その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は宇田川元一さんの『 企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか 』。「序章 企業変革のジレンマにどう挑むか」の前半を抜粋してお届けします。
【序章 企業変革のジレンマにどう挑むか】より抜粋
長年働いてきた自分たちの会社の得体のしれない調子の悪さを目の当たりにし、どこから自社を変えていけばよいか、皆が悩んでいる。
「変わらなければならないという危機感が足りないのではないか」
この言葉には、実は様々な意味が込められている。
皆がこの状況をわかっていないのではないか、という焦り。状況をわかっていないから変わらないのだ、という苛立ち。
しかし、そこには何よりも、「どうすれば会社が変わっていくのかがよくわからない」という思いがあるのではないだろうか。
経営者は会社を変えなければいけないと思うかもしれない。働く人々は、自分の仕事をもっと成果や意義の感じられるものにしたいと思っているかもしれない。もしかしたら、そういう思いで働いてきたけれど、何度も思いが潰ついえることを経験して、諦めてしまっている人もいるかもしれない。
しかし、危機感があれば会社が変わるわけではない。
私たちが直面しているのは、近年、薄明かりの見えつつある日本の企業社会が、どのような問題を抱えているのか、どうすればよくなるのか、どこから手をつければいいのかがわからないという状態である。
そして、その重苦しさは、危機感という一言では言い表せない、もっと複雑なものである。その複雑さを前にして、多くの人が、自分には何もできないのではないかと立ちすくんではいないだろうか。
本書は、そのような複雑な現状を前に、自分の会社や組織を少しでもよくしていこうとする人々、よりよい未来を次の世代へと託そうとする人々のために書かれている。言い換えるならば、働くことに誇りを持とうとする人のための本である。
組織の複雑な問題を紐解く
私は、経営戦略論や組織論を研究する経営学者として、20年以上にわたり研究を行ってきた。その間にずっと考えてきたことが2つある。
1つは、一人ひとりはそれぞれの領分において正しいことをしているにもかかわらず、どうして組織になると、人々は悪を生み出すのだろうか、ということである。
もう1つは、組織が自らを健全に保ち続け、日々変わり続けるにはどうすればよいか、ということだ。
この問題意識の背後には、私の生い立ちがある。
私の父は、経営者であった。バブル経済の時期に、父親は銀行の話にのせられて多額の借金を背負うことになった。私たち家族は「晴れの日に傘を差し出し、雨の日に傘を取り上げられる」ことを、身をもって経験した。私は、年々貧しくなっていく惨めさを感じながら、思春期を過ごした。
父は私が大学院生の頃、がんで亡くなった。父の死後に、私が父のバブルの敗戦処理をせざるを得なかったことは、生涯忘れえぬ深い心の傷である。
父は病死であったが、同じような境遇の中小企業経営者たちの中には自ら命を絶っていった人々も少なくない。一家離散を経験した人、人生を狂わされた人がいるのもたくさん見てきた。
銀行員が悪人だったからそうしたことが起きたのだとは思わない。おそらく彼らもまた、普通の善悪の感覚を持った人々だったに違いない。
だが、なぜ、一人ひとりは悪人ではないのに、結果として、多くの人々の命が失われたり、人生に消せない傷を残すようなことが起きてしまうのか。このことは、私が経営学の研究者として、ずっと心の奥底で探求してきたテーマであった。
これは、必ずしも倫理的な問題に限らない。
むしろ、組織はどうして変われなくなるのか、という大きな難問の1つの表れである。
「一人ひとりは優秀なのに、どうして企業としての成果が生み出せないのだろう」という企業人の声をよく耳にする。私も同様の感覚を持つ。
組織としての成果を生み出せないのは、悪意を持った何者かがいて、成果を生み出すことを阻止しているというような単純な図式で説明できることではない。仮に阻止する人がいたとしても、その人はおそらく悪意ではなく、よかれと思ってそうしている。
それぞれの仕事の範囲で正しいことをしている人たちが集まることで、結果として、新しいものを生み出せないということが起きる。やがて企業は停滞し、変わることができない状態が生まれる。
なぜなのだろうか。そして、そのことが私には、悔しくて仕方がない。
この本を手に取っているあなたも同じ思いを抱いているかもしれない。
毎日こんなに頑張っているのに、どうして会社は変わっていかないのだろうという思い、先の見えない日本の社会の行く末に対する不安、そういうものを抱えて日々、仕事をしている人もいるだろう。だからこそ、人々の力を結集し、どうやって組織を変えていけるかを真剣に考えたいと思った。私は、この謎に正面から挑みたくて、本書を書いている。
今日の日本社会は、緩やかな衰退という、わかりにくい危機の最中にある。少子高齢化はすでに1980年代から言われ続けてきたし、その結果としての人口減少は、確実な変化として誰もがどこかで認識していた。だが結局、その緩やかな変化に対して、私たちはまだ、有効な手を打つことができていない。
同様に企業について考えてみても、1970年代から80年代にかけて、日本企業は大きく成長を遂げた。とりわけ1980年代の経営学研究は、数多くの日本企業の経営スタイル、いわゆる日本的経営の研究でひしめいていた。
しかし、今日の日本企業は、そうした華々しく脚光を浴びた時代を遠く忘れ、緩やかな停滞の中にある。もちろん、その中で地道な変革を成し遂げ、経営する力を回復させた企業もある。だが、依然として全体の収益性は低いままで、数十年前の事業が売り上げの多くを占める企業も少なくない。緩やかな規模の縮小や利益率の低下など、確実な衰退に抗えない状況にある。
それは、こうした緩やかな衰退に伴う問題はいかなるものか、緩やかな衰退に抗う企業変革とは何であるのか、そのような中での企業変革はいかにして可能なのか、などの問題について、これまで正面から議論されたことがなかったからではなかろうか。
本書は、その状況に一石を投じたいと思っている。
「企業変革」というと、頭脳明晰な優れた経営者が明快な方策を講じ、V字回復を果たす様子をイメージする方も多いだろう。
しかし、今日多くの企業が直面しているのは、そうした明確な経営危機というよりもむしろ、不明確な状況にどう抗い、未来を切り拓いていけるかという問題ではないだろうか。
そこで本書では、企業変革を次のように考える。
企業変革とは、経営層、ミドル層、メンバー層によらず、組織に集う一人ひとりが、考え、実行する力を回復すること、そしてそれぞれが、その企業をよりよいものにしていけるという実感を持てるようになることである。
だが、企業変革に際して立ちはだかるのは様々なジレンマである。ジレンマとは、両立し得ない2つ以上の選択肢に直面し、身動きがとれなくなることを意味する。変革は未来から求められるが、私たちは今日の仕事の成果を求められる。未来と今日の間のジレンマは避けられないものだ。
この綱引きは、放っておけば日々の仕事が常に優先され、未来のための変革は後回しにされる。後回しにするほうが、今日の仕事にとっては合理的だからである。だが、こうして日々の仕事の正しさを積み重ねることが、やがては未来の衰退を招く。
今、多くの企業が直面しているこうした様々な企業変革のジレンマを、どうすれば乗り越えられるだろうか。本書ではこの問題について、1つずつ紐解いていこうと思う。
【目次】







