その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は岩出雅之さんの 『逆境を楽しむ力』 です。
【プロローグ】
これまでの3年とは明らかに違う。
今回は準備をやりきった手応えがあった。
2022年1月9日、東京・国立競技場は、数日前の積雪が幻だったかのように晴れわたっていた。ラグビー大学選手権決勝。帝京大学ラグビー部がこの舞台に進むことができたのは4年ぶり。相手は、13回の優勝を誇る伝統校の強豪、明治大学だ。
振り返るとこの3年は、大学選手権を前にいつも「準備不足」を感じていた。十分に勉強できないまま試験に臨む生徒のような心境だった。今年は、そうした不安が一切ない。あとは、普段の実力を出し切れるかどうか、そこに集中すればいいだけだ。
試合の前日、東京・日野のラグビー部クラブハウスで、4年生の細木康太郎主将が決勝戦への決意を表明した。
「このゲームに人生と命を懸けていく」
彼らしい言葉だと思った。
このチームの能力は十分に高い。だが、闘志に火がつくまでにやや時間がかかる。
わがチームの主将の言葉と行動には、メンバーの闘志を燃え上がらせる力がある。
今の学生たちは、Z世代と呼ばれている。明確な定義はないが、おおむね2000年以降生まれの若者を指し、慎重で警戒心が強いとされている。確かに、試合や練習でも、それを感じることがあった。
だが、主将のこの言葉が、選手たちの警戒心の殻を打ち砕いてくれた。
これで魂が入った。あとは、力を出し切るだけだ。
私は選手たちに「悔(く)ゆるなき青春の賛歌を綴(つづ)れ」という言葉を贈った。高校野球で有名な『栄冠は君に輝く』の歌詞にある言葉だ。悔いのないよう、思う存分、相手にぶつかっていけ、という思いを込めた。
午後1時15分、試合が始まった。
グラウンド上の選手たちは、躍動した。1年間の集大成にふさわしい試合だった。
結果は、27対14で、10度目の大学日本一を達成できた。
4年ぶりの優勝の味は格別なものがある。負けた悔しさをエネルギーに変えてつかんだ勝利は、連覇を続けていたころのものとはまた違うすばらしさがあった。

「自分も常勝集団の一員になりたい」と。ところが、入学してから一度も大学日本一になれず、「こんなはずじゃなかった」という悔しい思いを抱えていたのではないだろうか。その思いが報われたことがうれしかった。
決勝戦は、特に、タックルに見応えがあった。ラグビーは、痛いスポーツだ。突進してくる相手にぶつかっていくには勇気がいる。特に、疲れてくると、どうしてもタックルにいくタイミングが遅れ、強度も弱くなる。
どうすれば痛みや疲労を超えて相手に向かっていき、密集でボールを奪い取れるか。そこに、チームをさらに強くするための秘訣があるのではないか。大学選手権を前に、私はそんなことを考え続けていた。
スポーツでもビジネスでも、心技体がそろい、そのレベルに見合ったことに挑戦した時、最高のパフォーマンスを発揮できるようになる。「技」と「体」は、この1年で鍛え上げてきた。あと1、2週間でそう変わるものでもない。だが、「心」は変えることができる。
頭に浮かんだのは、チーターが狩りをする場面だ。何日も餌にありつけていないチーターが獲物のガゼルを見つけた時、どんなに腹が減って、どんなに疲れ果てていても、細心の注意を払いながら獲物に近づき、爆発的なパワーを発揮して襲いかかる。疲れているからといって雑な狩りはしない。
疲れていても、なぜそのパワーが湧くのか。それは、「獲物の本当のおいしさ」を知っているからだろう。
ラグビーでも、同じようにできないだろうかと私は考えた。
タックルで相手を倒すこと、密集で相手ボールを奪い取ること、スクラムで相手を押し込むこと、こうした試合の流れを引き寄せる好プレーの「本当のおいしさ」を選手が理解したなら、疲れていても、相手にぶつかることを恐れず、おいしいものを目がけて飛びついていくのではないだろうか――。
ラグビーに限らず、優れたスポーツ選手(あるいはビジネスパーソン)は、自分が目指す成果に対してライバルよりも相当どん欲だ。それは、成果を達成するおいしさ、成長するおいしさを誰よりも知っているからだろう。そのおいしさを目指す姿勢は、「向上心」や「成長マインド」といった優等生的な言葉よりも、「欲望(デザイア)」といった本能的な強い言葉のほうが、私としてはフィットしていると感じた。
