イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターが生み出したイノベーションはそれぞれ異なりますが、「思考の型」は共通しています。第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に徹底解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第11回では、マスクが第一原理思考を活用してスペースXをどのように成功に導いたかを読み解きます。 =敬称略

 イーロン・マスクがスペースXやテスラの経営において大事にしている「第一原理思考」とはどのようなものなのでしょうか。

 具体的には、次のような3つのステップがあります。

  • ステップ1:常識を疑い、前提は何かを特定する
  • ステップ2:見つかった問題を基本要素に分解する
  • ステップ3:ゼロベースで問題解決の方法を考える

 この3つのステップをスペースXに当てはめて考えてみましょう。

 2001年に、火星を目指すために必要な宇宙ロケットの検討を始めた際に、マスクはロケットを自ら生産するのではなく、購入することを視野に複数の航空宇宙メーカーを訪問しました。しかし宇宙ロケットは非常に高額で、1機当たり最高で6500万ドル(約100億円)する可能性がありました。

 なぜここまで高額なのかを突き止めたいと考えたマスクは、第一原理思考のステップ1に当たる「前提は何かを特定する」作業を実施しました。

 宇宙ロケットのコストは、1段目と2段目のロケット本体、エンジン、燃料タンク、人工衛星などを格納するフェアリング、電子機器などのハードウエアと、燃料、地上設備などで構成されます。

 コストに占める比率が最も大きいのがハードウエアで、その材料コストにマスクは着目します。「アルミニウム合金、チタン、銅、炭素繊維などの材料の商品市場での価値を調査したところ、実はロケット全体の価格の約2%に過ぎないことを発見した」(マスク)

 材料は安いのに、宇宙ロケットのコストが高くなるのはなぜでしょうか。

 1つの理由は、ロケットメーカーが部品の設計・製造を外部のサプライヤー(下請けメーカー)に委託する「水平分業」が前提になっているからです。例えば、池井戸潤の小説『下町ロケット』では、ロケットメーカーの帝国重工からロケットエンジンに使うバルブシステムの開発を委託された部品メーカー、佃製作所の奮闘が描かれています。下請けメーカーにとっては、1モデル当たり何万台も生産する自動車と違い、1年に数機しか製造しないような宇宙ロケットの部品は、材料費が安くても開発コストがかかるため、高くないと採算が取れません。

 もう1つの理由は、当時の宇宙ロケットは「使い捨て」が前提になっていたことです。高価なエンジン、燃料タンク、電子機器などを含むロケットを、一度打ち上げただけで使い捨てにしていました。構造疲労や金属疲労の懸念があるうえ、ロケットのエンジンを再点火して、姿勢を制御し、地上に帰還させるのは技術的に困難と見られていたからです。

 このようにしてマスクは現在の宇宙ロケット開発の前提が何かを突き止め、どのような問題があるのかを明らかにしました。

見つかった問題を基本要素に分解する

 ステップ2が「見つかった問題を基本要素に分解する」作業です。

 水平分業が高コストにつながる問題を基本要素にまで分解すると、ロケットメーカーが自前でさまざまな部品を開発する場合、多くの技術者が必要で手間もかかることが挙げられます。専門性が高い部品メーカーでないと信頼性の高い部品を開発するハードルは高くなります。

 次に宇宙ロケットが使い捨てであるという問題を分解すると、まず再利用するためには本体の強度を高める必要があります。さらに地球に帰還する際に生じる高熱に耐えるための耐熱シールドや誘導装置、再着陸のための脚などが必要になります。このため再利用できるロケットは質量が大きくなり、打ち上げられる人工衛星などのペイロード(有料貨物)の最大積載量も制限されがちです。

ゼロベースで新しい問題解決の方法を考える

 そして3番目のステップが「ゼロベースで問題解決の方法を考える」です。

 ステップ1で定義した前提と、ステップ2の基本要素にまで分解した問題を踏まえて、マスクはスペースXで、水平分業モデルではなく、できる限り自前で部品まで開発する「垂直統合モデル」を採用します。

 実際に米カリフォルニア州ホーソーン市にあるスペースXの工場では、ロケット本体に加えて、エンジン、電子機器の8~9割を自社で製造していたそうです。マザーボード、センサー、フライトコンピューター、ソーラーパネルなども独自に設計しています。ただし、特別な設計が不要で安価な市販品で代用できる部品は、できる限り利用する方針を採りました。

 宇宙ロケットを使い捨てにする問題については、ロケット全体ではなく、まず1段目のロケットを再利用する道を選びます。ロケットのコストの6割以上を1段目が占めているからです。1段目は飛行中の最大推力を生み出す大型エンジンと最大容量のタンクを搭載するため、大型で高い性能が求められ、コストがかさみます。このため1段目のロケットを再利用できるなら、打ち上げコストを大幅に引き下げることが可能になります。

 再利用可能な宇宙ロケットというと、スペースシャトルもそうだったのではないかと考える人も少なくないでしょう。しかしスペースシャトルは、宇宙空間にオービター(航空機に似た宇宙船)を送るために使う、巨大な外部燃料タンクは使い捨てでした。しかも再利用可能な宇宙船のオービターは、大気圏に再突入するために2000度近い高熱に耐える必要があり、非常に高コストな設計となっていました。

 一方のスペースXは、エンジンと燃料タンクを含む1段目ロケットを回収して再利用します。1段目のロケットは高度60~90キロメートルに達すると、2段目と分離します。宇宙と定義される「カーマンライン」は高度100キロメートルで、スペースXの1段目のロケットは「宇宙に入る直前」で、2段目のロケットにバトンを渡す設計になっています。1段目ロケットが地上に帰還する際の速度と温度の上昇を抑えやすいからです。切り離された1段目ロケットは本体の上部にあるノズルからガスを噴射して、機体の向きを180度回転させ、いったんエンジンを再点火して姿勢を制御し、地上に帰還します。高価な1段目ロケットの再利用が可能になった結果、大幅なコスト削減が実現しました。

 マスクは、このような第一原理思考により、前提を特定して定義し、次に問題を分解して、ゼロから新しいソリューションを発想したのです。スペースXの再利用可能なロケットは前例がない無謀な挑戦と見られていましたが、マスクは数々の失敗を乗り越えて成功に導き、打ち上げコストの劇的な削減を実現させました。

イーロン・マスクは第一原理思考を徹底することでスペースXを成功に導いた(写真=Steve Jurvetson)
イーロン・マスクは第一原理思考を徹底することでスペースXを成功に導いた(写真=Steve Jurvetson)

日経ビジネス電子版 2026年4月22日付の記事を転載]

天才になれなくても、天才の思考法は誰でも学べる。イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才イノベーターの成功は「思考の型」から生まれています。『天才思考』では、第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に詳細に解剖します。

山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)