その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は野中郁次郎(監修)、三原光明(著)の『 野中郁次郎 ビジュアル講義 第二次世界大戦 』。「監修者まえがき」をお届けします。

【監修者まえがき】

 『失敗の本質』(1984年刊)で得た重要な命題の一つは、日本軍における過去の成功体験への過剰適応でした。他方、同じ第二次世界大戦を戦った米軍をはじめとする連合国軍の成功の本質は自己変革、イノベーションにありました。
 日本軍は、日露戦争で大国ロシアに勝利した成功体験に過剰適応し、海軍は大艦巨砲主義、陸軍は白兵突撃に固執し敗れました。対照的に、米海軍は空母機動部隊を、米海兵隊は水陸両用作戦というイノベーションにより自己変革し、大戦当初の劣勢からの大逆転を果たし勝利しました。
 一般的に、組織は、過去の成功に安住していると、慣性が働き、官僚化へと向かいます。そうした、閉鎖的で固定化された組織内部では、メンバーの挑戦する気概やしたたかな野性が劣化し、創造性が失われていくのです。

 戦後の日本社会は大戦の失敗に学び、瓦礫のなかから、高度成長を成し遂げました。しかし、バブルが崩壊した1990年代以降は「失われた30年」と呼ばれた長い低迷期を迎えました。この間、日本企業内部では、過剰計画、過剰分析、過剰統制が常態化し、組織の官僚化が進みました。こうした多くの企業では、管理過剰となり、失敗を許容せず、安定と現状維持を追い求め、企業メンバーの自己変革の意欲も失われていきました。

 イノベーションには正解はありません。新しいモノ・コトを創造する挑戦にリスクはつきもので、失敗を恐れてしまうあまり挑戦しなければ、成功はつかめません。オランダのビジネススクール教授ポール・イスケが提唱する「輝かしい失敗:Brilliant Failures」という言葉があります。輝かしい失敗とは、果敢に挑み、新たな価値を生み出そうとして、意図した成果が出せなかった挑戦の結果としての失敗を意味します。ここで言う失敗とは、予測可能な避けられた過失や、ましてや、犯罪行為につながるような失敗ではありません。「輝かしい失敗」とは、失敗から学びが生まれ、挑戦を諦めず、失敗を繰り返す学びの延長線上に成功が生まれ、イノベーションにつながる失敗を表現した言葉です。

 組織的知識創造理論では、イノベーションは暗黙知と形式知の相互変換によって生まれると提唱しています。その組織的知識創造理論が示唆しているのは、「二項対立」ではなく「二項動態」というダイナミックプロセスの重要性です。本書で描かれているように戦場では時々刻々と選択が迫られます。その際、過去に成功したパターンだからとかあるいは前例がないからといって、過去の成功体験に基づき選択肢の意味するところを十分に吟味せず、従来の選択肢の範疇で、「あれか・これか」という思考や行動をとっていては、変化する環境のなかで、直面する困難を打破する新たな選択肢を創造することができず、生き残ることも困難となります。

 「二項動態」は、「二項対立」の「あれか・これか」の相対主義にとどまるのではなく、多様な価値を認めながら新たな価値を創造します。それは、一つの絶対的価値を強要する全体主義の対極にあります。変化する状況に合わせ、複数の視点を多面的かつ自由自在に組み合わせることで、現実のただ中でダイナミックに動いていく現場の複雑性を取り込むことができるのです。

 こうして、現場・現物・現実に立脚しながらも、遠くに目指す共通善に向かって試行錯誤しながら、前進するやり方が「二項動態」です。こうした、現状に安住せず、過去の成功体験に過剰適応しないことが自己変革につながるのです。

 本書の絵や図で目指したのは、例えば、知識創造理論で要図化されたSECIモデルであり、世界的なソフト開発の手法アジャイルスクラムにおいては毎朝のミーティングの際にメンバーが過去・現在・未来の情報を共有するポストイットが貼られたホワイトボードであり、ニミッツの太平洋司令部のシミュレーションルーム(兵棋演習室)で展開された作戦図や状況図や兵棋展開図です。ホンダの自動車開発現場では、チームのメンバーが車座でワイガヤをする際に描く絵や図とも通底しています。
 本書は、言葉のみでの表現を極力避けて、描画し図示する表現の実験でもあります。こうした試みは、単なる見える化(ビジュアル化)やマンガを使った安易な単純化といった表現ではありません。組織的知識創造に寄与できる、知的バトルの素材となるような知を提示できるかという試みでもあります。

 失われた30年という新たな敗戦から、日本が立ち直るための戦略は、集合知の創造によってイノベーションを起こし、自己変革することです。その際、強く求められているのが、『国家の「知」の総力戦』です。総力戦とは、国力のすべてを総合的に使う戦いであり、国家の総力とは、DIMEと呼ばれる国家の外交(Diplomacy)、インテリジェンス(Intelligence)、軍事(Military)、経済(Economy)の4要素のすべての力を指します(最近では、4要素にソフト・パワーのSが付け加えられるようです)。
 国家の知の総力戦においては、第二次世界大戦の米海兵隊が「水陸両用作戦」で行ったように、イノベーターであったエリス少佐のアイデアを組織を挙げて実現を支援することで、組織全体の創造性が高まり、海兵隊組織の自己変革を達成したことも参考にすべきでしょう。

 これからの日本の知の総力戦においては、産官学民軍でスクラムを組み、次に組織や社会全体のイノベーションにつなげ、そして、それを国家の各レベルで実現させることで自己変革を起こし、日本の知の総合力、国家の総力としての知的機動力を強化することが重要です。
 本書が少しでもこうした日本の知の総力戦に貢献できれば幸甚です。

2025年1月

野中郁次郎


【目次】

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