では、選手全員がプレーの「本当のおいしさ」を理解するには、どうしたらいいか?試合でも練習でも、いいプレーをした時にほめ合ったり、喜び合ったりするのも一つの方法だろう。全員で「承認」し合いながら、「デザイア」が定着していけばいいなという思いがあった。
明治大学との決勝戦では、私たちのスクラムが相手チームを圧倒した。こちらの圧力に相手が耐えきれず、崩れた時、細木主将の「ウオー!」という雄叫びがグラウンドに響き渡った。「デザイア」を満たした瞬間だ、と私は思った。
一度、デザイアに目覚めたら、あとは高みに向けて成長あるのみだ。

【はじめに】
黄金時代の終焉、低迷、弱体化……。
私が監督を務める帝京大学ラグビー部は2009年度から2017年度まで、ラグビー大学日本一を決める大学選手権で9連覇を達成しました。しかし、2018年度に連覇が途切れ、そこから2020年度まで日本一から遠ざかりました。すると、メディアなどからの評価は、冒頭のような言葉に変わっていきました。
「優勝を逃した3年のうち2年はベスト4なのに、低迷と言われるのは少し理不尽だな」という思いは正直あります。しかし、そう言われるのは「帝京ラグビー部は優勝して当たり前」という評価を得ている証しであり、光栄なことだと自分に言い聞かせました。
一方で、「低迷」「弱体化」というネガティブな言葉に私の心が反応したのには、別の理由もあります。それは、思い当たることがいくつもあったからです。
説明上、連覇が止まった3年間を(本意ではありませんが)「低迷期」と呼ぶことにします。今振り返ると、「低迷」の原因は9連覇の真っ最中、つまり最盛期に芽生えていました。「栄華の絶頂期」が衰退の始まりだったわけです。
連覇中、私もスタッフたちも、自分たちの最大の敵は「奢(おご)り」「惰性」「油断」だと戒め、常に前年を大きく超えるつもりで組織にイノベーションを起こそうとしてきました。連覇を継続できたのは、現状にとらわれず、勇気を持って壊し、新しいことに挑戦しようというイノベーションと成長マインドのある組織文化があったからだと自負しています。
のちほど詳しく解説しますが、こうした各メンバーの心の持ちようや組織風土は、プラスに機能すると非常に強力です。しかし、風土や文化は具体的な形が見えないだけに、気づかないうちにほころんでいることもあります。
結論から言うと、大学日本一から陥落した最大の原因は、組織の構造やマネジメント、文化のほころびにあったと私は考えています。優勝から遠ざかった3年間は、その原因を突き止め、改善することに費やしました。そのターンアラウンド(組織再生)について、Z世代と呼ばれている今の大学生たちのモチベーション・マネジメントを中心にまとめたのが本書です。
本書は、ビジネスリーダーの方々を読者に想定しています。私は企業に招かれて講演する機会がしばしばあります。その際、経営層の方々と話をさせていただくと、スポーツのチームビルディングやチームマネジメントと、企業経営には共通する部分がたくさんあると感じます。
本書でお伝えしたいことの一つ目は、なぜトップの座から陥落したかの原因分析です。失敗の研究は、経営の世界でもいくつも教訓を生み出す宝庫ではないでしょうか。
そして二つ目にお伝えしたいことは、その原因分析をもとに、組織とマネジメントをどう立て直していったか。
私は2018年3月に『常勝集団のプリンシプル』という本を出しました。その中で強調したのが、「脱・体育会イノベーション」でした。
かつての体育会は、軍隊のような縦社会であり、指導者は強圧的な態度で学生を指導し、学生のほうも、ピラミッド組織の頂点に4年生が王様のように君臨し、最底辺の1年生は奴隷のように雑務などにこき使われるという構造でした。
その三角形を思い切ってひっくり返そうというのが、「脱・体育会イノベーション」の発想でした。下級生に雑務をすべて押しつけるのではなく、比較的余裕のある4年生が主に雑務をこなすことにより、下級生の1、2年生に心理的余裕が生まれ、それを活用して成長を促す狙いがありました。
