その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は藤村俊夫さんの 『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』 です。

【はじめに】

 2019年9月に開催された国連気候行動サミットや、2020年の新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)禍で、ようやく二酸化炭素(CO2)削減に取り組む機運が高まってきました。ただし、2050年カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)の実現までに残された時間は長くありません。世界が協調して実効性のある対策を講じなければ、産業革命以降の世界の平均気温上昇を1.5度(℃)以下に抑えられず、気候危機の連鎖が始まるのです。

 新型コロナのまん延により、世界はリーマン・ショックを上回る経済的なダメージを受け、多くの方々が亡くなりました。その一方で、美しい自然が戻ったという多くの報道からも分かる通り、地球温暖化の原因とされるCO2が、国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定の発効以降、初めて5.8%の減少に転じたのです。人類の経済活動がいかに地球の環境を痛めつけてきたか、多くの人が認識したと思います。

 地球温暖化とウイルスは無縁ではありません。北極圏の永久凍土が溶ければ、そこに封じ込められた2万数千種類の未知のウイルスと細菌が地表に出てくる可能性があります。気候危機に歯止めがかからなければ、自然災害とウイルスの脅威が拡大し、経済成長どころではなくなって企業の存続にも大きく影響を及ぼすことになるのです。

 新型コロナ禍を機に、自動車産業をはじめとする全ての産業、エネルギー資本、電力セクターは持続可能な社会を目指した変容が必要であり、各国政府は強力なリーダーシップで産業界を引っ張るという自覚が必要です。

 こうした中、2021年11月には国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が英国グラスゴーで開催されました。各国の2030年に向けての削減目標や対策の強化について議論は白熱しましたが、中国やインドなどCO2排出量の多い国から満足のいく合意を得ることはできませんでした。2022年末の国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27、エジプト開催)までに目標修正の検討を進め、再度持ち寄ることになりましたが、新興国に対する十分な資金援助がなければ成果は期待できません。

 CO2の削減が待ったなしの状況にあるにもかかわらず、各国のリーダーはいまだにもたもたしているのです。産業界は危機感を持ち、政府に積極的に提案を持ち掛ける必要があります。最後に困るのは全ての産業界であり、国民であるということを認識しなければなりません。

 産業革命以降の世界の平均気温上昇を1.5℃以下に抑えない限り、我々人類は気候危機の連鎖から逃れることはできないと、2019年9月の国連気候行動サミットでアントニオ・グテーレス事務総長は警鐘を鳴らしました。これを受け、各国政府首脳は2030~2035年にかけてエンジン車の販売を禁止し、電気自動車(EV)に偏った電動化を相次いで表明していますが、背景を分析すると、あまりにも稚拙であることが見えてきます。確固たるエネルギー政策と技術に裏打ちされた戦略ではないのです。

 欧州では2015年に「ディーゼルゲート」事件(ディーゼル車の排出ガス不正問題)が発覚後、この事件を起こしたドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)は、主力と考えていたディーゼル車から、いとも簡単にEVに転換しました。ただし、それは最もクリーンだからという理由でEVを選択したわけではなく、ハイブリッド車(HEV)を持たない中で、EVという「駒」しか選択の余地がなかったから EVを選択したのです。それを後押しするのが、欧州委員会です。

 国連気候行動サミットでは、産業革命以降の気温上昇を1.5℃以下に抑えるには、「2030年までに2010年比でCO2を45%削減し、2050年にカーボンニュートラルの実現」が必須と訴えています。これは、2030年までのわずか8年間で、新車のみならず既販車も含めて、現在世界に存在する12億台の保有車から排出されるCO2を45%削減しなければならないということであり、非常に高いハードルです。政治的思惑でEVを誘導しても、電力はもちろん、燃料のグリーン化戦略なくして、2030年の目標は達成できないことは明白です。従って、既販車のCO2の削減にも効果のあるグリーン燃料として、微細藻類バイオ燃料や合成燃料(e-fuel)などの供給量の拡大に向けて開発を加速させる必要があるのです。

 自動車産業が目指すべきことは電動化ありきではなく、Well to Wheel(ウェル・トゥ・ホイール;油田からタイヤを駆動するまで、WtW)、さらにはLCA(Life Cycle Assessment;ライフサイクルアセスメント)の観点で、カーボンニュートラルを実現することにあります。EVに傾注する欧州委員会と欧州の自動車メーカーなどは、少し冷静な思考が必要だと思えます。技術的な裏付けもなくミスリードすることは許されません。

 欧州委員会は、HEVを造れない欧州連合(EU)域内の自動車メーカーを擁護するため、2035年以降ガソリン車とディーゼル車のみならず、日本の自動車メーカーが得意とするHEVの販売禁止も打ち出しました。欧州各国は、2020年よりEVなどへの補助金倍増も進めています。

 一方、米国や中国などはHEVを現実解として残す戦略を示しており、中国はEVへの補助金を2022年末で廃止する方針です。欧州の戦略はあまりにもEVに偏っており、大きな博打に出ているとも思えます。自動車の開発では、顧客ニーズへの対応とCO2削減の両立を図ることが重視されます。欧州委員会と欧州各国の政府および自動車メーカーのEV偏重主義は、顧客不在の戦略であり、顧客の信頼を得ることはできません。いずれ破綻を来すことが容易に想定できるのです。

 本書では、人類が直面する気候変動という最大の危機に対し、自動車業界で電動化が急速に進む中、世間では日本のガラパゴス技術と揶揄されるHEVですが、それを現実解とする自動車メーカーが環境対策と成長を両立させ、EVに傾注するメーカーが苦境に陥る理由をひも解きます。

 また、世界の規制動向と技術的背景を基に、筆者がこれまで分析した内容を踏まえ、電動化/グリーンエネルギー化の具体的な戦略を提示します。これは、2030年までに、保有車を含めて45%のCO2削減を実現するシナリオとなるものです。各国政府が表明するCO2削減の道筋には、多くの政治的思惑が透けて見え、必ずしも正しいとは言えないのです。

 本書が技術を踏まえた実現可能な脱炭素政策を再考する参考になれば幸いです。

藤村俊夫

【目次】

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