ったまま学習し続ける(写真:yossarian6/stock.adobe.com)
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 実に30%の差である。個人別に見ると、1日1時間のグループで一番上達の遅い職員でさえ、1日4時間のグループの一番上達の速い職員よりも短い時間で技能を習得していた。数カ月後のフォローアップ調査では、分散的学習者のほうが集中的学習者より依然としてタイピングは速く、正確だった。

 今日、分散効果は心理学者や教師のあいだで広く知られており、休憩をとることのメリットや詰め込みのリスクを示していると見られている。しかしその真の原因はもっと直感に反するものだ。実は、職員たちを悩ませたフラストレーション(イライラ感)そのものが重要だったのだ。

 学習を小さな塊に分割することで、学んだことを忘れてしまう時間ができる。つまり次に学習を開始したとき、何をすべきか頑張って思い出さなければならなくなる。この一度忘れ、再び覚え直すというプロセスが記憶痕跡を強め、長期的により多くを覚えていられるようになる。

 1回あたりの学習時間を長くすると、この一旦忘れて学習し直すという、重要なステップがなくなってしまう。このプロセスはつらいからこそ、長期記憶が促されるのだ。

 このようにバッデリーの研究は、記憶は「望ましい困難」によって促されることを示す、初期の成果と言える。望ましい困難とは、その時点では学習成果にマイナスに思えるが、実際には長期記憶を促す効果のある学習上のハードルを指す。

学習で重要なのは今の満足度より、本質的な変化

 望ましい困難の他の例には「事前テスト」あるいは「生産的失敗」と呼ばれるものがある。テストとしてまだ学習していない事柄を聞いたり、解き方を教わっていない複雑な問題を与えることを指す。

 望ましい困難を取り入れると、教科書などの内容も改善することができる。さまざまな概念を凝縮し、見栄えのする図や箇条書きなども含めて、できるだけまとまりのある、わかりやすいかたちで提示することは、かえって長期記憶を妨げる

 生徒の多く、特に優秀な生徒は、専門的表現や微妙な言い回しを多用し、潜在的問題や矛盾する証拠を示す複雑な資料を読ませたほうが学習成果があがる。

 たとえばオリバー・サックスの難解な散文を読んだ人のほうが、箇条書きで内容を説明したわかりやすい教科書で学習した人より、そこに描写される視覚的イメージをよく覚えていた。

 いずれのケースも、教育システムが避けようとしているわかりにくさの要素が、生徒に多少のフラストレーションを感じさせ、より深い思考や学びにつながっていることを示している。

 「今の成績は、(情報が)現時点でどれくらいわかりやすいかという指標に過ぎない。しかし学習で重要なのは、時間が経った後に表れる本質的変化であり、その学習を別の分野に応用できるかだ」。

 UCLAの研究室でビョーク夫妻と会った際、ロバートが私に説明してくれた。「だから今の成績を学習の成果としてとらえると、多くの問題が出てくる」

 科学的な結論はすでに議論の余地のないものとなっている。すでに確固たる科学的証拠がそろっている。学習の分散化、インターリービング、生産的失敗といった望ましい困難を授業に取り入れることで、すべての生徒がより効果的に学習できるようになる、と。

 残念ながら、このような知見はなかなか浸透しない。バッデリーの研究した郵便職員がそうであったように、生徒、保護者、教師までもが誤った認識に基づいて、今日何かを楽に学べることが明日の成果につながると思い込んでいる。

 「誰もが間違った学習方法のほうを好むことが、実験で示されている。だから正しい方法を取り入れても、すぐに生徒の満足度は上がらない」とロバートは話す。

 エリザベスも同意見だ。「わからないということは否定的にとらえられがちだ。実際にはそれは何かを学び、深く理解するチャンスなのだが」

 これでは筋肉を鍛えるためにジムに行って、一番軽いダンベルしか持ち上げずに帰ってくるようなものである。ビョーク夫妻はこのような「メタ認知的誤解」は驚くほど根が深く、科学的根拠を見せられ、効果を実際に体験した人でさえ、なかなか考えは変わらないことを明らかにしている。

 その結果、望ましい困難を活用する学校はがっかりするほど少数にとどまり、わからない状態を受け入れることを学べば、はるかに効果的に学習できるはずの何百万人もの生徒が不利益を被っている。

「賢い」と自負がある人ほど引っかかりやすい知性の罠。なぜなら、高い学歴・学力があるからといって、高い思考力を持っているとは限らないからだ。「本当の賢さ」を伸ばす方法を研究に基づき徹底解説。

デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/1100円(税込み)