その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は楠雄治さんと角谷快彦さんの共著『 楽天証券社長と行動ファイナンスの教授が「間違いない資産づくり」を真剣に考えた 』。角谷さんの「はじめに」と楠さんの「おわりに」をお届けします。
【はじめに】
家計の安寧を意味する、「ファイナンシャル・ウェルビーイング」が危うくなっています。
老後に備え、いつまで働けばよいかと不安な方も多いと思います。
日本の平均寿命は、概(おおむ)ね男性81歳、女性87歳(厚生労働省簡易生命表2023)。2025年、改正高齢者雇用安定法の経過措置が終わり、4月からは希望者の65歳までの継続雇用制度が義務化されます。
一方で、「45歳定年説」など、終身雇用の慣行は後退して雇用の流動性を高める議論が流行し、近年はそれらに加え、物価高に賃金の上昇が追いつかない現象(実質賃金の低下)も加わり、不安はこれからも大きくなるばかりに思えます。
本書はそんな時代を生きる、あなたへの処方箋です。学術的な論拠に解を求めながらも机上の空論ではなく、顧客の資産形成のサポート経験において日本を代表する存在である経営者とのコラボレーションにより、類書にはないユニークな処方箋となりました。
本書ではまず、「家計の安心」が一部の高所得者だけでなく、あなたに身近な存在であることを、様々なデータから明らかにします。そして学術、実務両面からの、資産形成に悩む、ほぼすべての人への「最適解」を提供します。
さらに、「最適解」が持続可能なものとなるように、あなたの道を誤らせない役割の「誘導員」として、ウェブと連動した読者特典「パニック売り傾向チェック」も付けました。
途中で挟まれる、個人投資家インタビューは、あなたの歩みが一人ではないことを知らせる「となりのランナー」もしくは「ペースメーカー」の役割を担います。
資産形成を試みるほとんどの人の歩みに、本書は「伴走者」の役割を果たすでしょう。
さらには、あなたのより良い「伴走者」となるべく、私たち著者があくなき挑戦を続けている様子も終章に収録しています。
ここまで読んで「早く読み始めたい」と思われた方はこの後を読み飛ばして「1章」へと飛んでください。
本書は楽天証券株式会社 代表取締役の楠雄治社長と研究者である私の共著です。
研究者、特に経済学者にとって、金融機関と一緒に研究活動を行うことは全く珍しいことではありません。私自身もこれまで数多くの研究を金融機関と共に行ってきました。
一方で、両者が一緒に本を出すのは、それなりに珍しいことだと思います。
そこで、本書ができた経緯について少し触れておきます。
私は経済学者として、長年「ウェルビーイング」の研究に携わってきました。ピッタリ合う言葉がないので敢えて「ウェルビーイング」と記しますが、平たく言うと私は人々の安寧に資するものに興味があります。関連するものを片っ端から研究対象にしてきました。
まず思いついたのは「健康」です。この視座により、私は「介護」分野を皮切りに経済学者としてのキャリアをスタートさせ、「医療」、「健康習慣」、「健康経営」、「孤独」、「コロナ禍対応」等、対象を次々に拡大させていきました。
特定のゴールを目指して歩みを進めたわけではありません。関心の赴くまま、目の前のことに一日一日全力で取り組むことを繰り返してきました。
ある時、私は自身の研究業績リストが「金融リテラシー」や「ファイナンシャル・ウェルビーイング」に該当する単語で埋め尽くされてきたことに気付きました。
人々の「ウェルビーイング」を追いかけるうち、私の研究領域が「健康」から「ファイナンシャル・ウェルビーイング」の方向へ大きく広がっていったのです。
気が付くと、私はエルゼビア社(1)の世界最大規模の研究力分析ツール「サイバル」でも「ファイナンシャル・ウェルビーイング」分野の研究者として、論文数や論文の被引用数で世界上位にランクインしていました(2)。
(1)エルゼビア社はオランダに本拠を置く世界最大規模の学術論文の出版社
(2)
https://scival.com/trends/authors/table?uri=Topic/837
