映画、ドラマと文化は表裏一体だ。アメリカ映画には多くの大統領が登場するが、日本人の知らない「政治の現実」が背景にはある。大統領選が関心を集める中、政治のプロをも唸(うな)らせる物語性とリアリティを両立させる3つのジャンルとは何か――。『アメリカ映画の文化副読本』(渡辺将人著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

「大統領もの」は人気ジャンル

 アメリカの映画ドラマで人気ジャンルのひとつに「大統領もの」がある。

 『リンカーン』『JFK』『ニクソン』など実在の大統領の史実に沿った作品はもとより、歴代の大統領に仕えたホワイトハウスのバトラー(執事)の目線からアメリカの時代の変遷を描いた『大統領の執事の涙』など異色作もある。ホワイトハウスには専属カメラマン、料理人のような人たちが政権をまたいで大統領一家に仕えている。彼らは歴史の目撃者である。

 架空の大統領が登場するサスペンスやコメディも多彩だ。大統領が環境問題のロビイストと恋に落ちる『アメリカン・プレジデント』、そっくりさんが「影武者」として昏睡(こんすい)状態に陥った大統領の代役を務める『デーヴ』、ハリソン・フォード主演のアクション『エアフォース・ワン』は空飛ぶホワイトハウス、大統領専用機の存在を知らしめた。

 史実と絡めたコメディもある。『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』はリチャード・ニクソン大統領とウォーターゲート事件をモチーフにしたコメディ。社会科見学で訪れた先のホワイトハウスで大統領に気に入られ、事件に巻き込まれていく。

 直接、大統領が主人公でなくても、『インデペンデンス・デイ』『アルマゲドン』など宇宙人来襲や災害など「この世の終わり」ものは人類代表の英雄的指導者としてアメリカ大統領が必ず扱われる。

強大な権力を持っているわけではない

 こうした作品を見ると、アメリカ人の大統領への特別な関心と尊敬をうかがわせる。だが、一般的なイメージに反して、アメリカの大統領は何でもできる絶対的権力者ではない。アメリカの建国者は「権力の分散」を意図した。連邦議会が思いのほか強い力を持っている。

 大統領に法案の提出権限はなく、議会を通過した法案を認めるか拒否するかしかできない。予算はすべて議会で作成される。立法は議員立法として、大統領と無関係に選挙区利益で行われる。大統領は議員に法案への賛否を拘束する権限もない。だから議会に「手足」を持たない大統領は孤立する。議会工作に長(た)けたベテラン議員に依存するしかない。

 アメリカの政党は弱いつながりしか持っていない。党議拘束もないし、政党幹部は公認候補の指名権すら持っていない。予備選挙や党員集会で、政党の公認候補を有権者が直接選ぶのだ。日本でいうところの党本部や党首が存在しない。大統領は党首ではない。完全小選挙区制で、議員の忠誠の対象は党ではなく、州と選挙区にある。

 そこでいきおいアメリカの政治玄人も唸(うな)らせるリアリティと物語性を両立させた作品は3つのジャンルに収斂(しゅうれん)される。スタッフ、大統領以外の権力、そして選挙だ。

重要なのは大統領との距離感

 1つめのジャンルは「スタッフなど裏方」の群像劇だ。この分野で金字塔を打ち立てた名作シリーズ・ドラマは『ザ・ホワイトハウス』だ。架空の民主党大統領、ジョサイア・バートレットに仕えるホワイトハウス「西棟」の補佐官たち、とりわけ広報チームの日々のオペレーションをつぶさに描いた。ビル・クリントン政権のホワイトハウスがモチーフとされていて、女性報道官として活躍するC・J・クレッグはクリントン政権で誕生した女性初の報道官ディ・ディ・マイヤーズがモデルだ。

 ホワイトハウスの権力で重要なのは大統領との「近さ」だ。それは政策はすべて政治的な判断に左右されるからだ。特定の政策が、その政策固有のすばらしさで実現することはまずない。支持率、選挙の近さ、メディアの関心を見て、政治的に可能な政策を選ぶ。そこで政策専門家ではなく、政務のスタッフが大統領顧問として異様な力を持つ。

 補佐官の中では執務室が大統領の隣の首席補佐官がバディ役として最高権力を与えられている。ジェラルド・フォード政権ではのちのブッシュ息子政権で国防長官、副大統領に就任するドナルド・ラムズフェルドとディック・チェイニーが首席補佐官を歴任した。

 補佐官は議会承認が要らず大統領のコネだけで就任できる。外交担当の国務長官、軍事担当の国防長官の地位は閣僚の中では高いものの、政策の決定権はホワイトハウスが握る。閣僚同士のパワーバランスは政権によりけりだ。ブッシュ息子政権1期目は国防長官(ラムズフェルド)が国務長官(コリン・パウエル)よりも力を発揮したが、2期目には国務長官が復権した。就任したコンディ・ライスが大統領と極めて近い関係だったからだ。

 アメリカは総じて閣僚よりも大統領補佐官に権限が集中していて、国務長官の頭越しにホワイトハウスの安全保障担当補佐官がものごとを決めてしまうことはよくある。

ホワイトハウスで権力を握る者にとって重要なのは、大統領との「近さ」だ(写真:lucky-photo/stock.adobe.com)
ホワイトハウスで権力を握る者にとって重要なのは、大統領との「近さ」だ(写真:lucky-photo/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