『常勝集団のプリンシプル』の出版後、他のスポーツ競技での危険なプレーが大きな話題となり、図らずも私たちが推し進めていた「脱・体育会イノベーション」が脚光を浴びたりしました。
のちほど詳しく説明しますが、「脱・体育会イノベーション」の発想や狙いは間違っていなかったのですが、その実現方法とプロセスについて、前著で説明した内容を一部修正しなければなりません。これは「低迷期」を経験してわかったことです。
三つ目は、若者教育についてです。今の大学生は、Z世代(1996年以降生まれ)と呼ばれ、物心がついた時にはインターネットや携帯電話、SNSがあり、デジタルネイティブで、その前の世代とは大きな違いがあると言われています。Z世代はこの先、大学から社会へと次々と送り込まれます。Z世代のことを理解し、うまく教育することが、企業の将来を左右することは想像に難くありません。
Z世代とはそんなに変わり種なのか。彼ら彼女らを本気にさせるにはどうしたらいいのか。それが正解かどうかはわかりませんが、私なりに試行錯誤した結果をお伝えできればと思っています。
2022年1月、帝京大学ラグビー部は、4年ぶりに大学選手権優勝を成し遂げ、V10を達成しました。何よりもよかったと感じるのは、チームを牽引してきた4年生が、初めて大学日本一を経験できたことです。「大学時代に少なくとも1回は大学選手権優勝を経験する」ということを16年継続することを死守できました。
「負け」からの学びは貴重と言われます。私も確かにその通りだと思いますが、「負け」の悔しさや教訓は最後に勝ってこそ報われ、その後の人生にも生かせると確信しています。
私自身も、この優勝を最後に、1996年より務めてきた帝京大学ラグビー部の監督から身を引くことにしました。早稲田大学さん、慶應義塾大学さん、明治大学さんなどの伝統校にまったく歯が立たなかったチームをどうしたら最強チームに育てられるのか。そして、学生が卒業後、社会に出て自立し、リーダーとして活躍できるようになるためには、ラグビー部の活動を通じてどんな経験を積んでおくべきか。試行錯誤しつつ、不十分ながらも一定の道筋をつけることができた26年間だったかなと感じています。
特に、「王者復活」の総仕上げと位置づけた2021/22年シーズンは、自分でも「まだこんなに熱くなれるのか」と思う瞬間をたくさん経験し、26年の中で最も充実した格別な1年となりました。
その意味で、本書は、帝京大学ラグビー部が3年間の低迷期をどう脱したかの記録であると同時に、私がラグビー部監督として実践してきたささやかな改革や人材教育に関する「卒業論文」でもあります。
現在はVUCAの時代と言われています。もはや過去の延長線上に未来はなく、10年先ではなく1年先でさえも見通せない不透明、不確実な状況です。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻など、暗いニュースも相変わらず多く、生きることにつらさを感じる人も増えているのではないか、と懸念しています。
私は「疾風に勁草(けいそう)を知る」という言葉を、自分にしばしば言い聞かせています。
激しい風が吹いてはじめて丈夫な草が見分けられることから転じて、困難や試練に直面した時、はじめてその人の意思の強さや胆力、人間としての値打ちがわかることを表した中国のことわざです(「勁草」とは、風雪に負けない強い草)。本書には、どうしたら目の前の困難や試練を自分の経験として取り込み、「強さ」に変えることができるか、そのノウハウを盛り込んだつもりです。困難や試練を、単につらいという「感情」が残る体験に終わらせるのではなく、そこから学び、自分の思考や行動の幅を広げていく「経験」に変えていく方法を身につけられれば、今ほど学びの多い時代はありません。若者たち、そして彼ら彼女らを率いるリーダーの方々も、目の前の困難を自分の力に変えて、激しい嵐にも倒れない「勁草」になってほしい、というのが、私が本書に込めた願いです。
本書が少しでも、みなさんの人生のお役に立つことができれば幸いです。
岩出 雅之
【目次】