広島大学の私の研究室(広大角谷ラボ)で、私と一緒に楽しく研究してくれる大切な仲間の中にも、ランクインする者、情熱をもって研究ペースを上げている者が多くいます。
人々の「ウェルビーイング」を追いかけ、私たち広大角谷ラボは、いつの間にか「世界的なファイナンシャル・ウェルビーイングの研究者集団の一つ」に変貌していました。
楽天証券から「社長の楠が会いたがっている」と私に連絡があったのはちょうどその頃です。失礼な話ですが、私は当初あまり乗り気ではありませんでした。当時の私にとって「証券会社」は私の志向する「ウェルビーイング」のイメージとマッチしなかったからです。
しかし、お会いしてみると私の偏見は大きく裏切られました。楠雄治社長は良い意味でとても証券会社の社長らしくありません。
なんとなく「派手でギラギラ」したイメージのある業界にあって、楠社長はとても自然体です。大学院のシカゴ大学を除けば、小中高大のすべてで国公立育ち。学部も文学部なだけあって読書家で、博識で、教養があります。
人柄もとても誠実で、「こういう業界でのし上がる人は口八丁なところがあるのでは」という私の先入観は見事に裏切られ、恥じ入った次第です。
楠社長が掲げる「ファイナンシャル・ウェルビーイングの実現」という言葉は、楽天証券が営利企業であることを差し引いても信じられると思いました。
共同研究がはじまり、最近は楽天証券AI・データ&ヒューマンラボを中心に毎週のように議論を交わしていますが、楽天証券の「楠イズム」の浸透は素晴らしいといつも感じます。
私たちの共同研究のスタイルもまさに楠流。「拙速をもって尊しとなす」、「スピード&イノベーション」の言葉通り、たくさんのチャレンジをし、たくさんの失敗をしながら顧客本位のイノベーションを生み出そうと日々努力しています。
ぜひ行間に私たちの溢れる活気を感じながら、本書をあなたの「ファイナンシャル・ウェルビーイング」に役立てていただけたら、著者の一人として望外の喜びです。
広島大学大学院教授
角谷快彦
【おわりに】
私が、「行動経済学」やその一部である「行動ファイナンス」という言葉と出合ったのは、当時留学していたシカゴ大学ビジネススクールに、後にノーベル経済学賞を受賞されたリチャード・セイラー教授が赴任してきた1995年のことでした。2年目になるところで配布されたシラバス(授業計画)をめくっている中で気付いた程度のことでした。どちらかというとアントレプレナーシップ(起業家精神)やマーケティングに傾倒していた私は、新しい分野である心理学を活用した経済学にはほとんど興味を引かれませんでした。
その後、2002年に行動経済学分野の事実上の創始者であるプリンストン大学のダニエル・カーネマン教授がノーベル経済学賞を受賞。俄然、この分野が注目を集めることになりましたが、それでもあまり行動経済学と当社ビジネスの関係性を意識することはありませんでした。
私自身は、1999年に楽天証券の前身の会社であるDLJディレクトSFG証券に入社し、マーケティング責任者として立ち上げから参加しました。当初はネットチャネルのみでビジネスをスタートしたものの、今後のお客さま層の拡大を見込み、2008年10月に新しいビジネスチャネルとして、金融商品仲介業制度を活用したIFA(Independent Financial Advisor)ビジネスを立ち上げます。それは保険業界の代理店ビジネスのようなもので、ネット証券のITプラットフォームの上で独立したアドバイザーと契約し、活動してもらうスタイルのビジネスモデルです。既に米国ではリテール最大手のチャールズ・シュワブなど、オンライン系証券会社を中心に普及しているモデルでした。
従来型の対面証券会社は、会社の用意した投資商品を軸に営業員がお客さまに提案して販売するという、供給者側の立場に立ったプロダクトプッシュ型のビジネスを展開しています。お客さまがもうかろうとどうなろうと関係なく、一時的な販売による手数料収益を目指すものでした。
一方のIFAビジネスは、証券会社はプラットフォームとしてシステムや商品ラインナップ、コンプライアンスサービスを提供することに徹し、提案、販売行為は契約した独立アドバイザーに任せるというもの。アドバイザーは複数の証券会社との契約も可能で、証券会社の利害からは離れて、用意された商品にこだわることなく、お客さまの課題に向き合いながら、資産の成長や管理に徹することが基本になります。また独立しているがゆえ、最も大切なことは、お客さまとの信頼関係に基づく長期的な資産の成長、そして結果としての自らの収入の確保です。そうした意味では、より利益相反のないビジネスモデルが可能となります。
