その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日本経済新聞社(編)の『 人口と世界 』です。

【はじめに】

 かつて人類最大の課題は人口爆発だった。
「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、すでに半世紀が過ぎていた」。1979年放映のテレビアニメ「機動戦士ガンダム」第1話はこんな台詞から始まる。背景にあるのが、72年に国際団体ローマクラブが発表した報告書「成長の限界」だ。人口増と環境汚染で100年以内に地球の成長は限界を迎えると警鐘を鳴らした。巨大居住地を宇宙に作り移住する「スペースコロニー」のアイデアを米物理学者ジェラルド・オニール氏が74年に公表し、人口増への危機感は多くのSF小説・映像作品の基盤になった。
 しかし人類は初めて踊り場に差しかかろうとしている。ホモ・サピエンスの誕生から30万年間、世界の成長を支えてきた人口増大に陰りが見え始めたからだ。
 20世紀に人口を4倍に増やした人口爆発。現代文明の基礎となったこの急激な人口増加は、今世紀で終わる。米ワシントン大によると世界人口は2064年の97億人がピークで、その後、人類は経験したことのない下り坂を迎える。
 低迷する出生率、経済成長の停滞、労働者不足、社会保障費の膨張──。人口減少へのひずみが世界で噴出し始めた。人類は衰退の道へと迷い込むのか、それとも繁栄を続けられるのか。取材班はこの問いから出発し、取材を始めた。

 1章「成長神話の先に」では、人口を巡る大きな変化の兆しを取り上げ、人類を待ち受ける未来を予測する。記者がイランの首都テヘランで出会ったのは、子ども服店の経営者アザデさん(37)。彼女に子どもはいないが、アザデさんの父は11人兄弟だった。イラン女性の大学進学率は日本を上回る6割超で、1980年代に6を超えていたイランの合計特殊出生率は、いまや先進国並みの1.7。先進国に労働者を送り出してきた新興国の多くで若年人口は先細りとなる見通しだ。
 韓国や日本では超少子化に陥る分水嶺とされる「出生率1.5」を割ったまま、回復する兆しがない。2億人が退職目前の中国は、膨張する社会保障への備えが不十分なまま超高齢社会に突入する。国力の基盤である人口が減っていくなか、専門家は「人口の脅威が各国を戦争へと駆り立てる」と指摘する。
 2章「新常識の足音」では、人口増加が当たり前の時代には戻れないなかで見えてきた新たな常識を取り上げる。ホモ・サピエンスが誕生の地アフリカから移住を始めた「出アフリカ」から約6万年。新天地を求める移民は増えたが、世界で若者人口が減る傾向が加速し、移民を選ぶ時代から移民に選ばれる時代がやってきた。労働力不足が進むなか、ロボットや人工知能(AI)との共生は不可欠となっている。
 3章「衰退が招く危機」では、世界の安全保障を脅かす人口の危機を描く。突然のウクライナ侵攻で、世界を混乱に陥れたロシアのプーチン大統領。領土拡張をもくろむ野心の原点には、人口減少への危機感があるとみられている。冷戦期に超大国だった旧ソ連が衰えていった背景には、「ロシアの十字架」と呼ばれる人口の転換点があった。
 米の歴史家は戦前のドイツや日本を例に「衰退する大国は攻撃性を強める」と唱える。歴史が繰り返すとすれば、人口減少への過渡期にある中国も暴発のリスクが高まりつつある。
 4章「下り坂にあらがう」では、大胆な改革で人口減に向き合おうとする各国の取り組みを追う。人口減少の危機に直面し、大きく「国のかたち」を変えてきた国がある。「国民がいなくなる」とまでいわれた1930年代の人口危機を経て、高福祉国家へとカジを切ったスウェーデン。総人口の2割の移民を受け入れたカナダ。出生率が世界最低の0.81となり、社会の再構築に着手した韓国。全国民のリスキリング(学び直し)計画を立てたシンガポール。いずれも身を切る痛みを伴う改革だ。
 人口減少は過去の社会や制度によって導かれた「結果」だ。慣れ親しんだ社会を変える覚悟がなければ、衰退の一途をたどることは避けられない。
 5章「わたしの選択」では、少子化の背景にある家族や個人の選択に注目する。世界で少子化が加速する理由は様々だが、その背景にあるのは、子どもを産むか、産まないかという一人ひとりの人生の選択だ。婚外子割合の高い国で出生率が高くなっているというデータや、子を産んだ女性の所得が減る「母の罰(マザーフッド・ペナルティー)」という現象、一時滞在型の移民の増加や不妊治療の福利厚生制度を充実する企業の動きなどを探る。
 6章「逆転の発想」では、少子化を止められなかった誤算を認め、転機に変える方法について考えた。出生率が世界最低水準の韓国は、労働力不足を補うロボットの密度が世界最大になった。先進国で唯一人口が激増するイスラエルは宗教や歴史的な背景から、家族を増やすことを普遍的な価値と位置づけ、生殖医療推進に力を入れる。ドイツでは複数国籍を認める議論が活発になっている。

 日本はもはや手遅れなのか──。人口減少への対策は長年議論されてきたが、結婚や出産への価値観の変化、仕事と育児の両立の難しさ、上がらない収入など、少子化を招いた社会構造は変わらないままだ。旧弊から脱し、新たなモデルを築かなければ停滞から脱するのは難しい。暗く長いトンネルの向こうに光明を見いだせるかどうかは、社会を構成する私たち一人ひとりにかかっている。
(本書は2021年8月~23年4月の日本経済新聞連載を加筆・再構成した。本文中の年齢や役職、為替換算、事実関係などは原則として掲載時のままとした)

 2023年6月

日本経済新聞社 「人口と世界」取材班

【目次】

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