その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日本経済新聞社(編)の『 パナソニック再起 』です。
【はじめに】
挑戦することに及び腰で、動きが鈍いとも見られてきたパナソニックホールディングス(HD)の社員が、経営が、変わりつつある。主力の家電では長年続けてきた取引慣行をためらうことなく見直して値崩れの防止に動き、米テスラの電気自動車(EV)向けに現地で車載電池の新たな工場が必要とみるや、即座に大規模投資を決めた。グループの一部では部長や課長を社員から公募する制度を取り入れ、年功序列も徐々に見直そうとしている。2022年4月の持ち株会社制への移行を機に、矢継ぎ早に手を打ってきた。
これらの取り組みはいずれも、事業領域別の子会社が自ら判断して始めたものだ。事業会社に投資や人事の権限を移し、意思決定の速度も早くなった。パナソニックHDへと衣替えし、現場は自律的に動き始めている。長い雌伏の時を経て、かつての輝きを取り戻そうとしているようだ。
松下電器産業からパナソニックへと社名を変更した08年を挟み、日本を代表する電機メーカーは下降線をたどり続けた。プラズマテレビ事業の失敗で12年3月期、13年3月期に巨額の最終赤字を計上して以降、半導体事業の売却や太陽光パネルの生産撤退など不採算事業の整理に追われ、次々に生まれる赤字事業への対応は「モグラたたき」と揶揄(やゆ)された。
時計の針を戻せば1984年度の営業最高益を更新していない。歴代の経営者は負のスパイラルを打開しようと試みてきたものの、成長軌道へと復帰する扉は開かなかった。
2021年4月にCEO(最高経営責任者)、6月に社長に就任した楠見雄規氏が日々向き合うのは「経営の神様」である創業者、松下幸之助。各事業会社に幸之助の唱えた「自主責任経営」を促す一方、原点回帰を訴えてグループの結束を取り戻そうとしている。
幸之助はいまなおグループの精神的な支柱であり続ける。もっとも過去の栄光が足かせとなり、変化への対応は後手に回ってきた。米GAFAMや中国のテック企業が牽引するデジタル経済のうねりの中で存在感は乏しい。
失われた40年を経て、日本企業は試行錯誤を重ねている。外国人トップを据えて事業を選別した武田薬品工業、コア事業とシナジーの薄いグループ会社の切り離しを加速してきた日立製作所。欧米のグローバルプレーヤーが採る手法に活路を見いだす大手企業も相次いでいる。
これに対し、パナソニックHDは、別の道を探っている。起点にいるのはやはり幸之助だ。価値観の違いによる世界の分断は覆い隠せなくなり、ロシアによるウクライナ侵攻で世界平和の枠組みも揺らいでいる。新型コロナウイルス禍で世界は無数の人命を失いかねないパンデミックの危機に接した。企業の役割を突き詰めて考えるようになった経営者の多くは、社員や世の人の幸福を追求する経済活動に関心を寄せるようになった。貧しい境遇から身を興した幸之助は幸福について考え抜いた哲人だった。
日本人は戦後、終身雇用制や新卒一括採用などの日本型経営を生み、高度成長を遂げ、経済大国へと駆け上がった。日本型経営で日本経済を支えた代表格と言える企業が、かつての松下電器産業である。
だが、強さの源泉だったこれまでの仕組みは制度疲労を起こしている。これからの日本企業にフィットした経営はどんなものなのか。パナソニックHDへと衣替えをして解を見いだそうと模索を続ける姿は、新時代の経営を探し求める日本企業を象徴しているようだ。
成長と幸福を両立する2030年へ──。本書では、21年7月から23年2月まで日経産業新聞に連載した「Panasonic 再起」を加筆、修正しながら、新たな日本企業のあり方を探るパナソニックHDの実像を追う。
登場する方々の肩書きや事実関係は原則、新聞掲載当時のままとした。発刊にあたり、日本経済新聞社の取材に協力いただいた関係者に心からの感謝の意を伝えたい。また我々は、パナソニックHDの経営を取材、分析するすべての学者やジャーナリスト、アナリストのこれまでの論文やリポートから多くを学んでおり、深く敬意を表したいと思う。
2023年6月 日本経済新聞社
【目次】





