
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第31回。
書店業界のゲームチェンジャー、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の蔦屋書店は、デジタルシフトではなく、「人」を中心にしたマニュアルシフトを極めることで、独自の存在感を確立している。本が売れない時代に、前年比104%の売り上げと、直営店16店で年間5000万人を集客。その背景にある、CCCのもっと大きなゲームチェンジの構図とは?
蔦屋書店のマニュアルシフトの象徴が、コンシェルジュと名付けた書店員の存在だということを、このインタビューの第1回、第2回で事例とともにうかがいました。
鎌浦:蔦屋書店では、「文学」「人文」「歴史」などのBOOKジャンルに加えて、ライフスタイル提案のジャンルとして「旅」「食」「こども」「アート」「住まい・暮らし」「美容・健康」「スポーツ・アウトドア」「クルマ」「ワークスタイル」「ファッション」「エンタメ」「文具」の12項目を設定しています。それぞれに、文学コンシェルジュ、旅コンシェルジュ、住コンシェルジュと、経験と知識を持つプロフェッショナルを置いて、お客さまにとっての文化的なパートナーを目指してきました。

前回は、梅田 蔦屋書店の店長・文学コンシェルジュである北田博充に話を聞いていただきましたが、全国の蔦屋書店に名物コンシェルジュがいて、活躍しています。たとえば広島 蔦屋書店の文学コンシェルジュ、江藤宏樹は2017年から読書会を毎月開催し、その数は現在で86回に上っています。
86回も。継続は力なりですね。
鎌浦:その通りです。SF、ミステリー、ノンフィクション、純文学と内容は多岐にわたり、ビブリオバトル(※)で盛り上がる回もあります。
本の売り上げがしぼむ中で、書店の現場は、毎日、取次から配本される新刊本の品出しに追われて疲弊しています。
だからこそ、蔦屋書店では、お客さまがどんな本を求めているのかを、現場での会話から理解して、そこから生まれるライフスタイルも含めて、能動的に動きたいと思うのです。実際、コンシェルジュの媒介によって、本好きな人たちが語り合える場をつくることは、大きな効果を生みます。
セールスレコードをつくった「3冊の本」フェア
店舗のアイデアや取り組みは、すべて「本を売ること」に着地していくのですか。
鎌浦:はい、私たちの一丁目一番地は、まさに本を売ることです。コンシェルジュは、売りたい本を、思うだけではなく、実際に売っていくために、様々な工夫をしています。
たとえば広島の江藤がもう一つ発案した「3冊の本」というフェアでは、売ると決めた本を中心に、その本のテーマがより多義的になる関連本を2冊加えて、3冊での平台展開を行っています。このフェアの形は、他の蔦屋書店でも水平展開して、200~300冊規模のセールスレコードをつくっています。
また北海道の江別 蔦屋書店(江別市)では、料理書を中心にした出版社さんと協業して、子どもたちのお菓子教室など、お客さまが楽しくなるような料理イベントを催しながら、お菓子本ジャンルではTSUTAYA、TSUTAYA BOOKSTORE、蔦屋書店など、当社が展開する全国店舗のなかでナンバーワンのセールスを上げています。
顧客と共感し合えるタッチポイントを、いかに増やしていくか、なんですね。それこそ昭和時代は、まちの本屋さんで、「SFなら、どれが面白いですか?」「そりゃあ、この本ですよ」といった、幸せな会話がありました。それがいつの間にか、「〇〇は、どの棚ですか?」みたいな、実際的な会話しかしなくなって。
鎌浦:お客さまと書店員の会話は、以前は普通にありましたよね。その光景を私たちは取り戻したいんです。蔦屋書店では今年(25年)秋に、コンシェルジュバッジを更新しました。全国約100人のコンシェルジュはみな、このバッジを付けていますので、ぜひお声をかけてください。もちろん、バッジを付けていない店のスタッフにも、どんどんお問い合わせください。

