その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は酒井大輔さんの『 進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営 』です。

【はじめに】

 “再会”は、東京駅の八重洲地下街(通称・ヤエチカ)だった。2021年5月、「お菓子ドンキ」「お酒ドンキ」という、のれんを掲げた新店舗がオープンした。

 ドンキって、あのドン・キホーテ?──

 石川県で生まれ育った私にとって、ドンキといえば、郊外にあるロードサイド店のイメージだった。まさか、東京のど真ん中にある東京駅で、そのドンキに遭遇するとは。

 のれんをくぐって目にしたのは、狭い通路に、山積みにされた商品たちと、ユニークなポップの数々。それは、まさに記憶の中のドンキそのものだった。そう、そう、こんな感じだったよな。驚きとともに、懐かしさが込み上げてきた。

 新型コロナウイルス禍の勢いはすさまじく、東京都心の一等地すらもシャッター街に変えた。ここ、ヤエチカもそうだった。活気を失った商店街に、ドンキの3文字が存在感を放つ。この店は、午後9時までの営業である。郊外店のように、不夜城のごとく煌々(こうこう)と明かりがともり続けることはない。それでも久しぶりにドンキを見たとき、「明けない夜はない」という言葉が思い浮かんだ。コロナ禍も、いつかは明ける。事実、ドンキができたことで、周囲がパッと明るくなった気がしたのだ。

 その前月の4月、私は社内の人事異動で「日経ビジネス」の配属になった。担当業界は、小売り。ドンキは、ドンピシャの研究対象となった。早速、お菓子ドンキ、お酒ドンキのヤエチカ進出を電子版で報じると、どういうわけか、想像以上によく読まれた。

 その後、小売り担当としてさまざまな企業を取材するうちに、ドンキの異色ぶりを肌で感じることになる。それは、一消費者として漠然とドンキで買い物をしていたときとは、全く異なる気づきだった。

 一店舗一店舗が、独自に商品を仕入れ、値付けも、どこに並べるかも決めてしまう。それも決定権は店長ではなく、個々の担当者にある。それが「メイト」と呼ぶアルバイトであることも多い。日本の小売り大手は本部が絶対的な権限を持ち、店舗はオペレーションに専念することで経営効率を上げるという米国発祥の「チェーンストア理論」に学んだ企業ばかりだが、それとは真逆、というか、反旗を翻すがごとき戦略だった。同業他社がオンライン販売に活路を見いだす中、リアル店舗ならではの品ぞろえと楽しさを追求する姿勢も逆張りで新鮮に映った。

 なぜ、現場がこんなにも好き勝手やっているのに、しっかりと利益を上げられるのか。これで、どうやって組織がまとまっているのか。いくつもの疑問が湧いた。

「セブン、イオン、ドンキ」の時代

 ドンキを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は19年、総合スーパー大手のユニーを完全子会社化し、売上高1兆円を超す総合小売りグループへと躍進した。

 驚異的なのは、ドンキ1号店のオープンから一貫して売上高と営業利益が伸び続けているということだ。24年6月期で35期連続の増収増益を達成することは間違いない。

 PPIHの売上高は今や2兆円を超え、セブン&アイ・ホールディングス、イオン、ファーストリテイリングに続く小売業界4位に浮上した。まさか「セブン、イオン、ドンキ」と称される時代がやって来るとは、誰が想像しただろう。

 そんなドンキの強さに迫ろうとしたのが、日経ビジネス23年9月18日号の巻頭特集「進撃のドンキ 異端児、気づけば小売り4位」である。

 “気づけば”という4文字には、編集部の驚きが込められている。「いつの間にここまで大きくなったんだ、という感じだな」──。そんな声が上がった。読者の方々も同じ思いを抱いたのかもしれない。雑誌が出ると、社内外から大きな反響をいただいた。

 日経ビジネスの巻頭特集で、ぶち抜き31ページというのは近年にないボリュームだったが、それでも雑誌という特性上、割けるページ数には限度がある。泣く泣く削ったエピソードは多く、解き明かしたい謎もいくつか残った。何より特集を終えてからも、PPIHはさまざまなプロジェクトに挑み、国内外で多くの店を開いている。

