お酒が好きな人なら、なるべく健康を保ちながら飲み続けたいと思うもの。最近は「お酒が健康に悪い」という研究結果が明らかになっているが、それではなぜ健康に悪いものを飲んで「おいしい」と感じるのだろうか? シリーズ21万部突破の最新刊『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』(葉石かおり著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする。

ストレスがあると苦い酒が飲みたくなる
かつては、「酒は百薬の長」などといって、「ほどほどに飲む分には健康に良い」というのが常識だった。ところが今は、「少量でも体に悪い」という研究結果が次々と明らかになり、世の酒好きたちをうんざりさせている。
今さらだが、人はなぜ酒を「おいしい」と思うのだろう? 飲み始めた頃は「苦い」としか思わなかったビールも、ベテラン酒飲みになった今では心底「うまい」と感じる。
我々が酒を飲むのは、うまいと感じるから。マズければわざわざ飲まない。そこで、酒はなぜうまいのかという根本的な問いを、酒を含むさまざまな食品の味を分析している企業であるユーロフィンQKEN(旧・キューサイ分析研究所)のおいしさコンサルティンググループのマネージャーである肥田崇氏にぶつけてみた。
多くの酒飲みが感じているように、酒の味ほど奥深いものはなく、同じ酒でも味の感じ方が違うときがある。つまり、あるときはすごくおいしいと感じるのに、またあるときはイマイチだったりする。
「一般的に、人が『おいしい』と感じる味覚には、五味といわれる甘味、酸味、塩味、うま味、苦味のほか、渋味と辛味も関わってくると考えられます。それに加え、味わうときの『条件』にも影響を受けます。代表的なものとしては、生理的な条件、精神的な条件、習慣的な条件の3つです」(肥田氏)
確かに心身のコンディションによって、味の感じ方は変わってくる。筆者もテイスティングの仕事をする際は、数日前から酒や刺激物を抜き、体調を万全にしている。
「人間の感覚は繊細です。味の感じ方に影響を与える生理的な条件の例としては、人は空腹だと甘いもの(糖分)を欲します。お腹がすいているとき、カルピスサワーやマンゴーのカクテルといった甘いお酒を飲むとホッとしますよね。また体が疲れているときは酸っぱいもの(酸味)が欲しくなる傾向にあります。レモンサワー、梅干しサワーなどはその代表格です」(肥田氏)
そして体調面だけでなく、意外にも影響が大きいのが精神的な条件だ。
「ストレスがたまると、人は苦味を感じにくくなり、苦味を欲すると言われています。コーヒーに関しては、日本人は深煎りの苦くて濃いものを好む傾向にあります。イタリア人はエスプレッソにたっぷりの砂糖を入れますが、日本人は砂糖を入れずに飲んだりしますよね。それだけストレスがたまっている人が多いのかもしれません。ストレスがあると、ビールや、レモンサワーでも果皮の入った苦味のあるものをおいしいと感じやすいでしょう」(肥田氏)
先ほどの3つの条件のうち、習慣的な条件とはどのようなものだろうか。
「これは、飲み慣れているお酒は失敗がないし、自分の味覚にも合っているはずだから、間違いなくおいしいと感じる、ということです。それに、『これを飲まないと1日が終わらない』とか、『サウナの後はビール』といったように、自分の行動と結びつけて定番化していると、やはりおいしく感じます」(肥田氏)
「最初はビール」こそが、習慣化の1つだ。選択肢が多くなった今でこそ、最初にハイボールやレモンサワーを頼む人が増えたが、一昔前は「最初はビール」が常套句だった。その日1杯目に飲む酒は、酒飲みにとってはかけがえのないもの。「失敗したくない」と思うのは当然とも言える。
「腐ったもの」や「毒」の味がなぜうまい?
繰り返しになるが、体が疲れているときは酸っぱい酒が飲みたくなり、ストレスがたまっているときは苦い酒が飲みたくなる。酸味や苦味は、本来は「腐ったもの」や「毒」の味なのだが、なぜ我々はそれらを喜んで飲んでいるのだろう?
いや、もちろん、酒に酸味や苦味があるとはいえ、少量だからこそ、おいしく飲めているのだろう。酸味や苦味の成分が大量に含まれていたら、さすがに飲めないに違いない。
「お酒に限らず、酸味や苦味が含まれる食品をなぜ人間はおいしいと感じるのか。まず考えられるのは、味覚が成長によって低下するため、これまでの味や刺激ではもの足りなくなり、さらなる味や刺激を欲するようになるからでは、ということです。味を変化させるといっても、塩味や甘味などだけ変化させても飽きてしまうため、酸味や苦味を少しずつ加えて味の変化のバリエーションを増やしたのではないでしょうか。こうした経験によっておいしいと感じることで、さらに味の変化を楽しもうという意欲が湧き、嗜好(しこう)が変わってくると考えられます」(肥田氏)
そういえば、日本酒を作る杜氏たちも、「酸味や苦味は少量だとアクセントになる」と言っていた。基本的に、酸味や苦味は「オフフレーバー」と呼ばれ、日本酒の鑑評会ではマイナスポイントになりがち。しかし、これらが全くないとフラットな味になり、印象に残らない酒になってしまう。さじ加減が難しいのだが、腕のいい杜氏はこれらのオフフレーバーを巧みに使い、おいしい日本酒を醸(かも)している。
また、昨今、「酒は毒」などといわれているが、これは長期にわたって多くの酒を飲み続けると、摂取したアルコールなどの影響によって病気のリスクが上がるということであるはずだ。酸味や苦味を伴った体にとって悪い成分が「毒」になるという意味ではないだろう。
「食品に酸味や苦味が含まれるといっても、その成分量はほんのわずかです。人によって加減は異なりますが、苦味や酸味を不快と感じるか否かが適切な量の基準となります。最近、辛い料理が人気ですが、その辛さがおいしいと感じるレベルも人によってさまざまであるのと同じですね。苦味は甘味に対して1000倍も感度が高いと言われていますので、食品に含まれる濃度はごく少量でいいと考えられます」(肥田氏)
繊細で奥が深い酒の味を楽しみ続けるためにも、健康を保ちたいものだ。
[日経Gooday(グッデイ) 2025年3月18日付の記事を転載/情報は掲載時点のものです]
葉石かおり著、肝臓専門医 浅部伸一監修/日経BP/1760円(税込み)
