映画、ドラマと文化は表裏一体だ。アメリカ映画ではしばしばチャイナタウンやチャイニーズが登場するが、世界に広がる華人社会の本質、実態を理解すれば、さらに作品が愉(たの)しめる。2023年のアカデミー賞で作品賞など7部門を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称『エブエブ』)で描かれた中華系移民の意外な実情とは何か。『アメリカ映画の文化副読本』(渡辺将人著)から抜粋・再構成して解説する。

『グレムリン』のモグワイ(悪魔怪物)

 マイノリティの中でも、言語(文字)から宗教から何から何まで数千年に及ぶ独自のルーツをアメリカに持ち込む異質な集団がアジア系だ。その「神秘」の象徴が「チャイナタウン」である。

 実際にはコリアンタウンもあればインド人街もあり、アジア系内部は細分化されている。しかし、アメリカに最初に誕生した「理解できない世界」は、歴史を紐解(ひもと)くと広東移民によるチャイナタウンだった。

 アメリカの「チャイナタウン」は歴史的には移民が身を寄せる阿片窟(あへんくつ)的なゲットー扱いで、香港にかつてあった無法地帯「九龍城」のような猥雑(わいざつ)さに魅力がある。1930年代のロサンジェルスを舞台にした社会派クライムサスペンス『チャイナタウン』のように、映画にはその表象が随所に埋め込まれている。

 1980年代映画を代表する人気作『グレムリン』に登場する「モグワイ」とは広東語で悪魔怪物を意味する。発明家の父がチャイナタウンで息子への贈り物を探す。掘り出し物探しにうろついて怪しげな骨董品屋で、魔法使いのような風貌の謎めいた店主からモグワイという小動物を手に入れる。

 『グレムリン2』ではドナルド・トランプがモデルの不動産王が、ニューヨークのチャイナタウンの再開発でこのモグワイを所有していた骨董品屋を取り壊す設定も出てくる。

 チャイナタウンの奥地にはモグワイのような謎めいた生物が売られているのかも。容易に足を踏み入れにくい魔界。それがチャイナタウンに当てはめられた記号だ。ステレオタイプではあるが、ある側面の「現実」を反映している。

 ただし、必ずしもヘイトや差別の対象ではない。西洋文明でははかり知れない神秘への尊敬のような気持ちも込められているからだ。

 『マイ・ライフ』では、広告業界で成功する男が妻の妊娠と同時に自分がガンにおかされていることを知り、生まれてくる子どもにビデオメッセージを残す。西洋医学では治せないと知った主人公は、町外れのチャイナタウンで東洋医学にすがる。気功師のような男は主人公の家族をめぐる精神的なトラウマを癒やす。

 特殊な能力による「切り札」としてチャイナタウンの中華系が描かれることが少なくない。西海岸のニューエイジ信仰にもつながる。マーシャル・アーツ(武術)への尊敬も同じだ。

『エブエブ』が面白くなる中国語事情

 アメリカの映画、ドラマでは、中国語を話す人物も登場する。

 中華系、中国語というと単色に塗り潰されてしまうが、言葉、特に方言には要注意だ。ミシェル・ヨー主演で2022年に大ヒットした『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は中国語の方言知識があると面白くなる。

 広東省から駆け落ちで渡米した中華系の夫妻はコインランドリーを経営している。一人娘は生意気盛りで母親は気持ちが通わせられない。この娘がレズビアンであることを受け入れられないこともある。

 店の税務処理で税務署に呼び出されるところから、複数の異次元の世界(マルチバース)と行ったり来たりするSF要素がふんだんに盛り込まれたコメディだ。

 圧巻なのはセリフに占める中国語の総量である。ハリウッドのメジャー作品でここまで本格的に英語以外の言語をちりばめるのは珍しい。

 コインランドリーの一家は家庭では北京語を話すが、広東出身なので母語は広東語という設定だ。主人公エブリンを演じる俳優ミシェル・ヨーはマレーシア出身の華人。母語は英語で広東語は事後に学んだというヨーの劇中の北京語に訛(なま)りがあるのもリアリティを増す。