 「進撃のドンキ」の完全版を世に送り出したい、出せないか、と思ってさらなる取材を重ねた上で筆を執ったのが、本書である。

目指すは「ビジョナリー・カンパニー」

 企業の成長を追いかけたビジネス書では、誰か1人を主人公にして物語を書き進めていくことが多い。創業者や会長、社長といった経営トップである。

 PPIHでも、創業者の安田隆夫氏の存在はもちろん大きい。しかし、現社長CEO(最高経営責任者)の吉田直樹氏をはじめ、創業者からバトンを渡された歴代トップが結果を残してきたからこその連続増収増益でもある。この物語の主人公はいったい誰なのか?

 次々と湧き上がる謎を追いかけるうちに「この話を知りたいなら、あの人にも聞いたほうがいいよ」と、キーパーソンがどんどん増えていった。会う人、会う人、極めてロジカルに商売を語るのが印象的で、何となく抱いていた「やんちゃな会社」というイメージが覆されていく。それもそのはず。ドンキが目指しているのは「ビジョナリー・カンパニー」だと聞いてさらに驚いた。

 経営学の巨匠ジム・コリンズが、企業の永続の条件を説いた名著『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP)に学び、理念に基づく経営を追求しているのだという。

 かつては「ヤンキーのたまり場」ともやゆされたドンキ。世間を騒がす不祥事も少なくなく、治安の悪化を招くなどとして00年前後には各地で出店反対運動が勃発した。

 ところが、今やどうだろう。ドンキには老若男女が足を運び、特に10代から20代半ばのZ世代の間では絶大な支持を得ている。円安を背景に急増しているインバウンド(訪日外国人)客にとっては、ドンキは日本を代表する観光スポットだ。

全員が主人公

 社長CEOの吉田氏にインタビューしたときのこと。これまでに取材した人たちの名前を告げると、「当社のオールスターメンバーですよ」と返ってきた。そして「みんなが何を話したのか、私は全く知らない。聞かされていないんですよ。ひどい会社だよね」と笑う。その表情はどこか誇らしげでもあり、仲間に全幅の信頼を置いているように見えた。

 PPIHが経営理念にうたう「大胆な権限委譲」は、店舗運営だけの話ではない。経営においても権限が大胆に委譲され、それぞれの役職者がまさに“経営者”となって部下を、組織を、力強く率いている。やんちゃだったドンキは、いつの間にか自立した“大人”の集団になっていた。

 創業者にも社長にも語ることができない重要な物語が、きっとたくさん潜んでいる。会社の外にいる観察者だからこそ、描けることがあるのかもしれない。そんな思いから「登場人物すべてが主人公」という建付けに挑むことにした。

 “ほぼオールカラー”としたのも、ビジネス書としては珍しいだろう。大胆な権限委譲の帰結として、店舗や商品に「ワクワク・ドキドキ」があふれているのが、ドンキの魅力である。小売りをアミューズメント化する現場の強さを伝えるには「色」がほしい。異端児ドンキを企業として真正面から描くということは、こちらも本づくりの常識をいったん捨てて、攻める必要がある、という意識も働いた。

 このドンキの物語は、快進撃の連続ではない。連続増収増益の成長率には波があり、次の大きな跳躍に備えてしゃがんだ時期もある。かつての「泥棒市場」の熱気を保ちながらコンプライアンスを遵守し、カリスマが去った後も成長を続ける「ビジョナリー・カンパニー」になるべく、何をなしてきたのか。

 奮闘したのは、まさしく従業員一人ひとりである。時に泥臭く試行錯誤し、派手な失敗や方向転換を繰り返しながら、繁盛店をつくり上げ、立派な商売人として自立していく。その「人間ドラマ」をも随所に織り交ぜた。ドンキの店舗のように、どこを切り取っても面白い──。そう感じていただける仕上がりになっていたら、望外の喜びである。

【目次】

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