イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターが生み出したイノベーションはそれぞれ異なりますが、「思考の型」は共通しています。第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第10回では、ピーター・ティールやイーロン・マスクが重視する「第一原理思考」を取り上げます。 =敬称略
多くの天才的なイノベーターに共通するのが「第一原理思考(First Principles Thinking)」です。業界や製品のあらゆる常識、前提を疑い、そこから絶対に疑えない根本的な原理(第一原理)を見つけ出し、ゼロベースで従来と異なる解決策を見つける思考法を指します。
「成功者は方程式でなく第一原理からビジネスを捉え、思いがけない場所に価値を見出している」。米国のパランティア・テクノロジーズやペイパルの共同創業者として知られるピーター・ティールは著書『ゼロ・トゥ・ワン』でこう述べています。
ティールがここで言及している“方程式”とは、他者のやり方を「公式」のように使ってそのまま真似することです。優れた起業家は、常識や前提を疑い、第一原理から思考することで、ゼロから1の価値を生み出している、とティールは主張しています。
本連載の第8回(「百科事典」と呼ばれたイーロン・マスク イノベーションの源泉は猛烈な読書」)や第9回(「アマゾン創業者ベゾスが実践 異業種の「最強の型」を盗むアナロジー思考」)で述べたように、イノベーターにとって、知識の幅を生かしてこれまでにない組み合わせを見つける「アナロジー思考」はもちろん大事ですが、そのうえで、第一原理に立ち返って思考することが破壊的なイノベーションを実現する力になります。
第一原理思考が強力なのは、「過去の制約」に縛られない思考法だからです。既存の製品やサービスは、多くの場合、歴史的な経緯や過去の技術の積み重ねによって形づくられています。それらを一度捨て去って、構成要素のレベルから、今、利用可能な最新のテクノロジーや理論を活用して最適解を考えることにより、従来の延長線上にはない、飛躍的な成果を生むことが可能になります。
第一原理思考を最も体現しているイノベーターといえるのがイーロン・マスクです。AI(人工知能)や宇宙などのテーマを取り上げるブログ「Wait But Why」を運営するライターで起業家のティム・アーバンが2015年にインタビューした際に、マスクは第一原理について次のように語りました。
「人々の思考プロセスは、慣習や過去の経験に基づくアナロジー(類推)に縛られすぎている。人々が第一原理に基づいて何かを考えようとすることはほとんどない。『これまでずっとそうしてきたから、そうしよう』とか、『誰もそんなことをしたことがないから、それは良くないに違いないのでやらない方がいい』と考えてしまう。しかし、それはとてもバカげた考え方だ。物理学には『第一原理に立ち返れ』という言葉がある。根本的な原理に目を向けて、そこから推論し、それから自分が考える結論が正しいかどうかを確かめるべきだ」(Tim Urban:The Cook and the Chef: Musk’s Secret Sauce, November 6, 2015)
多くの人がイノベーションを起こせないのは、「業界のリーダーや先行者がやっていることは正しい」「違うやり方をしてもどうせうまくいかないと思い込んでしまうからだ」ともマスクは指摘しています。
もちろんイノベーターにとって知識の幅とアナロジー思考は極めて重要で、マスク自身も実践しています。ある分野の優れたアイデアを別の分野に応用することが、イノベーションを起こす強力な武器になることは間違いありません。
しかしながら、アナロジーに縛られすぎて、すでに世の中にあるものを単純に模倣するだけでは、本質的なイノベーションは生み出せないというのがマスクの主張です。それは、学習してきたさまざまな知識や前提をいったん捨て、原点に立ち返って物事の本質は何かを考え抜くことが大事だとも言い換えられます。
修行を極めた禅の高僧はいったん全てを捨て去る
ホンダジェットの開発者でホンダ エアクラフト カンパニー元社長兼CEO(最高経営責任者)の藤野道格さんを、一橋大学特任教授の楠木建さんと一緒に取材した際に、次のようなコメントが印象に残りました。
「歴史を学び過去を知り、理解することはとても意味のあることだと思います。ただ、注意しなくてはいけないのは、過去を学ぶことだけに注力してしまうと、逆に過去に縛られてしまうリスクもあることです。禅の⾼僧は極限まで修行した後に全てを捨て去ることで悟りの境地に入る、といいます。言い換えれば、悟りを得るためには(本質を極めた後に)全てを一度捨て去るというようなところまで⾏かないとダメだということだと思います。実はイノベーションを起こすエンジニアにも同じようなことが必要だと思います」
読書や対話などを通じてとことん学んだうえで、いったんそれを捨て去り、ゼロベースで考え直す。すでに持っている知識を破棄して思考をリセットする「アンラーン(unlearn)」を実行したうえで、ゼロから改めて思考することがイノベーターには必要だという藤野さんの考え方は、マスクの第一原理思考とも共通しています。新刊『天才思考』で詳しく説明したように、優れたイノベーターはアナロジー思考と第一原理思考の両方を駆使しています。
次回の記事では、マスクがスペースXで再利用可能なロケットを開発する際に、第一原理思考をどのように活用したのかを取り上げます。

[日経ビジネス電子版 2026年4月20日付の記事を転載]
山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)
