その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は外山尚之さんの『 なぜ働いても家を買えないのか(日経プレミアシリーズ) 』です。

【はじめに】

 「家が高すぎる。今後、どうなるのか──」
 日本経済新聞社の記者として不動産業界を取材しているという話をすると、このような相談を受けることが増えた。相手は大学時代の友人や会社の同僚、はたまた取材先と年代も立場も様々だが、皆、一様に住宅の価格上昇に関心を寄せており、今後もこの流れは続くのか、将来はどうなるのかと質問攻めにあった。
 不動産経済研究所によると、2025年の東京23区の新築マンションの平均価格は前年比21.8%増の1億3613万円と、過去最高値を更新した。過去10年で2倍となっており、これまでの常識が通じないマーケットとなっている。
 新築が無理でも、中古であれば割安に買えるというかつての常識をあざ笑うかのように、中古物件の価格も上昇し続けている。東京カンテイによると、25年の東京23区の中古マンションの平均価格は70㎡換算で1億393万円。かつての富の象徴だった「億ション」は、都内で暮らす上でスタートラインになりつつある。

 急激な価格上昇は、我々が暮らす社会にゆがみを生んでいる。取材で出会った人の中にはタワーマンションを購入し1億円儲かったと喜ぶ人もいれば、価格上昇についていけずに2人目の子供を諦めたという人もいた。東京での家探しに見切りをつけて郊外に向かう人の陰には不動産投資で巨額の富を築いたと豪語する不動産投資家がおり、現金で次々とマンションを購入する外国人の姿があった。
 衣・食・住という言葉があるように、住宅というのは生活の基盤であり、生きるために欠かせないものだ。その根幹が今、大きく揺らいでいる。住宅価格の高騰は既に不動産業界の枠を超え、社会問題になりつつある。
 買い手と売り手がいる以上、価格とは市場が決めるものであり、上昇することが悪いこととは言い切れない。しかし同時に、給与所得者が手ごろな価格で住宅を購入できず、可処分所得の大部分を住居費として費やさざるを得ない社会が果たして持続可能なのかという問いはあってしかるべきだろう。現に、都市部における少子化の加速の一因として、住宅価格が指摘されるようになって久しい。
 海外に目を向けても、住宅価格の高騰が大きな問題となり、政治を揺るがすまでになっている。住宅という生活に欠かせないものが国民生活と乖離するようになれば、民主主義をも脅かしかねないことは既にいくつかの国々で実証されている。

 本書は日経MJの連載「踊る住宅Biz」や日本経済新聞に執筆した記事を下敷きに、日本の住宅市場をより深く掘り下げるための追加取材や加筆修正によって1冊の本にまとめたものだ。
 「なぜ、私たちは働いても家を買えなくなってしまったのか──」この問いに対して、記者として見聞きした取材結果をまとめ、現在の日本で何が起こっているのかを共有できればという思いで筆を執った。
 東京を拠点に取材したこともあり、首都圏に偏っているきらいはあるが、不動産デベロッパーやゼネコン、購入者、専門家、投資家、政治家をはじめ立場の異なる数百人への取材をもとに、可能な限りフラットな視点で執筆したつもりである。移り変わりの激しい業界ではあるが、2010年代序盤から20年代中盤にかけての不動産市場の動きを理解する一助となれば幸いである。

 登場人物の年齢は原則として取材当時のもので、敬称は省略させてもらった。また、不動産という商品の特性上、プライバシー保護のために購入者の名前は仮名としている。通貨は取材当時のレートで換算している。

【目次】

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