その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はレコフ・リサーチ部(編)の『 日本初のM&A専業ファームが書いた 教養としてのM&A 』です。

【はじめに】

 近年、「M&A(企業の合併・買収)」という言葉を耳にする機会が、ぐっと増えてきました。新聞やテレビ、インターネットのニュースでは、大企業同士の統合や海外企業の買収が日常的に取り上げられ、ずいぶん身近な話題になってきたと感じている方も多いのではないでしょうか。
 実際、日本企業のM&Aの件数・金額はここ数年、高い水準で推移しており、その対象も上場企業だけでなく、中堅・中小企業やスタートアップ企業へと広がっています。M&Aは、限られた専門家だけの世界の話ではなく、企業が成長や変化に向き合う中で、自然と検討される選択肢の一つとなりつつあります。

 ただし、かつて日本ではM&Aに対してどこか警戒感をもって語られることも少なくありませんでした。「企業が乗っ取られるのではないか」「雇用が守られなくなるのではないか」といった不安が先に立ち、前向きなイメージを持ちにくかった時期があったことも事実です。
 その一方で、M&Aは、企業が成長していくための手段として、比較的自然に受け止められるようになってきています。市場環境の変化や技術革新のスピードが速まる中、自社だけですべてを賄うことの難しさも意識され、企業が外部の力を取り入れる手段として、M&Aの活用は広く認識されるようになっています。
 中堅・中小企業においては、「事業承継M&A」が重要なテーマとなっています。後継者が見つからない企業が増える中で、M&Aは事業や技術、そして働く人たちの雇用を次の世代につないでいく現実的な手段として広がっています。他方で、市場の拡大とともに、情報差から生じるトラブルや不適切な取引が問題になることもあり、より安心して活用できる環境づくりも進められています。
 日本は現在、M&Aをより良いかたちで社会の中に根付かせ、経済の活力につなげていく段階にあると言えるでしょう。本書は、そうした背景を踏まえ、M&Aを特別な事象としてではなく、「ビジネスパーソンにとって身近な知識の一つとして理解していくことが大切ではないか」という問題意識から企画されました。

▼本書の執筆者「レコフ・リサーチ部」について

 本書では、こうしたM&Aを取り巻く環境の変化を踏まえ、その基本的な考え方や実務の全体像を整理していきます。そのための出発点として、まず、筆者である私たち自身がこれまでどのようにM&Aと向き合い、その変化を見てきたのかをご紹介したいと思います。
 本書は、日本初のM&A専業ファームであるレコフ(1987年創業)が、これまでに蓄積してきた知見をもとに執筆されています。レコフ創業者である吉田允昭(まさあき)氏のM&Aとの出会いは、1973年にまでさかのぼります。当時在籍していた大手証券会社において日本初のM&A部門を立ち上げ、1974年には第一号案件として、神奈川県のスーパーマーケット店舗の譲渡案件を成約させました。米国においても日本においても、「M&A」という言葉がまだ使われていなかった時代から始まるこれらの活動はレコフに受け継がれ、半世紀以上にわたり市場の変化と発展を見てきました。

 吉田氏は同大手証券の役員を経て独立し、レコフを創業しました。以来レコフは、数多くの業界再編やクロスボーダー(国境を越えて行われるM&A)の案件に関与し、日本のM&A市場の形成と発展に一定の役割を果たしてきました
 レコフの特徴の一つとして挙げられるのが、社名「RECOF」の由来にもなっているリサーチ機能です。RECOFの社名は、「Research」と「Corporate Finance」に由来しており、単なるアドバイザリー・仲介にとどまらず、継続的な調査・分析を重視してきた点に特色があります。
 そのリサーチ部門の源流は、1974年に設立された大手証券会社のシンクタンク部門(経営調査部)にさかのぼります。1997年の同証券会社の自主廃業に伴い、この経営調査部はコンサルティング会社として独立し、2005年にレコフとの経営統合を経て、現在のリサーチ体制が形成されました。M&A専業会社の中にシンクタンク機能を有する体制は、当時としても特徴的なものでした。

 このリサーチ部門では、マクロ経済や産業構造に関する分析と、M&Aデータに基づくM&A市場分析とを組み合わせた調査を継続的に行っています。こうした蓄積は、個別案件の助言にとどまらず、M&Aという現象そのものを多面的に理解するための基盤となっています。
 本書は、このような長年にわたるリサーチの蓄積と実務経験をベースに、現場の視点も織り込みながら、M&Aの全体像をできるだけ分かりやすく整理することを試みたものです。

