その本の「はじめに」や「あとがき」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」や「あとがき」と「目次」をご紹介します。今日は堂本光一さんの『 エンタテイナーの条件2 』。「あとがき」をお届けします。

【あとがき】

 『日経エンタテインメント!』での連載が、9年ぶりの単行本化となりました。第2巻には、主に舞台に関する制作話、とりわけ24年間務めてきた『Endless SHOCK』の話を中心に収められています。

 長い時間を共に歩んできたこの作品の主人公・コウイチという役は、自分のタレント人生に大きな影響を及ぼしたと言わざるを得ません。こんな偏屈な性格になっちゃったのも、何割かはヤツのせいなんじゃないかな(笑)。

 何しろコウイチは、エンタメの世界で生きる上での“完全正義”とも言えるすべてを兼ね備えた人物であり、僕の理想像を詰め込んだキャラクターでした。「何があってもショーは続けるんだ」という精神の持ち主なので、演じる僕が「体が痛い」とか「病気した」とかで幕が開けられないなんて言ったら、説得力ゼロになってしまう。だから、絶対に休演できないという点に関してはこの24年、常に気持ちが張り詰めていました。「病気しても休まない」という姿勢が今の時代、褒められたことかどうかはさておき、それほどの意気込みで演じないといけない役だったんです。

 役のイメージを僕自身に重ねて見られる傾向も、キツいものがありました(苦笑)。例えば、気心知れたスタッフからは「まぁ光一なら大丈夫でしょう」みたいな言葉とともに、無茶なことを振られたりする。それに対してものすごくイラつくこともありました。「何やと思ってんねん、俺は超人やないぞ!」って。でもそれは、超人的エンタテイナーを演じることで得られた信頼の証なんですよね。

 人は誰しもが、周囲から信頼されたり、任されたり、頼りにされたりしたいものです。それは僕もそう。だから、「何はともあれ、光一さえステージにいたら成立するよね」と言われることは、重荷であると同時に、自分が最も欲していたものでもあったんだと思います。これまでの活動を振り返ると、僕は「もっと必要とされたい、もっと求められたい」って必死だった。『SHOCK』を24年間続けられた理由もきっとそこにあって…。そして今もそこに飢えている。

 それも、うわべでなく“本気で”必要とされたい。人脈や人気にあやかって「一緒にやろうよ」みたいなノリじゃ満足できない。だって、本気じゃなかったら相手に言えないことってたくさんあるじゃないですか。作品のクオリティーよりも関係性を重んじて、口をつぐんだほうがいいってことも出てくる。ニコニコしてれば円滑に進むことは分かっているけど…面倒くさいことでも言い合って、本気でぶつかって良いものを作りたい。その上で、「あなたじゃないと」と呼ばれるような存在になりたいから。

 コウイチというキャラクターも少しずつ変遷してきました。初期の完璧なエンタテイナー像から、ちょっとずつ人間くささや葛藤、弱さも加わったり。でもね、いろんな方向に振ったけど、彼はやっぱり超人だったと思います。特に最後の年のコウイチは、早い段階から“このカンパニーを退き、後輩たちに夢を託す”ことを見据えていたと思うし。若くしてそんなふうに思えるのは、やっぱり超人です。

 このハイカロリーな作品を続けるためのモチベーションをキープするのはもちろん大変でしたけど、それができたのは、途中から、自分の置かれている境遇を客観視できたからかもしれません。「ストーリーの中のカンパニーよりも素晴らしいカンパニーに自分はいるんだ」という誇りが支えになった。強い信頼と情熱で結ばれた人たちと共に舞台をやれているんだと。そしてそれが、「ショー・マスト・ゴー・オン」を凌ぐ、作品のテーマになっていきました。

 そのテーマとは、「誰かが誰かを思うこと」。作品の原点である少年隊版の『SHOCK』でも、主人公3人が互いに強く思う気持ちが描かれています。僕の『SHOCK』も、激しくぶつかり合いながらライバルはコウイチのことが大好きで、コウイチはライバルを含めカンパニーのことが大好き。

 作品づくりは苦しいし、つらいけど、僕もコウイチも、舞台制作を通じて「人は人によって生かされている」ということに気づくことができました。だから、この仕事がやめられないんです。

2025年1月17日  堂本光一


【目次】

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