その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は渋澤健さんの『 渋沢栄一 100の金言 』です。

【はじめに なぜ、ふたたび、渋沢栄一なのか】

渋沢栄一はロックだ

 近年、渋沢栄一への関心がますます高まっています。およそ五〇〇の会社の設立に関与し、「日本の資本主義の父」と言われる明治・大正時代の実業家に、今の時代の日本人だけではなく、海外の人々まで関心を寄せるのは、栄一の生き方や考え方に、懐かしい響きを感じるからではないでしょうか。

 また、私が設けている「『論語と算盤』経営塾」には渋沢栄一に興味を持つ方々が集まってきてくれます。栄一の思想を解読する講義を受講する形式ではなく、塾生同士のディスカッションを通じて「渋沢栄一」を自分自身のストーリーとして落とし込むことがこの塾の狙いです。

 塾生は二〇代から七〇代と年齢層の幅が広く、一般社員から経営者の男女までというダイバーシティーにも富んでいますが、皆さんの共通点は意識が高いことです。色々な気づきが自然的に生まれてくる「対話の場」で、日常の垣根を越える知的交流が盛んです。

 ある日、塾生が発表の際に熱く発した気づきが印象に残りました。

 「渋沢栄一はロックだ。」

 今まで、渋沢栄一をロック・ミュージシャンと評したのは聞いたことがなく、意味不明な叫びに会場が静まりました。しかし、彼の説明を聞いてみたら、なるほど、確かにそうかもしれないと、腑に落ちてきました。

 クラシックやジャズと比べると、ロックとは「自分の生き方」を最も主張する音楽のジャンルです。今までのあり方や既存の常識に対抗旗を揚げて、自分が正しいと信じるあり方を提唱するのがロック。

 渋沢栄一は、江戸時代の終末期の封建制度のあり方や常識に対抗し、明治時代・大正時代という新しいあり方や常識をつくり、そして、生きました。そういう意味で、高度成長時代が終わり「新しい成長」の時代のあり方や常識を探っている現在に、渋沢栄一が大勢の人々に響くのかもしれません。

 また、ロックの特徴は激しいビートサウンドですが、渋沢栄一の言葉を読むと、決して護送船団的な「やさしい資本主義」ではないということがわかります。かなり激しいビートを感じるところが少なくないのです。栄一の丸型の顔と異なり、思想はかなり尖(と)がってエッジがあるのです。

 そして、ロックの曲は基本的に三つのコードでつくれますが、渋沢栄一も基本的に三つの本質で表現できます。固定観念の垣根にとらわれることない「知恵」、自分のことだけではなく他人にも手を差し伸べる「情愛」、そして、国家社会の発展のために身を尽くすという揺るがない「意志」です。

 渋沢栄一のロックのビートを、ぜひ、遺してくれた言葉を通じて体感してください。

渋沢栄一が遺した財産

 時々、私が渋沢栄一の玄孫(やしゃご 孫の孫)であると知って寄り添ってくる人たちがいます。「日本の資本主義の父」の子孫であるから、たくさん財産を持っているに違いないと思っているようです。

 しかし、渋沢栄一の関心ごとは、国家繁栄に尽くすことであり、自分の一族や子孫に財産を遺すことにそれほど関心が高くなかったようです。したがって、自分はサラリーマン家族に生を受けました。会社を受け継いだこともなく、莫大な金銭的財産や不動産を相続したわけでもありません。

 しかし、このような財産は、下手に管理すると減ってしまいます。全くなくなってしまう場合もあるでしょう。一方、上手に管理して増やしても、税金を取られてしまいます。

 ただ、自分が独立して初めて会社を設立した二〇〇一年頃に、実は渋沢栄一は自分にかけがえのない貴重な財産を遺してくれたことに気づきました。この財産は減ることはありません。税金もかかりません。なぜなら、この財産は「言葉」であるからです。

