その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は國分良成・日本経済研究センター(編著)の『 中国ファクター アジア・ドミノの政治経済分析 』。「まえがき」をお届けします。

【まえがき】

 国際情勢が一段と厳しさを増している。2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は冷戦後の平和と安定、繁栄を支えてきた国際秩序を根底から揺るがし、23年10月のイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃で火がついた中東危機は国際社会の対立構造をさらに複雑化させた。

 2つの紛争で多くの人命が奪われる惨状が続いているのに国連は本来期待される機能を十分に果たせず、国際社会はガバナンス不全に陥っている。欧州と中東の紛争は当該地域に悲劇をもたらしただけでなく、サイバー攻撃や偽情報の拡散といった新たな脅威を世界に広げ、地球的規模の国際協力の阻害要因にもなっている。ハイテクや重要鉱物など経済安保の重要性が高まり、冷戦後の世界を結びつける役割を果たしてきた経済は他国を威圧する武器にもなっている。

 「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」。岸田文雄首相がロシアによるウクライナ侵攻以後、繰り返し警告してきたように、欧州や中東の危機がアジアに連鎖する可能性は否定できない。と同時に、アジア情勢が世界に影響を与える事態だって考えられる。

 もとよりアジアには、台湾海峡や朝鮮半島、東シナ海、南シナ海といったホットスポットがある。近年の国際秩序をめぐる攻防の背景には新興国・途上国の台頭による国際社会のパワーバランスの変化があり、中国やインドなど大きな力を持つ新興国が数多く存在するアジアこそが地政学的競争の最前線ともいえるからだ。「グローバルサウス」とも呼ばれる新興国の一部は増大した国力に見合った地位や扱いを求め、発言力を強めている。勢力圏の拡大に向け、大国同士が他国への影響力を競う姿も見られる。とりわけ、西側と異なる思想や政治体制、規律を有する中国の動きは外国との摩擦を生みやすく、各種のトラブルも引き起こしている。

 米中の新冷戦なのか、多極化なのか、それともまったく別の形の国際秩序なのか。上川陽子外相が4月の閣議に報告した2024年版の『外交青書』は「国際社会は再び歴史の大きな転換点にある」と指摘したが、現代は様々な点で新たな「転換期」にある。終焉したとされる「ポスト冷戦期」の後の世界は、結局どうなるのであろうか。

 未来の国際秩序は今後の展開次第の部分があり、なかでもカギを握るのは、世界経済の成長センターであり、様々なパワーが交錯するアジアをはじめとするインド太平洋地域の動向と思われる。今繰り広げられている国際秩序をめぐる攻防を民主主義と権威主義の争いと見る向きがある。

 そうした見方が正しいかどうかは別として、この地域のガバナンスがどうなるかによって国際社会の質も変わるであろう。広域の動きを一括りにとらえることには議論もあるが、個別の国・地域の動きがドミノ現象のように周辺に影響を及ぼす可能性も念頭に置くべきだろう。

 公益社団法人日本経済研究センターは日本経済新聞社からの受託研究としてアジア研究プロジェクトを継続的に実施しており、そのような問題意識をもって、2023年度から数年間のプロジェクトとして「インド太平洋地域のガバナンス」を研究テーマとすることにした。研究会の座長に國分良成・前防衛大学校長(慶應義塾大学名誉教授)を招き、気鋭のアジア研究者にメンバーに加わっていただいた。現代中国政治研究の権威でアジアの国際関係に造詣が深い國分座長からは、実に多くの点でご指導をいただいている。

 初年度の2023年度は主に、台頭した中国がどのようにその影響力を行使しているのか、そしてそれに対して、インド太平洋の国や地域が具体的にどのように認識し、対応しているのかについて考察を重ねた。

 毎回の研究会では、中国の台頭と影響力拡大をめぐる地域内の葛藤について議論を重ね、現地調査の結果なども踏まえて2024年3月に『インド太平洋地域の中国ファクター』と題する報告書にまとめた。その後の情勢変化なども踏まえ、書籍用に加筆修正したのが本書である。國分座長が全体を監修し、研究会幹事の伊集院敦がデスクワークを担当した。

 2024年は、世界の多くの国や地域でリーダーや議会の構成を決める選挙が予定される「選挙イヤー」である。外交は内政の延長といわれ、内政と外交は相互に影響を及ぼす。各地の選挙結果は国際政治経済に影響を与え、混迷する国際情勢はさらに変貌する可能性がある。そのような情勢下、本書が読者の皆様のご参考の一助になれば望外の喜びである。

2024年5月  日本経済研究センター首席研究員 伊集院 敦

【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示