 映画冒頭では祖父が中国から訪れるが広東語しか話せないので、英語と北京語しかできない孫とは意思疎通できない。だが、広東語と北京語が相互にまるで通じないことを知らないと笑えない。

 アメリカの中華系移民が話すのは歴史的にも圧倒的に広東語ばかりで、広東から来た一家がアメリカでわざわざ北京語に切り替えているのは不自然だ。セリフを全部広東語に統一させなかったのは、おそらく娘役のステファニー・スーなど若い中華系の女優が広東語を話せないからだ。広東語話者が北京語を話すことはできても逆は難しい。

NY恋愛映画に頻出する華人街、2つの性格

 スペイン語よりも多様で異国感があるアジア言語は、映画ドラマでもアクセントの記号となる。

 『キューティ・ブロンド』では、登場人物の白人女性が、ネイルサロンでベトナム系のネイリストに向けて突然ベトナム語をしゃべり始めるシーンがある。あまりにネイルサロンに入り浸り、アジア移民のネイリストの母語まで覚えてしまったという誇張だ。難解なアジア言語を一般の白人が話せるようになることはまずないという前提があるから笑いになる。

 アメリカのチャイナタウンが、エキゾチックな空間として観光地やデートスポットの扱いを受けていないわけではない。ニューヨークの恋愛映画には、かなりの頻度でチャイナタウンでのデートの場面が出てくる。

 ライバル的な一流シェフの男女が恋に落ちる恋愛映画『幸せのレシピ』では、デートでチャイナタウンのベイヤード街に繰り出す。サフランソースの秘密の具材、コブミカンの葉が入手できるからだ。2人が買い物をするのは「鴻利西瓜菜」。実在の商店で、コロナ禍でも住民のために開店し続けた。

 華人街には「観光チャイナタウン」「生活チャイナタウン」の2つの性格がある。

 ニューヨーク3大華人街の中では、マンハッタンのチャイナタウンは両方のハイブリッド型で古い広東移民の生活の場でありながら外来者のデートスポットでもある。

 クイーンズやブルックリンのチャイナタウンは生活拠点色が強く、一般の映画シーンに出てくることは少ない。

ニューヨークのチャイナタウン。ニューヨークには「観光チャイナタウン」と「生活チャイナタウン」がある(Jannis Werner/stock.adobe.com)
ニューヨークのチャイナタウン。ニューヨークには「観光チャイナタウン」と「生活チャイナタウン」がある(Jannis Werner/stock.adobe.com)
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「中華系アメリカ人」と中華圏の華人の壁

 歴史ドキュメンタリーではなくハリウッドの娯楽大作で、キャストがアジア系だらけの映画はほぼ前例がない。『クレイジー・リッチ!』はアジア系映画史を塗り替えた爆弾作だった。

 ニューヨークで出会った中華系アメリカ人女性レイチェルとシンガポール人男性のカップルは結婚秒読みの「シリアス」な付き合い。彼氏の里帰りに同行するが、彼氏の実家がシンガポール最大の富豪だとわかる。しかも、親族が中華圏各地で財をなしていた。

 金持ち一族の「クレイジー」でド派手な金遣いが大げさで笑いが止まらないが、隠れたテーマはアメリカ育ちの2世以降の「中華系アメリカ人」と、香港、台湾、中国、シンガポール、マレーシアなどの土着の華人の文化の不和だ。アメリカ人が「アジア人」とくくっておしまいにする世界の中の「見えない壁」だ。

 レイチェルだけが「アメリカ人」で、残りは中華圏に居住している華人。シンガポール人の彼氏も外国人で、レズビアンで個性派の親友も留学後はシンガポールの実家に戻っている。

 主役の「中華系アメリカ人」の母娘の孤立感がひたすら切ない。アメリカ生まれの華人のことをアメリカン・ボーン・チャイニーズの略で「ABC」と呼ぶ。彼らが中華圏に「帰省」すると様々な不和が起こることがある。

