その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はフィリップ・ジンバルドー、ジョン・ボイド(著)、栗木さつき(訳)の『 毎日をもっと大切にできるスタンフォードの時間心理学 』です。「プロローグ」をお届けします。

【プロローグ】

あなたの時間は限られている

 ローマのスペイン階段を上がったところに一見なんの変哲もない教会、サンタ・マリア・デッラ・コンチェツィオーネがある。18世紀、その薄暗く埃(ほこり)っぽい地下室で、時間の大切さを示そうと、ある教派の男たちがぞっとするような記念物をつくりあげていた。

 近隣にそびえるサンピエトロ大聖堂と同様、その教会の壁にはみごとなモザイクが浮きあがっている。だが、サンピエトロ大聖堂とは異なり、その教会の狭い地下室の壁のモザイクを彩るのはガラスではなく、退色した人骨だ。数百もの頭蓋骨が積みあげられ、半円アーチを描いている。数千もの脊椎骨(せきついこつ)が、複雑なマンダラをつくりあげ、手や足の一部と思われる小さな骨が電球のかわりにずらりとシャンデリアのように釣りさがる。天井からは、少年らしき人間の骨が一体丸ごとぶらさがり、骨の手には正義の秤(はかり)をもっている。さらにはしなびた皮膚を見せ、きちんと衣服を着た修道士たちが思索にふけるようなポーズをとり、無傷のまま永遠を待っている。そこには、おそろしさと同時に、うっとりと魅了される光景が広がっている。

 カプチン会の修道士といえば、独特の頭巾(フード)が、エスプレッソに泡立てたミルクをくわえた“カプチーノ”の名前の由来になっていることをご存じのかたもいるだろう。カプチン会修道士たちは、故人となった仲間4000人を、この地下室に埋葬しなおした。亡くなった修道士たちの“最後の休息所”になるはずだった場に、新たに建物が建てられることになったからだ。

 つまり本来は厳粛な場所なのだが、死体や骸骨にポーズをとらせた、この奇想天外ともいえるカプチン修道士の地下納骨堂は、いまやハリウッド映画のセットやよくできたハロウィーンの飾りつけを彷彿とさせるものとなっている。よって、ここを訪れる者の大半は、観光が目的で、真剣に黙想する気はない。毎年、ここをだらだらと通りぬけていく旅行客たちは、目の前の死者よりも、近くにあるバチカン美術館の芸術作品のほうに、よほど大きな敬意を払う。

 だが、さほどあくせくしていない観光客には、この納骨堂はもっと深いメッセージを伝える。たとえば、この本の筆者のひとりジョン・ボイドは、ある日の午後、思いがけなく時間が空いたので、この納骨堂を訪れた。すると、うずたかく積みあげられた骨の下の床に、銘文が刻まれていることに気づいた。

あなたのいまの姿は、彼らのかつての姿
彼らのいまの姿は、あなたの未来の姿


 流麗な手書き文字で刻まれた、この簡潔な言葉を読んだとき、ボイドの脳裏で過去と未来が現在に襲いかかってきた。その瞬間、骸骨たちはいっぷう変わった歴史の遺物ではなくなり、宿命を背負った人生という旅をともにする仲間――つまり、対等な仲間――となった。

 日の出と日没が繰り返された400年、祝宴と飢饉、戦争と平和が繰り返された15万日ほどの歳月は、もはや私たちを隔てるものではなくなり、修道士のひからびた肌や象牙のようになった骨の色、彼らが話していた中世ラテン語、身につけていたローブのかたちといったものは、すべて私たちとの違いを示すものではなくなったのである。

 床に刻まれた銘文は、死という避けられない宿命を見ないように――ときには否定さえ――する能力を、私たちが心理的に発達させてきたという事実をあばきだしている。この世における私たちの時間は限られている。宇宙のスケールで一瞬まばたきをすれば、これまで生き、死んできた数十億の祖先に私たち自身がくわわることになるだろうし、目の前にある骨の山と見わけがつかなくなるだろう。

 この納骨堂は、私たちの人生の最期に待つ宿命を厳粛に思い起こさせる。ローマのほかの観光地には、世界有数の芸術家たちが生涯を懸けて取り組んだ作品が展示されているが、この納骨堂は、生命そのものの残滓(ざんし)を保存している。もし、骨が話せたなら、ダ・ヴィンチやミケランジェロといった天才たちがそこに横たわっているかのように、数千の物語を語りかけてくれるだろう。この納骨堂が伝える沈黙のメッセージは、死に備えよという訓戒ではなく、いまこの瞬間の人生を有意義に充実して生きてほしいという、情熱をこめた嘆願なのだ。

 それこそ、この本のテーマである――時間と、あなたの人生の関係とは?

 筆者であるフィリップ・ジンバルドーとジョン・ボイドは、この30数年、時間に関する研究を重ね、わくわくするような発見をしてきた。そうした発見を活用すれば、あなたと時間との関係をもっと強めることも、深めることもできるし、新たな関係をつくりだすこともできる。だからこそ、ぼくたちが個人として、さらに学者として調査してきたこと、実験してきたことを基盤に編みだした新しい時間の科学と心理学を、読者のみなさんにぜひ知ってもらいたい。

 あなた個人の時間への姿勢と、それを周囲の人と共有しようとする姿勢は、人間の性質すべてに強い影響を及ぼしている。それなのに、時間への向き合い方が重要であるという事実に、大半の人は――専門家も一般人も――気づいていない。これが、時間にまつわる第一の逆説(パラドックス)だ。

 ぼくたちは研究の結果、時間に対する姿勢――この本で「時間志向」と呼ぶ――を6タイプに分類した。まず、あなた自身の時間志向がどのタイプに当てはまるかをはっきりさせよう。それから、時間志向のバランスをとる方法を実践し、貴重な時間を最大限に活用しよう。

 これがうまくいけば、これまで否定的にとらえていた経験を肯定的にとらえられるようになるだろうし、ただやみくもに時間に屈服することなく、現在と未来を前向きにとらえ、将来に向けて大いに利用できるようになるだろう。そこに、時間にまつわる第二の逆説(パラドックス)がある。

 過去、現在、未来に対する適切な姿勢こそが、健全な生活の指標であり、極端な姿勢をもっている人は、生活パターンが不健全になりがちだ。

 時間志向がわかったら、次に目標を立てよう。

 昨日を再生利用し、今日を楽しみ、明日を自分の思うようにする。この目標を達成するために、この本は新たなものの見方を提案し、過去、現在、未来に対処する新たな方法を紹介する。

 ぼくたちは30年をかけて、1万人以上にテストを実施し、世界15カ国に暮らす同業者たちも、数千人に対してテストを実施してくれた。テスト結果に目を通してみると、さまざまな人たちが質問の意味を汲みとり、自分たちの個人的な経験が時間に対する姿勢、すなわち時間志向の分類に役立っていると理解してくれたことがわかり、本当にありがたかった。以降は、ぼくたちの発見をざっと紹介したあと、こうした時間志向をどう活用すれば、健康な生活、利益のあがる投資、仕事での成功、豊かな人間関係を達成できるのかを説明していこう。

 読者のみなさんが、これまでとは違う、よりよい生活を送れるようになること、時代遅れのわずらわしい考え方から解放されること、古いものの見方に縛られずに行動を起こせるようになることを、ぼくたちは願っている。

【目次】

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