コンシェルジュはBtoC(消費者向け)だけの存在ではなく、社外のクライアントとの協業イベントも企画しています。NPO法人のご依頼で、SDGs(持続可能な開発目標)教育につながる自然関連の本棚をプロデュースしたり、食品メーカーさんのサンプリング配布&試食会とともに、料理関連の棚や平台をつくってプロモーションを行ったりと、いろいろな展開ができています。
コンシェルジュは社内だけでなく、BtoB(企業間取引)のクライアントワークも担っている。「書店再興」シリーズでは、「本屋B&B」の内沼晋太郎さん、「かもめブックス」の栁下恭平さんといった、独立書店のオーナーがそのように事業領域を広げている話を聞きました。(「新刊書店は成り立つことを『本屋B&B』で証明したい」)(「本を読むには40分間の『オフライン』が必要だ」)
個人のフットワークの良さが、ゲームチェンジを招いている例ですが、産業として見た時に、独立書店では、やはりスケール(規模)の限界はあります。蔦屋書店では、丸善ジュンク堂書店、紀伊国屋書店といった大手書店とはまた別の視点で、領域拡大を行っている。それは業界全体へのインパクトになると思います。
鎌浦:私たちにとって大手書店さんも、独立系書店さんも、競合相手ではなく、リスペクトする存在です。業態やビジネスモデルの違う書店が、協調路線で業界全体の活性を目指すべきだと考えています。
ネットを否定せず、ネットで代替されない価値を
原点の質問になりますが、蔦屋書店は既存の大型書店と、どこが違うのでしょうか。
鎌浦:代官山 蔦屋書店を11年にオープンした時、「興隆するネットを否定するのではなく、ネットに代替されないリアルの価値を、スケールとともに追求する」ことを基本に置きました。あくまでも書店ですが、その価値を「木々に囲まれた風景」や「コーヒーの香り」に置き換えて、受け身の“検索”ではなく、能動的な“提案”によって本を売ろうとしたのです。そのアプローチは独自なものだと考えています。

11年のオープンから十数年がたち、AI(人工知能)が力を持つ世の中になっていますが、その能動性は変わらないですか?
鎌浦: AIは問いを与えないと答えは返ってきませんよね。店舗にいるコンシェルジュは問われなくても、「この本が面白いですよ」「この本を読んでみると、あなたの生き方が変わりますよ」といった、能動的な働きかけができます。
ライフスタイルを提案するために、コンシェルジュを育成し、そこで新しい読者、ユーザーの方々に空間価値や体験価値を提供する。その方法論はCCCの中では不変です。
テクノロジーの潮流が押し寄せる中で、「うちはコンシェルジュという『人』中心でいく」というCCCの核心は、世界的に見ても独特です。代官山 蔦屋書店の大胆な設計は、世界の先端である台湾の「誠品書店」を参考にされたといわれていますが、それは本当ですか?
鎌浦:空間のつくり方として、たくさん勉強させていただきました。それとは逆に、私たちがスターバックスと協業する「ブック&カフェ」など、蔦屋書店の取り組みを、誠品書店さんが参考にされた例も多いのです。
そうなんですね。
鎌浦:私たちがブック&カフェをスタートした時、台湾のことをよく知る日本人から、「台湾人は座ってお茶を飲みながら、本なんて選ばない」と言われました。しかし、いざ、そのスタイルを取り入れられたら、みごとに浸透しました。
誠品書店の創業者、呉清友さんとCCCの創業者である増田(宗昭会長)は、年齢も、事業を始めた年代もほぼ同じで、長年の交流がありました。互いに切磋琢磨(せっさたくま)して、成長し合ってきたので、呉さんがご病気で早くにお亡くなりになったことはとても残念でした。
誠品書店は戒厳令が明けた1980年代後半の台湾で、人々の人文書への渇望に応えたところから出発されています。まさにヒューマニズム、人を中心に発展された書店です。
鎌浦:そのような共感点が互いにありますね。
一方で、CCCは2023年に紀伊国屋書店、日本出版販売(日販)と、書店主導の流通会社「ブックセラーズ&カンパニー」(「書店が減って本も売れていないのは日本だけ?!」)を設立しました。また2018年に出版・書店業界の7社とともに「Catalyst・Data・Partners(CDP)」を設立し、今年(25年)10月には、書店と本の総合情報アプリ「本コレ」をスタートさせています。こちらはまさにIT(情報技術)、AIを活用したビジネスです。