 中国大陸から台湾、香港、シンガポールなどに散り散りになっている華人は、国民国家を横断して複数の国に親族を抱える。富裕な一族や華商でなくても、共産化した中国から他地域に出ていった人たちの親族交流は、国際政治の変容とは無関係に継続している。

 だが、アメリカやカナダなど白人系の移民国家で世代を重ねると、そこにはある種の断絶も生まれる。この映画は正面から政治を扱うことは巧妙に避けているが、民主主義社会との政治的な断絶もある。

貧しい移民だけがアメリカに溶け込む

 『クレイジー・リッチ!』はハリウッド映画なので、移民して苦労して子育てした労働者、つまり主人公の母娘に同情的だ。留学や投資をするアメリカ在住者でも、貧しい同胞移民を見下す態度へのそこはかとない批判が滲(にじ)む。

 こうなるとエスニック論ではなく階級論だ。インド系でも中東系でも、出身国のカーストの上位にいるなど富裕な滞在者は基本「アメリカ」を消費はするがアメリカ人にはならず、失うものがない移民だけが死ぬ気でアメリカに溶け込む。アメリカ社会は今でも後者を賛美する。

 アメリカの最後の砦(とりで)である「教育」への希望と誇りが底流にある。映画で富豪の華人に見下されるレイチェルに忍ばせた反撃の記号は、軍事力でもウォール街のマネーでもない。「ニューヨーク大学教授」「経済学博士」という知のブランドだ。

 習近平国家主席とオバマ元大統領の娘は同時期にハーバード大学にいた。権威主義国の指導層ならば自国の国産学位にこだわるわけではない。良い教育を与えたい一心でアメリカで学ばせる現象は実に興味深い。あくまで「一方通行」で逆側の現象は起きていない。大学がアメリカの究極の資産と言われる所以(ゆえん)だ。

「アメリカ人」でもあり「台湾人」?

 主役のレイチェルが冒頭、彼氏の親族との交流を甘く見て「チャイニーズはみな同じよ」という。そのときのChineseは「華人」の意味だが、若い世代には内外文化ギャップの認識に甘さもある。レイチェルの母もミシェル・ヨー演じる彼氏の母も「あなたはアメリカ人だ」と繰り返す。

 少し例外的なのは台湾系だ。この映画では触れられていないが、台湾とアメリカは相互に二重国籍を認めている。台湾系アメリカ人は4年に1回、総統選で投票のために台湾に帰る。

 私がかつて2000年にニューヨークの民主党選挙本部で華人社会への集票戦略を担当したときに一番苦労したのが、この台湾系の複雑さだった。清朝末期以降のオールド広東系移民とは違う中華民国出身華人、1949年以降の台湾出身華人、そして台湾アイデンティティの強い新世代の台湾系。台湾政治色分けでの国民党寄りの「藍」色から、民進党寄りの「緑」色まで、千差万別だ。

 台湾の政治アイデンティティ分断をそのまま米社会に持ち込んでいた。クイーンズの「リトル台北」では台湾語も飛び交う。地域指導者の会合席次、広報物や挨拶の依頼言語、他派閥との接触回避。一歩間違えば面子(めんつ)を潰し、陣営を支持してくれない。アメリカの選挙で成果を出すために、芋づる式に台湾政治に習熟する必要が生じた。

 『クレイジー・リッチ!』で、23年も前にニューヨークで経験した悪戦苦闘をふと思い出したりした。

鑑賞必携の「隠し味」ガイド

<7つの文化>でひもといていく「アメリカ」。おなじみの著名作品から日本では劇場未公開の知られざる個性派作品、Netflixオリジナル作品やAmazonプライムなど配信系オリジナルの映画ドラマまで数多くの作品を幅広く紹介。文化が分かるとドキドキや泣き笑いが真に迫る! すべての映画・ドラマファン必読の1冊。

渡辺将人著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)