▼本書の構成と目的

 本書のタイトルは、『教養としてのM&A』です。「教養」とは、単なる知識の集積を指すものではなく、本書においては、複雑な現象の本質を理解し、そのうえで適切な判断を行うための基盤となる力、という意味でこの言葉を用いています。

 M&Aは専門性の高い分野ではありますが、その基本的な考え方や仕組みは、特定の職種や立場に限らず、すべてのビジネスパーソンが理解しておく価値のあるものです。
 本書では、M&Aに初めて触れる方を主な読者として想定し、専門用語や理論についても、できる限り平易な言葉を用いて解説しています。また、理解を助けるため、多くの図解とデータを用いながら、複雑に見えがちな論点を視覚的に整理し、客観的に説明することを心がけました。
 具体的には、本書では次のようなテーマを取り上げています。

 まず、日本においてなぜM&Aが注目されるようになってきたのか、その背景を確認します。
 続いて、これまでM&Aがどのような役割を果たしてきたのかを振り返ります。
 そのうえで、M&Aは何のために行われるのかという目的や戦略、実際のプロセスがどのように進むのかという全体像、さらには企業価値の考え方や算定の基本について順を追って整理します。
 併せて、ガバナンスやMBOといった関連論点、実務における意思決定のポイント、そしてM&Aの成否を分ける要因についても取り上げています。
 また、各所に「コラム」として、読者に参考になる情報・ノウハウを組み込みました。特に「日本M&A60年史」をざっと眺めていただくだけでも、今日のM&Aを取り巻く「起源」に触れることができます。
 こういった内容を、100点を超える図解とともに体系的に整理することで、「M&Aは難しい」という印象をやわらげ、理解の手がかりを提供することを目指しました。
 個別の知識を断片的に学ぶのではなく、全体像を俯瞰しながら捉えることができる構成とすることで、読者がそれぞれの立場からM&Aを考えるための基盤となることを意図しています。

▼本書で一番伝えたいこと

 M&Aは、単なる企業売買の手法にとどまるものではありません。それは、経済のダイナミズムを支え、企業の成長や産業構造の変化、さらには社会課題の解決にも関わる仕組みの一つです。
 本書を通じて、読者の皆様がM&Aに対する理解を深め、「自分には関係のない話」としてではなく、「自身の仕事や意思決定にも関わりうるテーマ」として捉えていただければ幸いです。

 実際、多くのビジネスパーソンにとって、M&Aは遠い存在ではなくなりつつあります。自社が買収の対象となる場合もあれば、取引先がM&Aの当事者となる場面に直面することもあるでしょう。こうした意味で、M&Aは徐々に日常的な経営活動の一部として位置づけられています。
 また、個々のM&A案件の背後には、その時代の「環境変化」や企業の「戦略的な意図」が反映されています。したがって、M&Aという現象を考察することは、企業活動や業界の動きを読み解く視点を持つことにもつながります。
 本書が、多くの読者にとってM&Aを理解するための第一歩となり、併せてそれぞれの立場から物事を考えるきっかけとなれば幸いです。

▼さいごに

 本書の中で引用しているM&Aに関するデータは、(株)レコフデータによって集計・提供されています。レコフデータは、1985年以降のM&A案件に関するデータを継続的に収集・整備しており、2008年にレコフからの会社分割により設立されました。
 現在では、日本企業が関係するM&Aは、公表されているものだけでも年間5000件を超える規模に達しています。こうした膨大な案件を体系的にデータ化し、分析可能な形で整理するレコフデータの取り組みは、M&Aの理解を支える重要な基盤となっています。世界の先進国を見ても、このように長期にわたり網羅的かつ精緻に整備されたM&Aデータはなかなか見当たりません。日本のM&A研究・実務において貴重な存在です。ここに、同社の取り組みに対し深い感謝の意を表します。
 そして、1973年にM&Aビジネスと出会い、それを日本における事業として確立したレコフの創業者、吉田允昭氏の先見性と功績に対し、改めて敬意を表します。
 結びに、本書執筆に際しては、レコフの同僚である髙野武氏、及び、小長谷匡弘氏から貴重な助言を頂きました。また、本書の出版にあたり、多大なるご支援を賜りました日経BPの皆様に、心より御礼申し上げます。

澤田英之、岩口敏史、齊藤宗徳

【目次】

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