このビジネスモデルで最も歴史があるのは米国で、1940年の「Investment Adviser Act」(1940年投資顧問法)の施行後に徐々に出来上がってきたものです。我々は、文化や制度は違いこそすれ学ぶところの多い米国のアドバイザリービジネスを知るために、毎年のように米国の視察に出掛けて行きます。その中で、アドバイザーが専門的な投資商品やサービス知識を持ちつつ、お客さま個人とその家族の人生にしっかりと根を張り、様々な人生の局面においてサポートをしているのを目の当たりにしてきました。
そして行動経済学とその一部を構成する行動ファイナンスの理論的な基盤が、アドバイザーにとってのお客さまへのサポート活動の基本原則となっていることも、折々に見てきました。
そこでふと我々のビジネスを振り返ると、そもそもアドバイザリービジネスの萌芽期である我が国において、特にそうした基本原則は見当たりません。もっと言うと、米国に存在するのは米国人の行動データに基づく知見であり、日本人の行動データに基づいた研究成果ではないのです。
私自身は、個人のファイナンシャル・ウェルビーイングを実現するため、お金について、自分や家族の悩みをなくし、より良い生き方の選択ができるような基本原則、より良い投資成果を上げていくための基本原則は必ず持つべきだと思っていました。その考えを会社として広げていくために、何とかしなければという思いが募っていました。一人ひとりのお客さまにとって、資産形成や資産運用は人生における非常に重要かつ長い活動であり、対象とする投資商品は普通の人々にとっては理解が難しく、マーケット環境の影響は予測不可能で、大変困難な活動だからです。
そこで長い間、我が国で協力してくれる学識経験者を探していたところ、ふとしたきっかけでこの本の共著者である広島大学の角谷教授に出会いました。まさに灯台下暗し。何と私の出身大学にいらっしゃったのです。
角谷教授は医療経済学や金融リテラシーの研究をされ、多くの研究論文を世界に発信されている新進気鋭の研究者です。私どもからは、行動ファイナンスの実証的な研究成果から日本人の投資行動における癖、誤った行動パターン、陥りがちな罠(わな)を明らかにして、実際のビジネスにおいて、より良いアドバイスサービス、ガイダンス、ナッジにつなげていきたいと申し上げたところ、大いに賛同をいただき、共同でプロジェクトを立ち上げて進めることとなりました。
本書でご紹介したものはまだ研究成果の一部にしか過ぎませんが、私としては、これがどんどん積み重なり、アップデートされ、より良いお客さまの投資成果につながることを祈ってやみません。
プロジェクト推進に当たっては、角谷教授を中心に研究室の若くて優秀な国際色豊かなスタッフが、データ分析を進め、発見事項を論文にまとめながら、次々と英語でグローバルに発表をされています。また、データ分析や論文作成に不慣れな当社の若手社員にも指導をいただいています。本当に感謝の念に堪えません。
またこの研究には、たくさんのお客さまからアンケートへの協力や、匿名でのデータ開示へのご賛同もいただいています。本当にありがとうございます。この場を借りて改めて御礼を申し上げたいと思います。
そして、角谷教授との最初のきっかけをつくってくれた大嶋副社長、AI・データ&ヒューマンラボの正田所長と、その配下でプロジェクトに携わるスタッフ、そして本書の制作に当たり進行を仕切ってくれた当社のオウンドメディア「トウシル」の武田編集長とそのスタッフに大いに感謝をしています。
最後に、日経BPの日経マネー編集部の大口編集委員、日経ビジネス編集部の村上シニアエディターをはじめとするスタッフの皆さんが我々の考えを引き出し、まとめてくれて本書の完成に至りました。強力なサポートに感謝申し上げます。
令和6年12月
美しく色づいた神宮外苑の銀杏並木が見える青山のオフィスより
楽天証券代表取締役 社長
楠 雄治
【目次】








