その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は岩嵜博論さんの『 デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド 』です。

【はじめに】

アメリカのデザインスクールでの衝撃

 2010年から2011年にかけて、アメリカのデザインスクールに留学していた時に最も衝撃的だったのは、デザインや創造性といった一見曖昧に見えるものが形式知化され、方法論化されていたことです。

 デザインスクールでは、あらゆる発想や創造のための方法論が、細部に至るまで再現可能な形式知になっていました。それらが、授業となり学生に教えられ、セミナーや書籍・論文の形で社会と共有されていたのです。

 よく考えると、これはビジネススクールでは当たり前のことです。戦略論や組織論、マーケティティング論といったビジネスの知が形式知化され、授業を通じて学生に教えられていきます。ビジネススクールを卒業した学生は、これらの方法論をビジネスの現場で活用しています。

 改めて気がつくのは、デザインだからといって、一部の人に閉じた暗黙知的なものである必要はないということです。デザインスクールでは、デザインでビジネスや社会に貢献したいという想いを持つ学生に対して、平等にひらかれたものとしてデザインの方法論が共有されていました。

 デザインスクールのプログラムを修了した学生は、それらの方法論を再現可能な形で使い、様々なビジネスの領域で活躍していきました。大学自体はシカゴにあったのですが、マクドナルドやモトローラといった中西部の大企業だけではなく、シリコンバレーのテック企業に就職する学生も出始めていました。

 当時のテック企業はテクノロジーだけで価値をつくることに限界を感じ、デザインを始めとした創造的なアプローチで、次の成長ステップに踏み出そうとしていたのです。ちょうどGoogleがデザイナーを多く採用し、ブランドを刷新し、顧客体験を磨き上げていったタイミングとも重なります。

 なぜデザインスクールを卒業した学生が、最先端のビジネスの現場で活躍できるのでしょうか?

 長年にわたってデザインとビジネスの間を行き来する中で気がついたのは、デザインは、ビジネスが直面する先行きが不透明で複雑な状況に対応できる方法論であるということです。ビジネスを取り巻く環境が不確実になっている中、その状況に向き合い、新しい事業機会を見つけ、行動しながら実現していくデザインの方法論が注目されているのです。

 一方、ビジネスの視点でデザインを見ると、姿かたちをつくるというこれまでの認識に留まっていて、その大きな可能性が、まだ組織的に取り入れられていないということも感じます。特に日本では、デザインといえば「意匠」という言葉に代表される造形的な活動と認識されることが多いのではないでしょうか。世界でデザインがビジネスに活用されている背景には、造形領域に留まらない拡張したデザインの姿があります。

 この本は、私のデザインとビジネスのハイブリッドバックグラウンドを背景に、双方の立場を翻訳し、両者が融合する先に広がる創造的な仕事の可能性を示すものです。世界のビジネスがデザインの創造性を組織的に取り入れる中で、日本のビジネスにもこうした動きが広がって欲しいという想いのもと書き進めました。

 この本では、デザインとビジネスの間をつなぐ30冊の書籍を紹介しながら、ビジネスにおけるデザインの可能性を構造的に紹介していきます。一見ブラックボックスにも見えるデザインの知を、より多くの方にとっての創造性の道具となるように紐解いていきます。

創造性がビジネスの未来を切り開く

 近年、ビジネスの現場では新しいものごとを構想し、事業につなげていくという創造性が重要になっています。なぜビジネスに創造性が求められるようになってきているのでしょうか?それはこれまでのやることがある程度決まっている前例がある仕事に加えて、前例がなく何をやるのか自ら考えなければならない仕事が圧倒的に増えてきているからです。

 ここにはいろいろな背景があります。その1つは、社会や市場が成熟化していることです。成長期にある社会では、家電製品がない、情報機器がないといった充足させなければいけないことが明確でした。ところが、市場が成熟化すると、充足すべきものは一通り普及し、人々のニーズや価値観が多様になっていきます。

 何を提供すればそこにビジネスが成立するのか、従来通りの考え方ではわからないという状況が起こっています。このような状況では前例主義は通用しません。これまでになかったことを積極的に考え実行する創造力が求められているのです。

 2つ目に挙げられるのは、社会がより複雑になってきているということです。ビジネスを取り巻く環境が複雑で不確実で先が見えないものになってきている中で、これまで通りの考え方では仕事がうまくいかないという場面が多く発生しています。

 新型コロナウイルスによる感染症危機は、まさにこの社会の複雑さを明らかなものにしました。誰も起こると思っていなかった感染症の拡大、そしてその背後にある問題の複雑性。多くの社会的な取り組みやビジネスが混乱の中で試行錯誤を繰り返しながら危機を乗り越えていきました。

