その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は本庶 佑さんの『 生命の謎を解き明かす 本庶佑「私の履歴書」 』です。

【はじめに】

84歳、生命の神秘はますます深まるばかり

 悔やんでも悔やみきれません。
 2022年2月22日、ロシアがウクライナへ軍事侵攻を始める2日前、私はまったく想像もしなかった大きな交通事故を起こしました。昼休み、ちょっとした買い物にいくために自ら運転していた車が、京都市内の府道中央分離帯付近でバスと衝突したのです。ニュースでも報じられたようなのでご存じの方もいるでしょう。
 事故後気がつくと、左手と左足が動かなくなっていました。それから4年以上経過しましたが、今も車椅子生活を強いられており、闘病を続けています。
 この事故は避けることのできた事故でした。事故を起こすひと月ほど前の2022年1月27日に80歳の誕生日を迎えました。そこで免許証を返納していればと思います。せめてもの慰めは、私が重大な加害者にならなかったことです。
 悔やみついでにといっては何ですが、私の事故の治療方法は少し方向性が間違っていたのではないかと反省しています。入院した段階では頚椎(けいつい)損傷が注目され、その症状の回復に向けた治療ばかりを続けました。しかし、実際に大きな問題があったのは過伸展による筋肉の硬直だったのです。
 つまり、衝突の衝撃で身体が大きく振られ、左手と左足が後方に吹き飛ばされたような感じで引っ張られたので、そのあと身体のさまざまな筋肉に過伸展による硬直が起こったのです。筋肉という組織の性格上、過度に引っ張られると硬直するということは一般的です。
 このことを軽視し、もっぱら神経の損傷だけに注目し、歩行訓練などの生活復帰を目指した治療が行われました。残念ながら、これでは良くならないと私自身が気づいたのは、事故から3年近くたった2024年の末くらいでした。
 交通事故の衝撃で筋線維が固まってしまったわけですが、この単純な物理現象にさえ今の医学はうまく対処できないのです。どこがどういう風に固まっているのか画像で診断することも容易ではありません。触診に頼るしかないのです。
 そして「正常な状態」に戻す手法もありません。ボツリヌス毒素を使った注射が効果的とされていますが、その量の加減が難しい。筋線維が緩み過ぎると、今度はそれを戻すのにものすごく時間がかかってしまいます。古典的な手技によるマッサージの類いの理学療法を根気よく、粘り強く、諦めずに続けています。幸い、2025年の終わりくらいから徐々に効果が現れ、現在順調に回復に向かって進んでおり、自分ではあと一歩だと思っています。
 現代医学は進んだと言われます。がんも「不治の病」ではなくなり、ともに歩む病になりました。私が開発した「オプジーボ」によって多くのがん患者が命を落とさずにすむようになりました。それでも治らないがんやそのほかの病気はまだたくさんあります。こんなこともわからないのか、解決できないのか、ということを自らの体を通じて実感しました。生命の神秘はますます深まるばかりです。
 科学の発展によってわれわれが大きなものを見つけた気になっているとしたら、それは人類のおごりです。宇宙にしろ、生命にしろ、科学者、研究者の好奇心、探究心をかき立てる自然界の謎、不思議には限りがないと思います。
 振り返ると、八十余年の人生、健康にも体力にも恵まれ、大病とは縁遠かったです。年単位でわずらう患者の立場になって初めて、病と闘うには、医師や看護師、理学療法士ら、人と人とのつながり、ヒューマンなものが大切であると感じました。医学部へ進学してから人の命、生命とずっと向き合ってきましたが、患者の立場になって改めて「人体の不思議」「生命の奥深さ」を感じています。
 医師を目指す人なら、患者と接するトレーニング、覚悟がとても重要であることを、当然ですが痛感した次第です。

 私にはいま、二つの大きな目標があります。
 一つは2024年秋に開設した「がん免疫総合研究センター(CCII)」を軌道にのせることです。オプジーボによって切り開かれたがん免疫療法ですが、まだまだ未解明な課題がいくつもあります。国際的に若手研究者を育てていく「場」として組織をもう少し成熟させ、経済的にも自立しなければなりません。寄付金をもっと集めて、若い人たちがお金に不安をもたずに研究に挑めるような環境作りはこれからが本番です。
 そしてもう一つは体の回復です。昔のようにすたすたと歩けるようになれるかはわかりませんが、歩行器、あるいはつえを使って安定して歩けるようにはなれるという地図は描けています。
 今回、日本経済新聞朝刊に2024年6月1~30日にわたり掲載した「私の履歴書」を一冊にまとめて出版したいというご意向をいただきました。本来ならもっと元気な状態のときに世に出すことができたらよかったかもしれません。これまで折に触れて書き留めてきた随筆や文章なども入れていただき、初の自伝(バイオグラフィー)としました。
 目標を決めたらそこに向かって努力を惜しまない。ここで負けたくない、諦めたらおしまいだという強い気持ちがあったからこそ、いくつかの難局を乗り越えて来られたかと思います。
 私の歩んできた道のりを回顧するこの一冊を手に取っていただくことで、人生の目標を考えたり、研究の姿勢を見直したりする際、少しでも役に立てればと願っています。

2026年7月 本庶 佑

【目次】

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