その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は峯岸博さんの『 日韓の決断 』です。

【まえがき】

「5年ぶり」「7年ぶり」「12年ぶり」──。2023年の日本と韓国で、両国の首脳往来や閣僚を含む政府間協議の久しぶりの再開を伝えるニュースが相次いだ。5月7日にソウルで岸田文雄首相と会談した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は2日後の閣議で「韓日関係が過去最高だった時代を超えられる」と語った。岸田首相も会談翌日に記者団に「尹大統領と力を合わせて新しい時代を切り開きたい」と意欲を示した。「少し前まで想像もできなかったことが両国間で行われている」との尹大統領の言葉を実感する。

「どうせ韓国は変わらない」「2度とだまされるな」。それまで日本の国会議員や官僚らから何度も聞いた声だ。日本社会を久しく覆ってきた隣国への冷ややかな空気は、日本を「加害者」から「自由を守るために共に力を合わせるパートナー」と新たに位置づけた1人の大統領の登場でやわらぎ、岸田首相も韓国で次々と下される対日政策の決断に呼応した。

 北朝鮮の飽くなき核・ミサイル増強と中台対立の緊張にロシアのウクライナ侵攻が重なった安全保障危機が米国を突き動かし、日韓関係のゲームチェンジャーになっている。その同時期に韓国で政治経験ゼロの前検察総長がもし大統領選に挑んでいなければ、今のような隣国関係の立て直しはなし得なかっただろう。

 キーワードは「決断」だ。日本との未来志向の協力関係を進めることが国民の多大な利益になるとして過去を蒸し返さない尹大統領が前任の文在寅(ムン・ジェイン)政権まで続いてきた対日外交の巨大な岩盤に風穴を開けた。その背後に韓国社会で20代男子「イデナム」の反乱や対日・対中観の変化に代表されるさまざまな地殻変動が起こっている現象を見逃してはならない。本書は「最悪」と評される日韓関係を転換させた政治決断の舞台裏を明らかにするとともに、日本からは見えにくい韓国社会の底流と新しいステージに入った「日韓関係2.0」の構造を解き明かす。

 第1章では、2カ月で3度にわたった日韓首脳会談を検証し、日米韓連携と対日関係改善にひた走る尹政権の本質と、その基盤となる軍事大国・韓国の安保戦略に迫った。「ゴールポストを動かす」とかねて日本から批判されてきた過去の政権と一体どこが違うのか。第2章で光を当てたのは、韓国社会に変容をもたらす格差社会の現実と、存在感を高める10代・20代の知られざる素顔だ。行動する韓国の若者は国政選挙や対日外交でもキャスティングボートを握る。第3章は「グローバル中枢国家」を志向する尹外交と日本の当局者がうらやむ防衛産業の拡大路線を読み解く。第4章は日韓外交に絶大な影響力を及ぼしてきた故安倍晋三元首相と韓国の反日勢力の関わり合いを振り返り、「ポスト安倍」時代の日韓関係を展望する。終章の第5章では歴史の宿痾(しゅくあ)に翻弄されてきた日韓間に生じた構造変化と、なお残るもろさに着目しながら、「成熟した国家関係」への道を考えてみた。

 日韓両国は、12年の李明博(イ・ミョンバク)大統領による島根県・竹島(韓国名・独島)上陸から始まった「失われた10年」をようやく取り戻し、さらに飛躍する好機を迎えた。アジアを代表する2つの自由民主主義国家が相互理解を深め、共通利益を一緒に探っていく「ウィンウィン」の関係を築きたい。本書がその一助になれば望外の喜びである(原則として固有名詞などの表記は日本経済新聞の記事スタイルに基づいた。文中の肩書・通貨レートは取材当時のもので、敬称は略している)。

【目次】

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