 今後われわれの先には気候変動や、人口減少などの複雑な問題が待ち構えています。このような環境下において、創造性を発揮して新しいビジネスをつくっていくことが、これまで以上に求められてきているのです。

 3つ目の背景は、働き方です。人々は働くことに、これまで以上に意義を期待するようになっています。ルーティーンの仕事を淡々とこなすよりも、自分の頭で考え、自分で行動し、そこに意味や意義が発生する仕事に、人々は魅力を見出すようになりました。

 このような状況において、何のためにその仕事に取り組んでいるのかを自分で見出していくことが大切になります。誰かに言われた仕事ではなく、自ら意義を見出した仕事に取り組むことが幸せな働き方につながっているのです。創造性が、仕事の働きがいをつくるようになってきていると言えます。

創造性を組織に定着させる

 イノベーションや新規事業といった、これまでにない価値を新たにつくることがビジネスに求められている一方で、ビジネスにはこうした創造性によって価値をつくる方法論が、まだそれほど定着していません。企業は、こうした方法論が形式知になっていないため、一部の才能があるデザイナーやクリエイターに仕事を任せるといったことで、創造性やクリエイティビティを補おうとしています。

 こうしたアプローチは、一定の成果を生み出しています。著名なデザイナーやクリエイターを起用することで、ブランドの価値を上げたり、新しい事業を生み出すケースもあります。一方、このアプローチは、継続的に創造的なアウトプットをしていくには、どこかで限界を迎えます。外部に依頼しなければならないことで、時間や費用がかかり、コミュニケーションのロスも発生します。こうした属人的なアプローチだけでは、企業の中に創造性を定着させることは難しいのです。

 一方、グローバル企業では、創造性を組織の中に方法論として定着させることが、近年進んでいます。多くのメンバーが、創造的な方法論を再現可能な形で実行し、イノベーションや新規事業の領域で成果を上げています。

 こうした組織では、従来からのビジネスの方法論だけではなく、デザインの方法論からヒントを得たツールとアプローチが採用されています。それらは、この本でこれから紹介していく、デザインに特有の行動やワークスタイル、組織文化といったものです。

 これらは、20世紀のビジネスにはそれほど顕著に見られなかったものです。21世紀のビジネスでは、創造的な価値を生み出していくために、これまでとは異なる新しい方法論を、組織的に採用していく必要があります。

デザインは筋トレのようなもの

 この本で繰り返し述べていきたいのは、創造性はトレーニングによって身につくということです。

 これをわかりやすく説明するために、最近デザイン筋トレ論ということを言っています。デザインを始めとした創造的な力は、トレーニングによって鍛えることができる。そして、トレーニングにはやり方があるということです。

 筋トレでも、この部分の筋肉を鍛えているのだと意識しないと、なかなか筋肉をつけることができません。創造性も同じで、鍛えている部分を意識することで、その力を効率よく身につけることができます。鍛える筋肉にはそれぞれの鍛え方があります。筋トレでも、例えば大胸筋を鍛えるためにベンチプレスをするといった具合に、鍛える筋肉には、それぞれの鍛え方があります。

 デザインも同じです。デザインの方法論は様々な部分に細分化されています。それぞれの方法論ごとに身につけ方が異なります。この本では、デザインの方法論を大きく、デザインの行動、ワークスタイル、組織文化というパートに分け、関連する30の書籍を紹介しながら、そこで提唱されているコンセプトを紹介していきます。例えば、行動の方法論に観察というものがあります。観察力を鍛えるためには、街に出て人々の無意識の行動に目を向けることがトレーニングになります。

 デザインを身につけることと、筋トレにもう1つ共通点があるのは、最初はなかなかうまくできないということです。筋トレでも最初は痛かったり、面倒に感じたり、時として長く続かないこともありますよね。デザインの方法論のトレーニングでも同じことが起こると思います。最初は慣れない方法なので、うまくできなかったり、自分には才能がないのではないかと思ってしまったりします。

 筋トレから学べるのは、それでも継続した人には着実に筋肉がつくということです。多少の困難はありますが、創造性は決して才能がある一部の人のものではありません。老若男女どんな人でもトレーニングによって筋肉がつくように、どんな方でも今からトレーニングを始めれば創造性を身につけることができるのです。

再現性と組織力を発揮するチームをつくる

 仕事やビジネスにおいて創造性を使うということはどういうことでしょうか? 読者の皆さんの中には、日常的に写真を撮ったり、動画編集をしたり、絵を描いたりして創造性を発揮されている方もいるかもしれません。

 こうした趣味における創造性の使い方と仕事における創造性が大きく異なるのは、そこには再現性と組織性が必要だということです。

 再現性とは、どんな場面においても同じようにその力を発揮できるということです。趣味であれば、調子がよかったり悪かったりすることも許容されるかもしれませんが、仕事ではどんな場面でも一定のアウトプットが生み出されることが期待されます。