鎌浦:「本コレ」アプリは大手・中小含めて全国約1500の書店が参画するオープンプラットフォームです。これまで書店検索、店舗情報、書籍の在庫確認などは、それぞれの店ごとに検索が必要でしたが、本コレなら、全国の書店や在庫情報を一つのアプリで横断的にできます。ブックセラーズ&カンパニーも、本コレも、業界の課題は個々店ではなく、全体として取り組まないといけないという危機感の表れです。
CDP社のコアビジネスは、アプリから得られる顧客の購買データベースをもとにした、出版社の需要予測や、コンテンツマーケットでの購買行動分析にあります。ここにはCCCが早くから開拓してきた、ポイントカード、ポイントシステムの事業DNAを感じます。ソフトウエアのレンタル事業から、書店事業に舵(かじ)を切ったCCCですが、ソフトを通して人々の購買行動データを蓄積し、それらを検証しながら発展させいくという、蔦屋書店が描いてきた大きな絵が一貫しているように思えます。
鎌浦:私たちのビジネスは、人とデータの両輪で回っている、ということですね。
直営の蔦屋書店は全店が黒字に転換
第1回のインタビュー(「開業から15年、あの『代官山 蔦屋書店』の現状は?」)で、2024年度は、直営の蔦屋書店で、本、文具・雑貨、ブック&カフェ、シェアラウンジ、外部協業イベントのすべてが前年比プラスの売り上げだったとうかがいました。ただ、それは前年が落ち込んでいたからではないか、という疑問もあるのですが。
鎌浦:前年というよりも、コロナの時期は特に都心の六本木、銀座、代官山あたりに客数減の影響は出ました。それとは別に、開業当初に苦しんだ店舗もありました。ただし、今では全店が黒字に転換しています。
業績が伸びた要因として、私たちが新規アイテムとして開発したSHARE LOUNGE(シェアラウンジ、時間制で利用できるカフェ+ワークスペース)の実装が19年から始まったことは大きかったと思います。コロナ後は、その効果も含めて集客数が回復し、24年度には蔦屋書店直営16店で5000万人の来店数を達成し、本だけの売り上げも、前年比104%になりました。
蔦屋書店の中核をなす「物販」「空間・コミュニティ」「外部協業のライフスタイル提案」の中で利益率が高いのは、どこになりますか。
鎌浦:原価率の違いなど留保はありますが、ブック&カフェとシェアラウンジの2アイテムは、逆説的にデジタル時代に合っていると思います。
本を売る、買う以上に、本に触れる場所を「貸す」ことの効果が高い、と。
鎌浦:極言すると、物販がeコマース(電子商取引)で事足りるようになっている現在だからこそ、それとは逆に、誰かと会えたり、仕事や勉強ができたりするリアルな空間が求められると思います。それはまさしく、人と人が交流するコミュニティーへの希求です。
代官山 蔦屋書店もオープン以来、地域の方々と評議会を組織しながら、夏祭りを地域行事として根付かせています。T-SITEの敷地で夜店や花火大会を催して、様々な方が参加して、楽しく盛り上がっています。
「本」を基盤にしたコミュニティーに勝機あり
今の時代の書店には、古き良き時代の公民館の発展形のような機能が求められているのでしょうね。コミュニティー機能の重要性は、まさに「書店再興」シリーズで、くっきりと浮き上がってきたキーワードでした。ちなみに今村翔吾さんが始められたシェア型書店の業態は、どう思われますか。
鎌浦:面白いと思います。なぜかというと、そこには特定のファン層を引き込むコミュニティーの基盤があるからです。
これからのプロモーションや販促は、テレビCMを打ったり、チラシを配ったりすること以上に、個々人がそれぞれの“好き”や“推し”をもとに、口コミ×SNSで広げていく方向にシフトしていくと思います。前回でお話した梅田 蔦屋書店の「お渡し会」の事例は、その象徴です。
そして、ここが重要なのですが、そのコミュニティーをつくる基盤は、やはり「本」なのです。
人間の知識と情報がぎゅっと詰まった物体としての紙の本。その価値の再定義、再発見ですね。
鎌浦:私たちは、店舗での売り上げなどの数字とともに、データベースマーケティング事業などでCCCが蓄えた購買データをもとに効果を検証しながら発展してきました。
分かりやすくいうと、人の好きなものを、いかに売り上げにできるかであり、いかにそのビジネスを持続していくかの追求です。私たちの実感として、推し活をはじめ、趣味や知的好奇心の探求まで、あらゆるクリエーティブな活動の源泉にあるものは「本」です。その原点を変えずに、本も空間も体験も売ることが、私たちのビジネスモデルです。書店の未来は、まだまだ開拓のしようがあると思っています。

[日経ビジネス電子版 2025年11月28日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