「生き残り」をつくるための待機要員

 2つめのジャンルは「大統領以外の権力」に光を当てるものだ。議会や州知事との駆け引きかもしれないし、平時の「無力」ポストが異常に力を持つ物語も面白い。

 『ハウス・オブ・カード 野望の階段』では、連邦下院議員を主人公にした地味さがリアリティを増した。アメリカの内政官庁には日本の中央官庁のような強大な権限は存在しない。立法も予算も連邦議会主導だ。大統領の政党が議会で少数派になると、とたんに法案が通りにくくなる。

 『バイス』に描かれるブッシュ政権は政権末期の中間選挙まで共和党多数の議会だった。上院は連邦判事や閣僚の承認、条約の批准(ひじゅん)の権限があるが、下院には予算の先議権があるので副大統領のチェイニーは「金の蛇口」として重視した。

 そもそも副大統領は大統領に不測の事態があったときに繰り上がる以外は「閑職」で、ブッシュ政権のチェイニーはきわめて例外的だ。コンビで戦う選挙中が華。就任後一転して影が霞(かす)む。ニクソン大統領の辞任劇では副大統領だったフォードが繰り上がった。

 閣僚にも格差がある。国務長官と国防長官、司法長官、財務長官は特別だし、貿易が懸案の政権では通商代表、国連大使もアメリカでは政治任命の「閣僚」で重要なポストだ。

 一方、政権や政党、時代の波にもよるが、内務長官、教育長官など内政閣僚は大統領との距離も遠く、発言も重視されにくい。

 では、住宅都市開発庁長官というさほど重要ではない閣僚が今日から大統領代理を務めることになったら、世界はどうなるか。この「もしも」に挑戦したのがドラマ『サバイバー 宿命の大統領』だった。

 年に一度、大統領が施政方針を述べる一般教書演説には、副大統領、閣僚、最高裁判事、連邦議員が勢揃(せいぞろ)いする。つまりテロリストに会場の連邦議会を狙い撃ちされたら連邦政府の指導層が一瞬で消える。「生き残り」をつくるために、閣僚で1名、議員で1名、演説に参列せず、ワシントン近郊の政府の施設で待機する。この制度自体は実在のものだ。このドラマをきっかけに「待機要員」の経験者が経験談を語りはじめ周知となった。

 トルーマン、ジョンソン、フォード。大統領の死亡、暗殺、スキャンダル離任など理由は異なれど、戦後アメリカの「繰り上がり」大統領は「棚ぼた」と陰口を言われるハンディを負う。それでも彼らは副大統領候補として選挙戦を勝ち抜いている。

 『サバイバー 宿命の大統領』のケースはその副大統領ですらない。安全保障に疎いナイーブな元住宅都市開発庁長官の臨時大統領はとにかく「決断」できない。選挙の洗礼もなしに、二線級の閣僚が臨時で務める大統領にカリスマ性などない。アメリカでは一国一城の主人である州知事に見下されるのも当然だ。

保守もリベラルもひっくり返る?

 3つめは選挙と有権者にフォーカスしたものだ。『パーフェクト・カップル』はクリントン大統領の1992年の選挙戦の内幕を暴いた原作本『プライマリー・カラーズ』の映画化だ。女性スキャンダルを乗り切る最善の方法は、夫婦でテレビに出て夫人が支えることだ。妻が叱って赦(ゆる)したならもういいではないかと火消しができる。実際にクリントン夫妻が予備選で使った戦術の数々が映画には見事に再現されている。

 テレビCMによるネガティブ・キャンペーンやターゲット有権者への擦り寄りを下品に描いたのは『チョイス!』である。架空の現職の共和党大統領と民主党の挑戦者が争う大統領選。開票したら全米州の選挙人数が同数で、残りはニューメキシコ州。その同州も票がタイという確率的にあり得ない設定だ。

 電子投票機の不具合で投票が無効になった男はトレーラーハウス暮らしの無党派。10日後の彼の「再投票」までのたった一人に向けた選挙キャンペーンを描いた映画だ。

 電力会社の献金をもらう大統領は新規のダム建設を推進していたが、男の釣り場の川が干上がるとわかると建設を中止。環境保護団体の喝采を浴びる。男が不法移民に言及すれば、民主党候補は国境警備強化を謳い、ゲイを擁護したと勘違いされれば、共和党大統領が警官や軍人など右派に尊敬される職場での同性愛の権利推進を約束する。

 本来の保守とリベラルがどんどん逆転していく。たった一人の票を獲得するために、原則を放棄する矛盾が面白おかしく描かれる。

 『チョイス!』には、保守派が好んで観戦するカーレース(NASCAR)の伝説のレーサーのリチャード・ペティ(共和党支持を公言)、アメリカを代表するミュージシャンのウィリー・ネルソン(同じく民主党支持を公言)が本人役で出演。彼らが両党の候補の「応援セレブ」として票集めに手を貸すのも、アスリートや芸能人が政治にもろに関わるアメリカのリアルを反映していた。

 だが、「本人役」といえば、かつてテレビのリアリティショー『アプレンティス』で人気者になったドナルド・トランプが2017年に本物の大統領領になった。そして今回、2期目に再挑戦。共和党予備選では向かうところ敵なしだ。まさに「現実は映画より奇なり」。大統領選挙の年は、政治作品の旧作・新作の鑑賞はひときわ愉(たの)しいものだが、映画と現実、どちらがシュールか。一昔前には思いもよらない時代に突入している。

鑑賞必携の「隠し味」ガイド

<7つの文化>でひもといていく「アメリカ」。おなじみの著名作品から日本では劇場未公開の知られざる個性派作品、Netflixオリジナル作品やAmazonプライムなど配信系オリジナルの映画ドラマまで数多くの作品を幅広く紹介。文化が分かるとドキドキや泣き笑いが真に迫る! すべての映画・ドラマファン必読の1冊。

渡辺将人著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)