その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。…が、本日の1冊、清水功哉さんの『 植田日銀 こう動く・こう変わる 』は「はじめに」がありません。代わりに「あとがき」をお届けします。

【あとがき】

 本書の執筆を終えて改めて感じるのは、植田和男総裁率いる日銀が「不確実性がきわめて高い」(初の金融政策決定会合で決めた新しいフォワードガイダンスに盛り込まれた表現)状況に直面しているという点だ。

 もっとも、「きわめて高い不確実性」という言葉は、必ずしも否定的な意味だけを持っているわけではない。そもそも、従来のように2%物価目標の持続的・安定的な実現にあまり期待が持てないならば「不確実性」はそれほど高くない。

 今は、場合によってはいずれ2%目標の持続的・安定的な実現のメドが立つかもしれないという点も含め、以前より多様な展開がありうる。それゆえに「不確実性」が高いのだ。

 2023年の春季労使交渉で高めの賃上げが実現するなど、物価・賃金情勢には長らくなかった動きが見られ始めた。もしそれが持続し、広がりも持つならば、長年続いた金融緩和政策の正常化へと適切なタイミングで動くことが課題になる。

 本書で述べた通り、仮に正常化が実現しても、それほど大きな金利上昇が起きる可能性は現時点では低そうだ。それでも、長年続いた超低金利・低インフレのもとで定着した様々な常識を捨てる覚悟は求められる。

 もちろん、物価・賃金情勢の変化が本物ではなく、再び2%目標から下方向に離れた状態に戻り、それが長引く展開もありうる。今はこちらの可能性の方にも注意が必要だ。ただ、そうした場合でも、「異次元」の金融緩和政策の持久戦を現在の形のままでずっと続けるわけにはいかない。副作用を軽くして緩和政策の持続性を上げる枠組みを模索する必要がある。

 新たな枠組みをつくる際に工夫の余地はそう大きくないかもしれない。とはいえ、少なくとも、本来自由に決まるはずの長期金利を強引に低く抑える政策には副作用が多く、いつまでも今のまま単純に継続することには無理もありそうだ。

 新しい枠組みづくりは、「異次元の緩和」を「普通の緩和」へと徐々に近付ける作業とも表現できそうだ。強力な緩和効果に頼ってきた政府、企業、家計、市場参加者など様々な経済主体は、発想の転換が必要になる。

 さらに、予想外の強い負のショックが日本経済を襲う事態になれば、日銀が危機対応に知恵を絞るのは政策当局として当然だ。

 いずれにせよ、植田日銀は何らかの行動を起こし、何らかの変化をもたらしそうである。ただ、「不確実性の高さ」ゆえに、日銀は将来の自由度を確保するため、解釈が難しい情報発信をする場合もありそうだ。

 日銀がどう対応するかは、私たちの生活にも影響を及ぼすだけに、一人ひとりが日銀ウオッチャーになり、変化の方向とその意味に注意を払う必要が出てくる。筆者が最も伝えたかったメッセージがそれだ。

 本書で示したのは、植田日銀が引き継いだ「現実」と、向こう1年から1年半くらいの日銀の「変化」のシナリオである。不確実性が高い状況下での予測には難しさが伴う。その内容には厳しいご意見もあるかと思う。より長いスパンの予測や、仮に金融政策の正常化が本格的に進んだ際の日銀や金融機関の財務への影響など様々な論点の冷静な分析も、今後の課題として残る。

 これからも変化の行方について取材を続け、読者の知る権利に応える努力を続けていきたい。

 本書の執筆のベースとなったのは、植田和男氏をはじめとする現役あるいはOBの日銀関係者への長年にわたる取材である。心からお礼を申し上げたい。なお、本書のなかで日銀政策委メンバーの記者会見・講演や金融政策決定会合での発言などを紹介した際には、日銀ホームページ掲載の記者会見・講演の内容や議事要旨・議事録といった各種資料を参考にさせていただいた。

 マーケットや学界で日銀ウオッチングをされている皆様からも日々、いろいろと教えていただいている。感謝を申し上げたい。

 長年の日銀取材や本書の執筆と出版に際してお力添えをいただいた日本経済新聞社編集局と日経BPの皆様にも感謝を申し上げつつ、筆をおきたい。

  2023年6月

清水功哉

【目次】

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