 組織力とは、どんな人やチームでも一定の力を発揮することができるということです。特定の人やチームに能力が偏るのではなく、同じ組織であれば同じように創造力を発揮することが期待されます。

 再現性と組織力によって、恒常的に創造性を発揮できることは、ビジネスの大きな助けになります。これまで創造性は再現性とも組織力とも遠いものと思われていました。特定の才能がある人が属人的に発揮する能力だと考えられてきたからです。

 デザイン筋トレ論でも述べましたが、創造性は筋トレのようにトレーニングによって身につけることができます。同じように、創造性を組織に再現性をもって定着させることができるのです。再現性と組織力を身につけた組織は強力です。強いスポーツチームのように、やり方を工夫することで、常に成果を挙げる創造力あるチームを目指すことができます。

この本の読み方

 この本の目的は、ビジネスを始めとした一般的な組織や仕事の現場において、創造的に仕事をしていくためのガイドです。そのため、広い範囲のデザインの知をいろいろな角度から紹介していきます。

 この本は、デザインの方法論を6つの章に分けて紹介していきます。それぞれの章ごとに、デザインのコンセプトの解説と、その章に関連する書籍を紹介するブックガイドで構成されています。

 コンセプトの解説では、デザイン研究の中で議論されているデザインの方法論を、どのようにビジネスの文脈に活かすことができるかを意識しながら書きました。この本の目的の1つは、ばらばらに存在するデザインの知に新しい文脈を与え、ビジネスや社会において新しいことを構想し、実践していくための道標を提示することです。

 ブックガイトでは、デザインとその周辺の書籍を30冊セレクトしました。デザイン研究を代表する書籍もありますし、知る人ぞ知るといった書籍もあります。ブックガイドは書籍の要約だけでなく、次の学びにつながるようなガイドとなることを意識しました。書籍のパートを読んでもっと知りたいと思ったらぜひ実際の書籍を手に取ってみてください。

 なお、ブックガイドで紹介する書籍と、この『デザインとビジネス』の書籍を区別するために、本文中では、ブックガイドで紹介している書籍のことを指す時は「本書」、『デザインとビジネス』の書籍を指す時は「この本」という表記を採用しています。

 この本は、最初から通して読んでいただいてもいいですが、部分的に読んでいただくこともできます。

 コンセプト説明のパートを最初に読んで、デザインの知の全体像を掴むこともできますし、興味を持った書籍のパートから読むこともできます。1つのコンセプトの説明を読んで、それに関連する書籍のパートを読むのもよいでしょう。

 コンセプト説明のパートだけ読んでも全体像が把握できるように、コンセプト説明のパートには、書籍のパートのコンテンツの一部が含まれています。また、この本全体に共通するトピックのいくつかが、章を横断して登場します。この本の中でも触れるセミラティス状に、主要なコンセプトやストーリーが上下左右にネットワーク状につながっている構成になっています。

 デザインとは実践の知でもあります。これらからこの本で述べていくように、自分の頭で考え、試行錯誤をしながら実践をしていくという方法です。デザインの学びも同様です。人から一方的に教えてもらうのではなく、自ら自発的に学んでいくことが、創造性の獲得につながります。この本は、そんな能動的な学びの手助けとなればという思いで書きました。

書籍の選定にあたって

 書籍を選定するにあたって、気をつけたことがいくつかあります。1つはデザインの専門領域に留まらない広い範囲で本をセレクトすることです。デザインというのは、もともと領域横断的な学問です。デザイン学の関連領域として、工学や心理学、社会学、人類学、経営学などがあります。今回30冊をセレクトするにあたって、デザインの知の広がりを示すために、デザイン学の真ん中にある書籍から、その周囲の専門領域に広がる書籍まで、広範囲のセレクトを心がけました。

 もう1つは、日本だけではなく世界で親しまれている関連書籍をセレクトすることです。この本の中でも述べていますが、世界ではデザインの概念がより広い範囲に拡張しています。こうした拡張された広義のデザインの議論は、英語を使って積極的に議論が行われています。中には日本語に翻訳された書籍もありますが、残念ながら翻訳の機会に恵まれなかった書籍も多く存在します。こうした書籍もぜひ紹介したいという思いから、この本で紹介する書籍のいくつかは英語の書籍となっています。

 書籍の中には日本語に翻訳されていても、残念ながら絶版になっているものもいくつかあります。世界では広く読まれている重要な書籍であるにもかかわらず、日本では読者を見つけられず絶版になってしまったものです。絶版になっているものは、古書や図書館で探していただくことができると思います。


【目次】

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