その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は滝久雄さん編著の『 東京“偏愛”論 あなたが知らない東京の魅力を語る 』です。

【はじめに】 偏(ひとえ)に東京を愛そう

 いま、教育の世界、そしてマーケティングの世界の双方で、ある一つの言葉が注目を集めています。それは「偏愛」です。

 本書のタイトルは「東京〝偏愛〞論」ですが、ここでいう「偏」は、「偏(かたより)」というより、「偏(ひとえ)に」に近い意味です。一途に、ひたすらに注ぐ東京への愛という思いを持って名付けました。

 思うに、東京は江戸時代から始まった、いくつもの〝こだわり〞や〝偏愛〞が作り上げてきた都市ではないでしょうか。徳川家康によって始まった300年の長きにわたる平和の中で、町人を中心に歌舞伎や浄瑠璃、俳句や浮世絵など、さまざまなジャンルで文化が花開き、世界に誇る江戸の庶民文化を育て上げてきました。江戸は当時の世界でも類を見ない活気あふれる都市でしたが、その遺伝子はいまの東京にも脈々と受け継がれている。私はそう確信しています。

 未来の東京は、江戸に負けるな。そんな意気込みで、本書の出版に先駆けて、東京を世界最高峰の都市として浮かび上がらせるためのプロジェクト「偏愛東京」がいよいよ始まりました。本書の出版もこのプロジェクトの一環ですが、鉄道会社と連携したユニークな企画や新たな情報プラットフォームが立ち上がりました。インターネットが広く普及している現在、真偽不明の匿名による情報発信や誹謗中傷、フェイクニュースが少なくありませんが、実名での信頼できるこだわりの情報、旬な情報を広く集め、これまでにない観光情報の発信を目指していきます。

 私は、東京という都市は、世界一面白い文化の発信源になると、いまも昔も思い続けています。1996年に日本初の飲食店検索グルメサイトとしてスタートした「ぐるなび」を開設して以降、2004年には「おでかけ」をテーマに、多彩な情報を提供するプラットフォーム「レッツエンジョイ東京」を、16年には、ぐるなび、東京急行電鉄、東京地下鉄の3社が事務局となって、訪日外国人を対象としたワンストップガイドサービス「LIVE JAPAN PERFECT GUIDE TOKYO」を構築してきました。新しいサイトでは、これら既存のサイトが持つ膨大な情報と連携しつつ、東京への愛と情熱を持った人々やコミュニティの方々の投稿を加えた、新しい東京の観光情報サイト再構築に取り組んでいきたいと思っています。

 東京は世界有数の国際観光都市で、有名な観光スポットは数多く知られています。しかし、同じ場所でも視点を変えれば違う魅力が発見できますし、無名のスポットでも、誰かの熱い思いによる情報発信で人気の観光地になることがあります。愛の数だけ、名所が生まれる──「偏愛」×「東京」で、もう一度東京を見つめ直すと、ステレオタイプではない新しい東京の魅力が発掘できるのではないかと考えています。

 本書では、日本を代表する世界的な建築家の隈研吾さん、世界中に熱狂的なファンを持つ『AKIRA』の作者で漫画家の大友克洋さん、東京藝術大学学長であり現代美術家の日比野克彦さんの三巨頭に、それぞれの偏愛する東京について語っていただいています。隈さんが手がける建築、大友さんが描く漫画、日比野さんが作り出すアートは、日本が世界に誇る同時代の芸術・アートです。作品を通して日本文化を世界に発信している三人の方々が語る「東京偏愛論」とは──。それぞれの方のエピソードから、既存のガイドブックでは紹介されない新たな東京の魅力が浮き上がってくるのではないかと思います。

 そもそも私が「偏愛」という言葉に注目したのは、21年に書籍『東京の多様性』を編んだ時に、情報学研究者のドミニク・チェン早稲田大学教授が紹介してくれたエピソードがきっかけでした。チェン先生のゼミでは、学生全員に「偏愛マップ」を書いてもらうそうで、紙にその人が偏愛するもの、好きなものをひたすら書き、初対面の人同士で交換すると話が大変盛り上がるとのことでした。もともとは教育学者の齋藤孝先生が考案されたものですが、チェン先生はその反対の「ペインマップ」という、自分が嫌いなことや苦手なことも学生たちに書いてもらっているそうです。こうすることで、個々人の違いが際立ち、同時に違いというものが世界を創っていることを、みんなで実感できるというお話でした。

 このエピソードのように、誰に憚ることなく、好きなものを好き、嫌いなものを嫌いと伝えられたら、いままで以上に世の中は生きやすいものになる。さらに、それを互いに認め合うことができれば、そこに個性ある社会が生まれ、その先に新しい文化が生まれる。いまは、そのように語る人が現れ、賛同する人も増えている時代だと思っています。

 本書には、22年5月に東京工業大学で開催された特別シンポジウム「〝偏愛〞という視座で、東京の未来を探る。」の内容も収録しています。隈さん、大友さん、日比野さんにご登壇いただき、それぞれの偏愛する東京について自由に語っていただいていますので、あわせてお楽しみいただけたらと思います。

 誰かの強い思いが新しい風を吹き込む「偏愛」プロジェクト。コロナ禍において外出が自粛されることも少なくない日常ですが、このような時だからこそ、自分の暮らす国や地域が持つ文化を見つめ直すいい機会だと思います。本書をお読みいただいた方々が、自分の街や好きなモノについて考えを深め、新たな気付きを得る契機となれば、編著者としてとてもうれしく思います。


【目次】

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