 小学二年生から大学を卒業するまで米国で育ち、社会人になってから基本的に外資系企業に勤めた自分は、実は、それほど渋沢栄一の存在を強く意識していたわけではありません。しかし、栄一が遺してくれた言葉を通じて、自分が生を受ける三〇年前にこの世を去った高祖父と心の中で色々と「対話」するようになりました。

 渋沢栄一が「論語」など中国古典の思想を自分の経済活動に沿うストーリーとして落とし込んだように、自分は「論語と算盤」など渋沢栄一の思想を自分なりに解釈して、自分のストーリーに落とし込むようになったのです。

 渋沢栄一のエッジが効いた言葉と出合うことがなければ、自分の栄一の姿は、他人が研究して描いたクラシックな人物に留まっていたかもしれません。

新しい時代は、今回が初めてではない

 「歴史が繰り返すことはない。しかし、韻を踏む」。米国作家のマーク・トウェインの名言と言われますが、過去にあったことが、そのまま、ふたたび起こることはないかもしれないが、リズミカルな響きがあるということです。

 渋沢栄一など過去に功績を築いた人物の言葉を参考にすることは、その過去の時代にノスタルジアを感じて戻りたいということではありません。あくまでも、そのリズムを感じ取り、これからの私たちの新しい時代を拓くために大事なのです。

 現在、日本は新しい時代を拓くことが不可欠です。ただ、日本が新しい時代を拓くことは、今回が初めてではありません。だから、渋沢栄一の言葉は、過去のものだけではなく、これから新しい時代を拓く日本人には参考になるはずです。

 このような思いで、二〇〇七年に刊行した『巨人・渋沢栄一の「富を築く一〇〇の教え」』という単行本が、二〇一〇年に『渋沢栄一 一〇〇の訓言』という文庫本として刊行され、現在でも重版されているロングセラーとなっています。

 もっと、栄一の言葉を世間に伝えたいという思いが叶い、二〇一三年に単行本の『渋沢栄一 明日を生きる100の言葉』が刊行され、手頃に読者の皆さまが手に持っていただくために、この度、文庫本の本書が誕生することになりました。ここで言う「金」とは、決して物質的豊かさを示しているのではないので、お間違いなく。「金」は耐久性がありながらも、性質的にはやわらく、作り手が表現したい形へ加工できます。そして、磨けば、永遠に輝くことができます。これからの新しい時代への期待を込めた象徴です。

 前回の「一〇〇の訓言」と同じように、今回の「一〇〇の金言」も栄一から一〇〇の言葉を借りて、ひとつずつ見開き二ページで紹介しています。一ページ目にはキーワードを記し、そのキーワードの背景となる渋沢栄一の言葉を引用し、さらに現代語に直したものを付けています。また、翻訳ではありませんが、そのエッセンスを英語でも記しています。

 そして、二ページ目には、渋沢栄一の言葉を二一世紀の文脈のショートエッセイで解釈しました。栄一の実際の言葉を噛み砕いた内容と私の考えとが融合されています。まさに、渋沢栄一を自分のストーリーとして落とし込んだ試みです。

 最初の「一〇〇」の書き下ろしは、リーマン・ショックの前でした。そういう意味では、前回と比べて今回の「一〇〇」を書いた日本社会の環境と自分の立場が異なっており、それが行間からうかがえるかもしれません。

 これからの人生を切り拓き、苦境を乗り越えるために栄一は、どのようなヒントを遺してくれたのか。また、親として子供たちに伝えたい幸せな、正しい生き方のメッセージを栄一の言葉と共に整理しました。次世代には、信頼される人となり、本当に豊かになる生き方を示したいです。

 読者の皆さまも、本書のページをめくり、ぜひとも渋沢栄一の言葉を自身のストーリーメイクの題材として活用してください。ひとつの正しい答えを求める画一的な時代は終わりました。多様な価値観が混在する時代では、複数の正しい答えがあって当たり前です。年齢、経験を問わず、これからの輝く時代を拓くために必要とされることは、先人の英知を用い、正しく問いかける姿勢ではないでしょうか。


【目次】

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