その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はロビン・ウィグルスワース(著)、貫井佳子(訳)の『 TRILLIONS(トリリオンズ) [物語]インデックス・ファンド革命 』。「はじめに」の代わりに「エピローグ」をお届けします。

【エピローグ】

 約二五〇年前、アムステルダムは世界の商業の中心地だったが、そこに暮らす裕福な商人の多くは、金融史の中でも早い時期に勃発した金融危機で大きな打撃を受けた。〔一七七二年、〕イギリス東インド会社の株価暴落をきっかけに、オランダでは銀行の連鎖倒産が起き、政府が救済に動いて最終的に国有化を行う、という事態が生じた。そして、混乱は発達途上にあるヨーロッパ各国の市場にも波及した。こうしたなか、ほぼ無名の商人で株式ブローカーの仕事もしていたあるオランダ人が、時代の先を行く構想を思いついた。

 一七七四年、アーブラハム・ファン・ケトウィフは「エンドラフト・マークト・マフト」(オランダ語で「団結は力を生む」)という名の新手の投資商品を創設した。その実態は、二〇〇〇株の株式を一株五〇〇ギルダーで個人投資家に販売し、集まった資金を五〇種類の債券からなる分散ポートフォリオに投資する、という仕組みの投資信託だった。投資先は、プランテーション向け融資やスペインおよびデンマークの有料道路債券、ヨーロッパ数カ国の国債など、一〇のカテゴリーに分かれていた。当時の債券は紙あるいはヤギ皮でできた物理的な証券で、頑丈な鉄製金庫に保管された。三重の鍵がかかった金庫を開けることができるのは、エンドラフト・マークト・マフトの信託委員と独立した公証人だけだった。分散投資による投資家保護を目的としたこの投資信託は、毎年四パーセントの配当支払いを約束しており、最終的には二五年後に解散し、残った収益を投資家に分配することになっていた1

 だがその後、一七八〇年に勃発した第四次英蘭戦争と一七九五年の〔フランス革命軍〕によるオランダ占領で、エンドラフト・マークト・マフトは大打撃を受けた。毎年の配当支払いは一度も実現せず、投資家が最終的に資金を回収できたのは一八二四年になってからだった。しかも、受け取った額は一株当たり五六一ギルダーにとどまった。それでも、その後のイギリスにおける投資信託、ひいては今日のミューチュアル・ファンドの誕生につながる道を切り拓いたエンドラフト・マークト・マフトは、輝かしい発明だった。また、最小限に抑えた売買、分散投資のアプローチ、低い手数料(年間わずか〇・二パーセント)といった特徴を考慮すると、現在のインデックス・ファンドの究極の祖先、知的な源流とも言えるだろう。

 今ここで一八世紀のアムステルダムの話を持ち出したことを奇妙に思うかもしれない。だがエンドラフト・マークト・マフトの例は、金融業界が常に進化してきたこと、そして多くの発明の重要性が最初の段階で見過ごされがちであることを浮き彫りにしている。当初は前途多難だったインデックス・ファンドもまた然りだ。かつて物理学者のニールス・ボーアは、「予測はきわめて難しい、特に未来に関しては」と皮肉を言った。しかし、今では世界の投資業界の未来図をおぼろげながら予測し、それが市場にどのような影響を及ぼすのかを想像することができるようになってきている。よほどの大変動がなければ、全世界の投資資金の大半がインデックス・ファンドあるいは同様の投資戦略に投じられている、という状況が向こう三〇年以内に現実となる可能性がある。

 金融市場は万人にとって必ずしもなじみ深いものではなく、むしろ部外者からみれば、往々にして不可解で気まぐれで、危険ですらある存在だ。それでも現代の資本主義体制を支える土台なのであり、そこで劇的な変化が起きれば、世界経済の多くの面に計り知れない影響が及ぶだろう。インデックス・ファンドの時代と聞いても、自分には無関係だと思うかもしれない。だが、そうではない。ようやくわかりはじめてきたところだが、数えきれないほどさまざまな形で、インデックス・ファンドはわれわれの生活にかかわっている。金融業界全体に及ぶ影響力の甚大さは歴史上でも屈指であり、いずれは資本主義そのものの再構築を促す可能性もある。

 本書終盤の数章で論じたように、深刻な問題を引き起こす恐れのある副作用も数多く生じている。それでも、ジャック・ボーグルが指摘した以下のような点を見失わずにいることは重要だ。ウォール街の歴史の中でも、真に有益と断言できるような発明は数えるほどしかない。インデックス・ファンドはそのうちの一つであり、突破力をもった技術だ。インデックス・ファンドによって投資家が築いてきた貯蓄の規模はすでに数千億ドルに達しており、近い将来に間違いなく数兆ドルまで増えるだろう。それが何を意味するのか、ちょっと考えてみてほしい。退職後の生活や子どもの大学進学や住宅購入のために、あるいは純粋に何かあった場合に備えて貯蓄をしている人々のほとんどが、ささやかなインデックス・ファンドから直接的あるいは間接的に恩恵を受けているのだ。

 そう、インデックス・ファンドは簡単には気づかない形で現代の金融を変容させている。ただ、それは少し前にはミューチュアル・ファンドが、さらにその前には投資信託が行ってきたことだ。一握りの企業に支配力が集中するという懸念はもっともだが、企業の所有権があまり分散されず、長期的に安定することが、実は企業統治の面でプラスに働く、という可能性もみえてきている。そうでないとしても、危険性を最小限に抑えるための手段はある。

 一九七〇年代に因習を打破するという覚悟をもってインデックス・ファンドを生み出した背教者たちは、正当に評価されていないが、現代において重大な役割を果たした創造的破壊者だ。彼らが火をつけた革命のマイナスの副作用とおぼしきものを認識し、それに対処しようとするのは重要だが、その革命が膨大な恩恵がもたらしていることは紛れもない事実なのだ。

1.Jan Sytze Mosselaar, A Concise Financial History of Europe (Rotterdam: Robeco, 2018).

【目次】

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