その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は三浦麻子さんの『 「答えを急がない」ほうがうまくいく あいまいな世界でよりよい判断をするための社会心理学 』です。
【はじめに】
あなたは、答えを急いでしまったがために失敗した経験はないだろうか。取引先との交渉、友人や家族とのちょっとしたもめごと。早く結論が出したくて、物事をあいまいなままにしておくことに耐えられなかった経験だ。
この本が完成する直前、タイトル案をめぐって編集者とライターのふたりがメールで激しい論戦を繰り広げていた。「これは大変! 私も議論に加わらなくては……」と思って、せっせと返信を書いて送信したら、入れ替わりで受信メールの到着の知らせ。ふたりのやりとりは、すでに2往復している。
これまでそんなに意見が食い違ったことがないふたりなのに、どういうことだと驚きながらメールを眺める。一見、主張を戦わせているようだが、よくよく読めば、ふたりの考えの方向性はよく似ており、結論は同じところに着地しているように見える。もはや、何が論点になっているのかよく分からない。それなのに、なぜか対立しているのである。
私は短いメールを投げる。
──待って、とりあえず、落ち着こう。話が不必要に循環してるから。
ハッと我に返った(であろう)ふたりは、その後、無事、意見を一致させて次の議論に進むことができた。
なぜ、このふたりを最初に登場させたかというと、彼女たちはこの本の制作に熱心に携わっていて、私の話を何度も聞き、答えを急がないほうがうまくいくということを飽きるほどインプットされたはずの人たちだからだ。
急がないほうがうまくいくという考えに同意し、納得し、私の解説を理解し、分かりやすく文章にして、編集をしてくれた──そんなふたりですら、やっぱり、答えを急いでしまう罠から逃れられない。そのことを、伝えたかったのである。
ちなみに原因ははっきりしている。ふたりが思わずそうしてしまう状況があったからだ。編集者氏は別の本の校了直前で大忙し。ライター氏もまた締切に追われ、しかも外出中だった。いつもは冷静なふたりだが、そういった認知資源が枯渇した状況(認知資源については、序章で解説する)では、答えを急いでしまったのである。
この本が扱う「答えを急がない」というのは、のんびりいこうとか、結論を先延ばしにしようとか、そういう心構えや精神論のことではない。もっと短い時間の話だ。瞬間的に、ほとんど無意識に湧き起こる「答えを急ぎたい」という衝動のようなものと、どう付き合っていくかという話をしたいと考えている。
前述したふたりのように、答えを急がないほうがうまくいくと頭では分かっていても、ある状況下では、それを止められないことがある。しかも、その時の話題は「答えを急がないほうがうまくいく」という言葉をタイトルに冠するかどうかだったのだ。それなのに答えを急いでしまうのだから、この問題は本当に根深い。
答えが必要な場面は、ありとあらゆるところに転がっている。ビジネスの現場では特に多いだろう。会社の利益を左右する大きな決断だけではない。クライアントにプレゼンをしたり、同僚と協力したり、マーケティングのための情報を取捨選択したりなど、1日を思い返せば数えるのが嫌になるほど、大小さまざまな決断をしているはずだ。
さらに、家族や友人との付き合いや自分の健康などのプライベート面でも、私たちはしょっちゅう決断をし続けている。
つまり、答えを急がないほうがうまくいく場面は、日々のありとあらゆるところにある。どんなふうにうまくいくのかは状況次第だが、少なくとも、答えを急がないほうが、自分が望むほうへ少しでも近づくことができると思う。
答えを急がないためには、どうすればよいだろうか。もっと踏み込んで言うと、答えがまだ見つかっていないあいまいな状態に、私たちはどうやって耐えればよいだろうか。
この問いに対して、社会心理学という学問が役に立つことがあるのではないか、と思ったことが、本書を執筆するきっかけとなった。
そもそも社会心理学がどういう学問なのか、他の心理学と何が違うのか、社会学ではなく心理学なのか、などなどと疑問に思っている人もいるだろう。詳しくは、この本を読んでもらうとして、ここではそのエッセンスだけをお伝えしておこう。
社会心理学とは、「状況の力」に注目し、それが人の心に与える(案外、強い)影響を解明しようとする学問である。そんな学問と日々取っ組み合っている社会心理学者のひとりとして、社会心理学のまなざしから、あいまいさに耐えられない心とどううまく付き合っていけばいいのかを、読者の皆さんと一緒に考えてみたい。
本書では、研究の結論だけでなく、そのプロセスについてもいろいろ紹介しているが、これには理由がある。結論、すなわち「答え」を知るだけでは、その研究成果を正しく利用できないと考えているからだ。人の心は一人ひとり異なるし、同じ人の心でも状況によって変わってしまう。だから研究の成果を応用しようと思ったら、どのように研究されたのかをある程度知っていただくほうがよいと考えたのである。
とはいえ、堅苦しく考えてもらう必要はない。社会心理学者が、心を知るためにどんな努力をしているのか、その奮闘っぷりも、野次馬的に面白がってくれたら嬉しい。そうすれば、少しは答えを急ぎたい気持ちもまぎれて、あいまいさに耐えやすくなると思う。
三浦 麻子
【目次】












